第61話 神の炎

「やっと形になったのに。帝国め、横取りとは汚いぞ」

 ロビンの前にイルサンが立ちはだかる。

「横取りだと? あんなものをどうする気だったのだ」

「貴様らと同じさ。戦争の道具、兵器に決まっているだろう。あれを撒けば、勝手に殺し合ってくれるのだぞ。法国にも邪教徒にも買い手がいたのに、台無しだ!」

 イルサンは自棄ヤケを起こして怒鳴り散らす。

「民を巻き込む気か! 民主共和制は民による民の為の制度だろう。自分の利益を求める者がまつりごとに係わるな!」

 ロビンも叫び、民衆をないがしろにするイルサンに、怒りを向ける。

「面倒な事は他人にやらせ、文句をたれるだけ。民衆は支配されたがっているのさ。その方が楽だからな。専制君主制こそ民衆を支配する為の体系ではないか」

「民衆は家畜ではないのだぞ! 民衆の為に国が、我ら軍人が、皇帝が在るのだ」

「バカな事を! 私はその民衆が、家畜が選んだから此処にいるのだ。奴らは死ぬまで働かせて、旨い汁だけすすってやるのさ。奴らが、そう望むのだから」

 熱くなり過ぎスフィンクスを忘れて、叫びあう軍人と政治家だったが、スフィンクスの一撃で議論は唐突に終わる。

 スフィンクスの前足が、イルサンを踏み潰し、引き裂いた。

「くっ、愚かな」

 ツヴァイハンダーを構え、ロビンがスフィンクスへ斬りかかる。


 帝国兵は恐れず怯まず、スフィンクスへ斬りかかる。

 それでも硬い毛と皮膚に阻まれ、獅子の強力な前足に薙ぎ払われ苦戦していた。

 いつの間にか三階へ上っていた男が、スフィンクスへ飛び掛かる。

「高い所は好きじゃないんだがな」

 女性の上半身に飛び付くと、胸と首筋にナイフを突き刺す。

「ギュアアアアッ! ギョワアアァ!」

 人でも獣でもない、甲高い叫びをあげ、スフィンクスが暴れる。

「くっ、無理か……おい! 軍人!」

 スフィンクスの頭にしがみつき、ナイフを突き刺す男がロビンに叫ぶ。

「ちっ……仕方ないかっ」

 必死にもがくスフィンクスの胸を、ロビンの大剣が貫く。

 動きを止めたスフィンクスに、帝国兵達が一斉にファルシオンを突き立てる。

「クォォォ……」

 絞り出す様な断末魔の一啼きで、スフィンクスがやっと倒れる。


 頭にしがみついていた筈の男が、いつの間にか議場の隅にいた。

 シアと交渉して、資料とサンプルを受け取ると、ロビンへ研究成果を渡す。

「なんのつもりだ?」

 ロビンが不可解な表情で受け取る。

「何か勘違いしているようですが、彼らは何も知らず運ばされただけですよ」

「それは報告を受けている。だが貴君は違うだろう。何者で目的は何だ」

 男は短くため息をき、仕方がなさそうに話す。

「その研究成果を闇に葬るのが目的です。人の手に渡してはいけないものです」


 男には、正直サンプルウィルスの処分方法が思いつかなかった。

 半端にウィルスの知識があるだけに、手を出せなかった。

 神の力ならば、どうにかなるかも知れない。

 ダメなら逃げよう。と、決心した。


「ティモ……頼む」

「分かりました」

 入口にいた術師が、演壇のあった場所まで来て、指輪とペンダントを受け取る。

 上着を脱ぎ、袖のない法衣になったティモは、資料とサンプルの入った装飾品を左手に握り込み、神へ祈りを捧げる。

「後は頼みます」

 ティモがロビンへ後を託す。

「必ず君も妻子も面倒はみよう。その犠牲を無駄にはしない」

「神よ。火の神よ。この悪魔の所業をあなたの炎で浄化して下さい」

 ティモは握った左手を高く、天へ捧げるかのように突き上げる。

「カーン!」

 ティモの左腕が炎に包まれる。

 肘から先が真っ赤に燃える。

 焼けただれる腕の痛みをこらえ、ティモが神への祈りを叫ぶ。

 白も青もなく、芯から外側まで、全てが真っ赤に真紅スカーレットに燃える。

「魔を滅せ! 神の炎よ! 焼き尽くせ!」

 呪詛のように、神への祈りを叫び続ける。

 神の炎が腕ごと深紅クリムゾンに染まり、腕もウィルスも焼き尽くす。

 術師のひじから先が握りしめた装飾品と共に、跡形もなく燃え尽きた。

 ティモはそのまま気を失って倒れた。

 術師の体に神の力を顕現けんげんさせ、体の一部ごと消滅させる。

 神がいるのかどうかは謎だが、そんな自己犠牲魔法が真語魔法だった。


「どうやら上手くいったようですね」

 帝国兵の医療部隊が、腕を失くしたティモの治療を始めていた。

 どこから登ったのか、3階からマルコとリトを連れ、帝国兵を見下ろしていた。

「あの研究の情報を掴んだ帝国は、本気で止める為に軍を侵攻させたようですね」

 マルコも呆れていた。

 他国が過剰に反応していれば、世界大戦になり、戦火は大陸中に広がっていたかも知れない。若い皇帝は、思い切った事をする人物のようだ。

 共和国はもう無理だろう。

 民衆も帝国を受け入れている。

「帝国が力をつけ過ぎるのは問題ですが、後は外交の仕事ですね」

 マルコも撤収に賛成する。

 今回の仕事は此処までのようだ。

 男達は面倒に巻き込まれる前に脱出した。


「はぁ~。凄かったなぁ」

「なんで生き残ってるんだろうね~」

「なんにも出来なかったねぇ。あの人達もいなくなってるし」

 カムラもトムイも、倒れた巨大なスフィンクスを見上げ、気が抜けていた。

 シアも力が抜けてしゃがみ込んでいる。

「スフィンクスは無理だろう。Aクラスのハンターとかじゃないと」

 口を開けたまま見上げていたカムラが呟く。

「師匠も凄かったねぇ。ぼくらはゴブリンくらいが限界だしねぇ」

 トムイも呆けたまま答える。

 男はいつの間にか師匠にされていた。

「強くならなきゃねぇ。今度会ったら、びっくりさせてやりましょ。それよりもいまは……帝国兵に囲まれてるけれど、私達どうなるの?」

「「あ……」」


 カムラ達は帝国兵に保護され、ギルドからも報酬が貰えた。

 共和国の殆どは、帝国の占領を受け入れていた。

 以前よりも暮らしやすくなっていたので、軍隊に常駐して欲しいくらいだった。

 王国、法国、皇国と帝国の4国で、旧共和国領を分割する事になるだろう。

 それでも首都を含む、半分以上の領土は帝国領となる。

 各国は力を増す帝国への警戒を強化せざるを得なかった。


 共和国を脱出した男は、マルコに連れられ王都へ向かう。

 そこではエミールが手薬煉てぐすね引いて待っている。

 スフィンクスを突き落とした、金色こんじきの魔物は王国の北へ向かって飛んで行った。目的地は王国なのか、北の評議国なのか。

「アレを相手にしたくはないな……」

 高い所が少し苦手な男は、空を飛ぶ相手とやり合いたくなかった。


 薬煉くすねは弓の弦に塗る油でございます。

 王国上級貴族、公爵デューク侯爵マークィスが準備万端整えて、男の帰りを待っていた。

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