第57話 生物災害

 共和国の権力者達は国を諦めていた。

 どうにか自分だけは助かるように、罪のなすりつけあいに必死だった。

 そんな時、元首ムハマドの元に上院議員のダビカ女史が訪れる。

「良い案を思いつきましたの。これなら帝国も納得してくれるはずです」

「おお。流石だな。どんな策だ」

 ダビカはムハマドに歩み寄り、後ろに回ると耳に口を寄せて囁く。

「生贄です。サディリは既に始末しました。後はアナタの首だけです」

「何を言って……っ……ぁ……」

 ダビカのナイフがムハマドの首に、深く突き刺さる。

「二人の首を持って投降すれば、私は助かるでしょう。私は死ぬ訳にはいかないの」

 ナイフを何度も何度も突き刺し、肉を裂き筋を切り、踏みつけて骨を砕く。

 彼女は息絶えたムハマドの首を、必死に切り落とす。

 皇帝が裏切りを許すはずもない。

 道を間違えた無駄な行為だと気づきもせず、必死に生き残ろうと足掻いていた。


 深い森を男は薬草研究所へ向かい進む。

 アディは枝を切り払い、草を薙ぎ払いながら真っ直ぐ進む。

「これだ。後はこの道を辿るだけだよ」

 やっと細い道に出た。

 研究所へ向かうものか、馬車のわだちが残っている。

「何かおかしいな。リト何かいるか?」

 森の中の道を進み、石造りの建物が見えてきた処で、男が立ち止まる。

「気配がない……変」

「何かいるぞ」

 男が注意を促す。

 森の獣も鳥も、何かを警戒しているのか姿を見せない。

「……そうか、静かすぎるのか。鳥さえ大人しくしているのに、気配がないのか」

 マルコも気付き、警戒しながら建物へ近づく。


 王国北の洞窟周辺では、ローブを着た男の目撃が増えていた。

 あの男が魔物モンスターを呼び集め、何か企んでいると村人が騒ぐ。

 西の帝国もいつ攻めてくるのか。

「北の調査隊は、また戻らないのか。収穫が近く、兵も集められん」

「傭兵団も、貴族どもが押さえて放さない所為で集まりません」

「やつら自分の領地だけ守れるつもりなのか? 辺境伯に兵を送らねば、滅びるぞ」

 エミールは王都で一人、国の為民の為に動いていた。

 しかし、数人の配下が動いているだけで、人手がまったく足りなかった。

 この世界では宣戦布告して、時間と場所を決め、そこへ集結してから戦が始まる。

 今回の東の帝国のような侵略は、あり得ない事だった。

 王国の人口は大陸2位の約1500万人。

 兵士の数は約2500人。内、辺境伯の兵が2千人だった。

 各地の収穫の後、農民を徴兵し、傭兵を雇って軍の体裁を整えていた。

 傭兵は貴族の小競り合いや魔物討伐、中には山賊をして暮らしていた。

 自領の村を襲わない限り、略奪を黙認している貴族もいた。

 王の兵は約500。騎士団は全員騎士なので兵とは別になる。


 騎士爵は貴族なので兵士ではありません。

 名前にサーがつく程度で何もないが、王が雇っているわけでもありません。

 名優サー・アンソニー・ホプキンスのように、ほぼ名誉だけの称号です。

 派閥にもよりますが、王よりも自分の領地を優先します。


「あの人が戻ってくれれば……」

 一人で帝国をどうにかは出来ないだろうが、こちらに攻めてこない確証が欲しい。

 せめて、侵略の理由だけでも調べてきてくれたら……北の魔物か……西の帝国か。

 エミールは出来る限りの人事を尽くし、男の帰りを待っていた。


 孤児院の兄弟達の為にも早く稼がないといけない。と、頑張って来た3人。

 カムラ、トムイ、シアは初めての大きな依頼に緊張していた。

 Dランクに上がってすぐに、ギルドからおいしい仕事を回して貰えた。

 森の中の研究施設へ行き、資料を持ち帰るだけの簡単な仕事で、Aランク並の報酬が貰えるという怪しさしかない仕事だった。

「これでチビ達に腹いっぱい喰わせてやれるな」

 カムラは孤児院の幼い子達に、食べ物を届けたかった。

「院長だって、ずっと同じ服着てるよね。何か服を買ってあげなきゃ」

「昔から、あのきったない灰色のローブしか見た事ないもんな」

 トムイは自分の着るものすら買わず、孤児の為に尽くす院長に何か買いたかった。

「気を抜かないの。労働者ワーカーとは違う大仕事。きっちりやりとげるよ」

 シアが二人の緩んだ気を引き締める。


「すみませ~ん。ギルドから来ましたぁ」

 研究所に着いたカムラ達だが、職員が見当たらない。

 人の気配がしない。

 建物内は何か争った跡か、散らかって床も壁も血塗れだった。

「何……これ……」

 トムイが立ち尽くす。

「何かに襲われたみたいね。生き残りを探そう。ほら、トムイ。しっかりしてよ」

「あ……うん」

 シアの指示で男二人はどうにか動き出す。


 森の魔物モンスターに襲われたのかと考え、入り口付近は後回しにする。

 生き残りがいそうな奥から調べる事にした。

 階段を見つけ、先ずは二階から生存者を探して回る。

「皆逃げたのかなぁ。誰もいないねぇ」

 トムイのいうように、気配を感じない。

「襲った奴もどっかいったのかな。中に残ってたりしなさそうだけど……」

 カムラは少女シアの上着の裾をつまみながら、ビクビクついてくる。

「あ~もう! カムラ! アンタ男でしょ。私の服つまんでないで前行きなさいよ」

「え~……だってぇ。何がいるのか分からないのは怖いんだよぉ」

 シアに怒られ、カムラは泣きそうになりながら、仕方なく前に出る。

「カムラはいつまでたっても怖がりだなぁ。前衛なのにねぇ」

 トムイも呆れてついていく。

 3人共、捨てられた赤子の時から、孤児院で一緒に育った仲だった。

 遠慮も見栄もない。


 所長室に人の気配がする。

 シアがドアの横で魔法を使う準備をする。

 トムイは革手袋をした指にリングを嵌めていく。

 リングには鋼線が付いていた。

 おもりのついた、鋼の糸を縒り合わせた細いワイヤーだ。

 表面はトゲのように毛羽立ち、絡みついた標的を鋸の刃の様に雑に切り裂く。

 痛みと出血が多く、傷も治りにくい嫌な武器だ。

 女の子のような可愛らしい顔で、えげつない武器を構える。

 カムラは迷宮からの流出品、最新式の剣を抜く。

 完全に騙された訳でもないが、湾曲したその剣はカトラス。

 中世の終り頃(16世紀前後)の剣だ。

 12世紀前後の文明の世界では未来の武器ではあるが、特別な物でもない。

 叩き潰すソードに比べれば、切れ味は数段上ではあるが。

 カムラが頷いてシアに合図する。

 シアの魔法、小さな爆裂がドアの蝶番をボンッと破壊する。

 カムラが肩でドアを倒して突入する。


 ドアを無理矢理開ける場合、取手側を壊すのは危険です。

 勢い良く開けると、反動で扉が跳ね返り戻ってきます。

 跳ね返って来た扉で骨が折れた事があります。

 勢い良く入るならば、開けるのではなく、扉は倒しましょう。


「ひぁあっ! ま、待って、殺さないでくれぇ!」

 中年男性が一人、頭を抱えて部屋の隅に小さくなっていた。

「あ、あの……ここの職員の方ですか? ギルドから来たものですが」

 カムラが剣をしまい、そっと話しかける。

「へぁ? はぁぁぁ……死ぬかと思ったぁ」

「何があったんですか?」

「バイオハザードだ」

「へ?」

 業界用語だろうか、カムラ達は聞いた事のない言葉だった。

「そんな事よりも、君達ギルドから来たって、資料の受け取りなのか?」

「え? あ、ああ、そうです。これ、依頼書です」

 カムラがギルドからの依頼書を見せる。

「うん。本物だな。これを届けてくれ」

 男はひとつの指輪とペンダントを渡した。


 念の為ですが、指輪の数が『一つ』という意味です。

 指輪の名が『ひとつの指輪』という訳ではありません。

 そんな仕事は3人では無理です。


「指輪には研究資料が入ってる。ペンダントはサンプルが入ってる」

「これを届ければいいんですね」

「そうだ。ウィルスの名はコニラ。古い言葉で命という意味らしい」

「ここを襲った魔物は、どこへ行ったかわかりますか?」

「わからない。私も連れ出して貰えないだろうか」

「街迄一緒に行きますか?」

 暢気なカムラが安請け合いする。

 研究所を焼き払うのは、忘れているようだ。

「今持ち合わせはないが、必ず礼はさせて貰う。私は研究所、所長のエジーだ」

「わかりました。コレを届ける首都まで一緒に行きましょう」

 所長室を出ると、所内がなんだか騒がしい。

 先程まで静まり返っていたのに、何かが歩き回る音もする。

 しかし、気配は感じられない。

 ズル……ペタッ……ズルル……ベチャッ……

 何かを引き摺るような音が近づいて来る……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る