第56話 潜入

帝国は各都市に占領軍を置き、周辺の村も監視下に置いていた。

しかし民は自由に暮らしていて、地元民も旅人も出入り自由だった。

紛れ込んだ共和国のスパイが、市民に捕まって帝国軍に突き出される。

それ程、帝国は国民に受け入れられていた。

侵攻当初、帝国に捕まると皆殺しにされる。

と言われていたが、自由に人が行き来できていた。

そのおかげで、占拠されても無事に済む事が国中に広まった。


帝国南の占拠された、国境沿いの村近く。

堅固な城塞都市が、帝国軍に包囲されていた。

新兵の訓練もしているので、兵数が共和国としては多い方だった。

が、元々の規模が違い過ぎる事もあり、帝国に比べると僅かな兵しかいなかった。

共和国軍は討って出て包囲を突破するか、籠城するかで揉めていた。

補給も援軍もない状況で籠城は意味がない。

しかも、囲む帝国兵は数千はいそうだが、こちらは新兵をいれても80名弱だった。

戦にもならない。策も何もない、圧倒的な兵力差だった。


昔の日本で大胡という所の砦が、当時最強と言われた騎馬隊に攻められました。

大胡の武将が率いる100騎で、砦を囲む2千を蹴散らしたそうです。

しかも蹴散らされた側の記録に残っているといいます。

逆なら大袈裟に書き残したと思えますが、やられた記録だと真実味が増しますね。

なので突破だけが目的ならば、出来ない事もないかもしれません。

大胡のように剣聖と呼ばれる程の人物が率いるのならば……ですが。

古代中国でも、3万で50万以上の軍に勝った将軍もいるそうです。

相手の死者は20万人を超えたとも伝わっています。

一騎当千どころではありませんね。

史上最強と言われるような人なら、出来るのかもしれません。


 仕方なく討って出るが、包囲を突破できずに、軍は都市へ戻って来た。

 だが、跳ね橋が下りない。

 中の市民が蜂起して、共和国軍を締め出していた。

「バカな真似はやめろ! 早く開けるんだ!」

 高い塀と深い堀に囲まれた城塞都市は、静かに兵士を拒絶していた。

 無駄に叫び続ける共和国軍に、包囲している帝国がゆっくりと迫る。


 日本の城砦は、例外はありますが少し高い板塀のある、お屋敷程度のものです。

 強固な城は、木下さんから江戸の幕府が落ち着く迄の、僅かな時のみになります。

 大した攻城兵器もない相手に、壁を乗り越えられ、おとされる程度のものでした。

 水攻めで沈んだり、火をかけられると燃えて、焼け落ちたりします。

 どうも日本人は防御には感心がない民族のようですね。

 木と紙と布で身を守ろうという日本人は太平洋戦争まで続きます。

 布と紙で身を守り、竹槍で銃や爆撃機と戦おうとしていたそうです。

「今考えるとおかしいけれど、当時は変だと思わなかった」

 と、校庭で竹槍の練習をさせられていた親戚も言っていました。

 そんな中、木下さんの城は強固なものだったようです。

 大阪のお城は特に強固で、和平交渉をしながらやぐらを壊したりします。

 交渉しながら堀を埋め立ててから攻め込み、やっと攻め落としたそうです。

 そんな日本と違い、中世ヨーロッパの城砦は強固な石造りです。

 しかし皆が競って造り過ぎたせいで、守備兵が足りなくなったそうです。

 砦や城の全盛期には、数人~数十人で守っていた処もあったそうです。

 そんな少数でも守り切れるくらい、城砦の機能が優れていたようです。


 マルコに連れられ、男とリトはアディの隠れ家に急ぐ。

 アディは村で酒場を経営していた。

 元々共和国人なので、コソコソしているよりも情報が集めやすい。

「久振りだな、アディ」

「よぉ。お互いに生き残ってて何よりだ」

 30前後に見える背の高い女性がアディのようだ。

 長い赤い髪を後ろで束ね、派手な赤いドレスに安い宝石を着飾っている。

 酒場の女主人として溶け込んでいた。

 男に微笑んでみせるアディに、リトが左手を突き上げ、奴隷紋を見せつける。

「奴隷なのかい。なんで紋章を見せつけるんだよ。隠しなさいな」

「リトは奴隷。リトはマスターのもの」

「わかった。わかったよ。盗らないから、落ち着きなって」


 酒場の地下室に移動して、アディが今、分かっている情報を知らせてくれる。

「帝国は何かを探しているようだね。はっきりしないけど」

「いきなり攻めてくる程のものか」

「共和国の一部の政治家達が研究しているらしいね。迷宮がらみらしいけど」

 王国と同じように、共和国でも突然現れる迷宮は国で管理していた。

 中で発見されるアイテムも貴重だが、異世界人の知識も機密情報だった。

「その研究を横取りしようって事か?」

「それか帝国にとって都合が悪いか……」

 秘密の研究所を探して、そのを見つける事になりそうだ。

「手がかりはあるんだよ。ギルドにおかしな依頼があったらしい」

冒険者ベンチャーにでも仕事が?」

「薬草の研究所を焼き払い、資料を持ち帰れ……だってさ」

「依頼人は?」

「依頼主は国の、上の方の誰かみたいだね」

 アディがギルドの情報を掴んでいた。

「大事な研究なら国の兵士なり、何なり、身内を使わないのか?」

 マルコの疑問には男が答える。

「仕事の後で始末する気でしょう。身内にも内密だという事です」

「なるほど、それで外部の人間を使うのですね」

「まぁ冒険者ベンチャーなら帰って来なくても、騒ぎにはならないしね」

 アディも使い捨ての人材だと納得した。

 いつの間にか素早く着替えてきたアディが案内するという。

「依頼を受けた哀れな生贄よりも、先に奪い取らないとね」

「帝国も追ってる筈だから、三つ巴になりますね」

 マルコも、帝国の動きが気になるようだ。

 アディは麻の服、キトンを着てラメラーアーマーを着ている。

 忍ぶ気はなさそうでカチャカチャ煩い。

 ズボンも麻のようで、腰にはシャムシールを吊っている。

 戦闘に参加する気だろうか。

 先日のカリム様の蛮行が、男の頭をよぎる。


 そもそも共和国に、帝国と戦えるだけの戦力はなかった。

 共和国の人口は約700万、軍人は1万5千人程しかいなかった。

 対する帝国は人口約1200万、軍人は4万人もいる。

 さらに国民の殆どが、一度は軍役を経験するらしい。

 共和国の要職にある者達は、国を捨て投降を始めていた。

 しかし、若き皇帝は国を捨てる裏切り者を許しはしなかった。

 支配階級だと浮かれていた者達は行き場を失くし、ただ狼狽えるだけであった。

 一部のさらに腐った奴らを除いて……。


「どうだ? 冒険者は雇えたのか?」

 脂ぎったダビドが焦りを見せながら問い質す。

「上手くいきました。ランクも低く、孤児院出の若者だそうで」

 痩身のイルサンが、怯えた鼠のようにプルプルしながら答える。

 別に怯えている訳でもなく、そう見えるだけで腹黒い男だ。

「あの資料とサンプルさえあれば、帝国でもそれなりの地位につけるだろう」

 ダビドが暑くもない部屋で、一人汗を拭きながら、汚い笑顔を見せる。

「後は交渉と、アレを差し出すタイミングですな」

 男達が向かう薬草研究所へ、若手の冒険者も向かっていた。

 それは帝国が軍を動かしてまで狙う研究でもあった。

 共和国を見限った議員ダビドとイルサンが、密談していた。

 研究の成果を手土産に、帝国へ降ろうと考えているようだ。

 行方不明になっても大きな騒ぎにならないような、小物の冒険者を雇った。

 後で始末するつもりでいたからだ。

 甘い汁だけを吸い続けたい共和国議員。

 何も知らずに初の大仕事に浮かれる冒険者達。

 万単位の兵で戦争まで起こした帝国。

 その中へ飛び込み、他国同士の争いに巻き込まれる王国の諜報員。

 全てが同じ何かを求め、動いていた。

 男とリトはを見た時、どの立場で、どこへ剣を向けるのか。

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