第55話 休息

 大陸西部の帝国は隣国の王国と長年争い続けていた。

 今では和睦がなり交易もしているが、帝国は王国を攻める機会を狙っている。

 と、そう思われていた。

 帝国領と隣接しているのは3ヶ国。

 北の評議国へは高い山脈があり、直接は攻め込めなかった。

 南の皇国との間には、対岸が見えない程の大河があった。

 川を国境にしても漁などの争いはなかった。

 川は激流で渦巻き、船も橋も拒んでいた。

 さらに巨大な龍が住むと言われ、人は近づかなかった。

 山脈と大河の間、人が通れるのが辺境伯領だけだった。

「帝都に兵が集まっています。いよいよ攻めてきそうです」

 辺境伯へ帝国の報告が上がってくる。

「早いな。今の時期、こちらは兵力を集められない」


 王国は常雇いの兵士というのは少なく、国王の兵力は近衛隊を入れても500人程度、常に兵を持っているのは辺境伯だけでした。

 貴族がそれぞれの領地の民、農民を徴兵して傭兵団を雇い、国王の元へ集います。

 お金と食料の節約で、兵士は雇っていません。

 なので戦は収穫時期の後でないと戦力が激減します。

 今まで外交が頑張ってきましたが、突然攻めてこられたら、蹂躙されます。


 本気で帝国が攻めてきたら、辺境伯だけで防げる訳もない。

 しかし、貴族達は自分の領地を守るばかりだった。

 辺境伯が敗れれば、戦ができる兵力もないのに。

 わずかな個人的に伯と親しい者か、中央の極僅かな有能な貴族だけが動いていた。


「おお、村を救っていただけるとは。村をあげての宴を催しますよ」

 オークを退治したと聞いた途端、渋っていた村長むらおさが浮かれだした。

「怪我をされていますな、これは大変だ。すぐに治療を」

 カリム様が口の端を切っていたのを、見つけた村長が急いで医者を手配する。

 御付きの者が頭から血塗ちまみれだが、そちらは気にならないようだ。

 カリム様の傷を付けたのは血塗れの従者だが。

 侯爵が寄越した戦士だと、村には伝わっていた。

 オークを倒した今、村人の対応は丁寧なものに変わっている。

 本人はその侯爵の上の公爵なのだが。


 この地を治める貴族の手の者が来ると面倒だから。と急ぎ村を離れる。

 北へ向かう馬車に乗せて貰い、エミールに会った町へ向かう。

「どんな貴族なんですか? あの侯爵が使えると判断したのなら気になりますね」

 男の問いに、マルコは苦笑いで答える。

「おや、命懸けだったのですが。違うのですか」

「エミール様の役には立つはずですが……」

「余り有能ではなさそうですね」

「男爵は、コチカと呼ばれています。あちこちの貴族の情報を握っているそうです」

 派閥構わず擦り寄り、口先だけで上の者に取り入ろうとする。

 男爵のような者を、王国ではコチカというらしい。

 日本ではコウモリといわれる連中と一緒のようだ。

 上級貴族の秘密まで握っているようで、情報収集だけは有能らしい。

 味方にしてもメリットはないが、敵にすると嫌らしい嫌われ者であった。

「侯爵には敵対する貴族がいる。と、いう事ですね」

 男爵は必要ないが、その情報網は欲しいという事だろう。


「おかえりなさい。無事でなに……何があったんですか! すぐに医者を!」

 街の隠れ家で4人を出迎えたエミールが、血塗れの男を見て慌てる。

「ドラゴンでも出たのですか。オークだけだと報告を受けていたのですが」

「オークだけですが、群れを一人でどうにかできると思っていたのですか?」

 無茶な依頼だと男が抗議し始めると、カリム様がボソッと洩らした。

「一人で群れを殲滅したがな……」

「そうでしょうとも。なんせ迷宮を一人で制覇したのですからね」

 最下層の戦いは誰も見ていないので、エミールは知らなかった。

 男は諦めた。

「取り敢えずシャワーを浴びさせて下さい。それと食事を」

「何を言っているんですか。医者が先ですよ」

 エミールが慌てて止めるが、男は聞かない。

「自分の血の匂いは嫌いなんですよ。それにリトが限界です」

「うぃ~。おにく食べたい」

「何か食べさせないと、貴方達を食べてしまいますよ?」

 恐い事を言って、風呂へ行った。

「リトさん……一緒に行った方がいいんじゃありませんか?」

 少し震える声でエミールがリトを風呂にいかせようとする。

 喰われたくはなさそうだ。

「リトも~。マスター。リトも入る~」

 トトトっとリトも男を追いシャワーを浴びにいく。


「食べな」

「にくぅ~」

 シャワーを浴びると、食事の用意が出来ていた。

 寝ている間に襲われないようにだろうか、やたらと肉類が多い。

 リトが肉を貪り喰っている間に、次の仕事の話を進める。

「怪我はどのくらいかかりますか? 治るまでは此処で休んで下さい」

 エミールが心配しているかのように、男の怪我の具合を訊ねる。

「そうですね。すぐには無理なので、次の仕事は明朝からですね」

「そうですよねぇ。暫くは動けませんよね。やはり王都へ移った方が……え?」

 男が怪我をするなど、計算に入っていなかったようで、エミールが困っていた。

「エミールよ。休息は一晩で大丈夫だとよ」

 カリム様が呆れ顔で告げる。

「いやいや。その傷で動けるのですか! まぁ助かりますが、死なないで下さいよ」

 心配してますアピールはするが、正直助かったようだ。


「正直、あまり時間がありません。次はお隣共和国への潜入調査です」

「戦争中の国へ潜り込めと?」

 少し楽しそうにカリム様がエミールを見る。

「万が一見つかった場合を考えて、カリム様はお留守番です」

 エミールの返事にカリムが拗ねる。

「そんな事いうなよぉ。共和国には行った事がないんだよ。見てみたいじゃないか」

「冗談じゃありません。王族が他国に潜入したなんてバレたら、どうするのですか」

 公爵が潜入したらまずそうだ。

「マルコを付けますが、もう一人潜入している者がいるので、合流して下さい」

 何も知らない国で調査もできないので、スパイが合流するという。

「マルコは会った事がありますね。共和国人のアディという女です」

「彼女ですか。案内は任せてください」

「彼女と合流して、帝国の狙いを探って下さい。どこまで侵攻する気なのか」


 風呂に入って、飯を喰って眠れば、大抵の怪我は治るものだ。

 骨が折れた時も大丈夫だった。

 皮の外へ飛び出してこなければ、折れていても問題ない。

 動かしていたせいで治りが遅く、医者は煩かったが。

 一晩休んで町を出る。

 王都を見る前に外国へ。

 帝国が攻め込み戦渦の隣国、民主主義の共和国へと潜入する。


 共和国の孤児院で共に育った、英雄に憧れる少年カムラと器用貧乏なトムイ。

 彼等は同じ孤児院で魔法の才能に目覚めた少女、シアを連れてギルドに入った。

 冒険者となり小さな仕事をコツコツと堅実にこなし、やっとDランクに上がれた。

「これでやっと、保証金なしで依頼が受けられるな」

「金がなくて受けられなかった仕事もできるね」

「今まで回って来なかった依頼だってくるかもしれないよ」

 やっと冒険が出来る。と3人で、はしゃいでいた処へ、帝国の侵攻が始まった。

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