第52話 包囲戦
「速やかに国境周辺の都市を占拠せよ。首脳陣は決して逃がすな」
王国の東側にある帝国の若き皇帝レオンが将軍ヨシュアに命じる。
帝国が、南の共和国へ突如攻め入った。
圧倒的な兵力で押し進み、援軍が来る間もなく、国境沿いを制圧した。
「もうすぐここにも帝国が来るなぁ」
「兵隊達も逃げていったしな」
占拠された都市の近くでは、帝国が来たら皆殺しにされる。と噂になっていた。
共和国の兵士は撤退して、首都防衛に徹していた。
共和国の首都が帝国に包囲される頃、その西の森で男がオークに包囲されていた。
左側のオークが振るった剣が、木の幹に食い込む。
正面のオークが、首を狙って横に
地を蹴る右足と後ろへ傾く重心が、突き出される蹴りに力を乗せ膝を砕く。
膝が折れて頭が下がった処へ、男の右手が突き出される。
曲げた親指と人差し指を立てた手の型、
すり足で蛇行するように、木々をすり抜け移動する。
正面のオークの懐深くに、踏み込んだ男の鶴嘴が目を
「グギャッ!」
怯んだ処へ男の三日月蹴りが、顎の急所『三日月』を蹴り砕く。
一撃で意識がとんだオークは膝から崩れ落ちる。
邪魔な木の枝を切り落とした、オークの顎を男の掌底が突き上げる。
おもちゃの様に手足を揃え、体をピーンと伸ばして、オークは後ろに倒れた。
二桁いるオークに囲まれても、男は一人で戦える。
そんな訳がない。
オークとの間に木が入る様に常に動き回り、木を
ほんの一匹の動きを見逃したら死ぬ。
一息で正面の相手を倒せなければ死ぬ。
足場の悪い森の中で、足を滑らせても、木の根に
綱渡りな戦闘に集中力を切らさず、戦い続けなければならなかった。
一息で正面に来たオークを倒し、行動不能にして、足を止めずに戦っていた。
倒れたオークは隠れたリトが、こっそりとどめを刺して回っていた。
全方位を警戒し続け、全ての敵の行動を把握し、正面だけとはいえ、一息で仕留めていかなくてはならない。
そんな戦い方が長く続く訳もなく。
次第に追い詰められていく。
遮蔽に使った木が細すぎて、止まらなかった剣が、男の脇腹を浅く斬り裂く。
突き出された剣を避けそこない、左腕を貫かれそうになる。
骨まではいっていない筈だ。指も動くので大丈夫だろう。たぶん。
一瞬も止まる事なく、そんな事を考え動き続ける。
二の腕の傷を確認する間もなく動き回り、オークを素手で仕留めていく。
上段から振り下ろされる剣に、男は深く踏み込む。
オークの太い腕に、左腕を擦り付ける様に突き上げ、肘を外側に捻る。
振り下ろされる腕の軌道を逸らし、腰に溜めた正拳が厚い胸板に突き刺さる。
「グボォ……ヒュ……」
呻き声なのか、変な音を漏らしオークが沈む。
膝をつく前に男はその場を離れ、次のオークを仕留めていた。
捨て駒にされジャングルでゲリラに包囲された、悪夢のような記憶が頭に浮かぶ。
それでも男は、壊滅した傭兵部隊で一人、生き残った。
300人の近代兵器を持った兵士に比べれば、30人のオークなんぞなんでもない。
銃もミサイルもないのだ。と、自分に言い聞かせ戦い続ける。
そんな事を考え出したのは、集中力が切れかけている所為だろう。
リトも顔に石を投げたり、毒ナイフを投げたりと、嫌がらせをしてくれる。
半分くらいは倒したか。と思ったが、まだ20体以上残っていた。
「まだか?……そろそろ不味いぞ」
男は待っていた。
完全に不利な状況で、逃げずに戦い待っていた。
「北は一応落ち着いたようですね」
「はい。まだ小さな部族間の争いはあるようですが」
王宮に戻ったエミールは、小さな執務室で報告を受けていた。
上級貴族の家柄ではあるが、まだ家督を継いでいない筈だ。
それでも手の者を使い、何やら企んでいるようだ。
将来が約束されていて、王族とも繋がりのある上級貴族に逆らおうという者は、そうそう居るものではない。
「西の帝国も軍備を整え始めているようですが、なによりも東の戦ですね」
「南のオークは大丈夫でしょうか。今、騎士団は動かせませんよ」
「大丈夫でしょう。オークの百や二百、蹴散らせる人を送ってあります」
失敗しても異世界人と、役職もない王族が一人死ぬだけだと考えているのか、エミールは余裕を見せている。他の貴族の領地なので、村が幾つ滅ぼうと痛くもないが。
「あの洞窟の調査も急がないといけませんね。しかし、先ずは共和国でしょうか」
突如攻め込まれた南東の共和国、動かない南の大国法国、戦の準備をする西の帝国、連邦崩壊から小競り合いの続く北の評議国、その国境近くの魔物が住み着く洞窟。都合よく順番に問題が起きてくれる訳もなく、急ぎの問題が山積みだった。
これらを速やかに解決して、それをカリムの手柄にする。
そのカリムを使い宰相へ昇り詰めるつもりだった。
長男で婿には出られないので、王族にはなれないエミールには宰相が最上位だった。王になるにはクーデターでも起こすしかない。
「マスター。あいつら森を抜けた。それと、たぶんアレがボス」
「やっと来たか!」
リトの報告に、諦めかけていた男の顔が晴れる。
待っていた瞬間が同時にやってきたのだ。
一つは邪魔な二人、カリム様とマルコの森からの脱出。
一つは群れを率いるボスの確認と討伐。
一際大きなオークが現れた。
ジャラジャラと首に飾り物を大量にかけた、2m以上ある巨体が剣を抜く。
鉈のような形状の剣は見た事もない程、分厚いものだった。
厚さ5cmはあるだろうか、鉄板に柄を付けたような物を振りかぶり吠える。
「グォオオオオオッ!」
リーダーだかロードだかキングだか。
部下をやられて怒ったのだろうか。
圧倒的に不利な状況で戦わされ、押さえていた男の怒りが噴き出す。
ほぼカリム様の所為だが、怒りがボスオークに向けられ、殺意が燃える。
「出て来ないな」
「……。来ませんね」
「生きてるかな」
「……囲まれてましたからね」
「我の所為か? ……俺の所為だよなぁ」
「……生きて戻ってくるのを信じましょう」
「やはり様子を見に戻った方がいいんじゃないか?」
「次は殺されますよ? 彼らは王国の民ではありませんから、忠義も何もありません。カリム様が相手でも、恐らく容赦ないと思います」
森を無事抜けたカリム様とマルコが囁きあっていた。
森を抜けた処で、オーク達が追ってこないのに気づき、男の戻りを待っていた。
表向きカリム様が、オーク退治をしている事になっているので、村にも戻れず、森の奥を覗きながら、二人は動けなくなっていた。
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