第50話 命の重さ

 警備兵の手伝いをした翌日も、ミハイルは早朝から元気に剣を振っていた。

 毎朝の練習は欠かさない真面目な少年だ。……青年かもしれないが。

「マスター。あの子、なんで毎朝剣振ってるの?」

 毎朝の行動を不思議に思ったのか、リトが男に寄ってきて訊ねる。

「毎日の練習が、積み重ねが大事なんだよ」

「毎日、あんな事するの?」

「毎日やらないと、動けなくなるからな。大変だけど、大事な事なんだよ」

「ふ~ん。マスターがやってるの見た事ない」

「もう体力がないからな。毎日衰えていくのを、ごまかして動いているんだよ」

「ふ~ん」

 ただ擦り寄りたかっただけのようだ。

 自分から聞いておいて、リトは興味なさげに聞き流す。


 その昼時に、エミールが戻ってきた。

「すみません。予定が変わりました。余裕がなさそうです」

「王都に戻らない、という事ですか」

 エミールは何か焦っているように見える。

 珍しい……というか、初めて見るかもしれない。

「ここからすぐに向かって貰います。南の村がオークの群れに襲われています」

「討伐ですか」

「自警団がなんとか耐えていますが、何日もは持たないそうです」

「騎士団やら軍隊は?」

「すぐ隣の帝国が共和国と戦争をしている最中です」

「あぁ、軍は動かせないのですね」

「軍事行動だと思われて、攻め込まれる恐れもあります」

「いつ巻き込まれるか分かりませんねぇ。どこまで進軍する気なのやら」

「手柄を与える人物は用意できました。村を救って下さい」

「……わかりました」

 今夜には担ぐ神輿みこしとなる人物と道案内が合流するので、翌早朝出て欲しいという。


「大変です。昨日の男が逃げたそうです」

 ミハイルが部屋に駆け込んできた。

「騒々しいですね。なんの話です?」

 昨日の捕り物を知らないエミールにも説明する。

 メリージは夜中に警備の詰所から逃げ出したらしい。

「僕も探しに行きます」

 エミールへの挨拶もそこそこに、ミハイルは飛び出していった。

 男はメリージの目を思い出していた。

 ああいう奴は仕返しを考えるやつだ。

 しかしミハイルに敵わないのは分かっている。

 そういう時ああいう奴らは、やつあたりで気を晴らすものだ。

 嫌な予感がする。


 夕方に二人の男が来て、エミールが迎え入れた。

「彼が案内のマルコです。これからも一緒に仕事をして貰うかもしれません」

 リト達はエミールに小柄な細身の男を紹介された。

「マルコです。話は聞いてます。よろしくお願いします」

 暗殺者風の気配がする男で、そこそこ戦えそうだ。

 かなりクセの強いオレンジの髪と、大きな鼻が特徴的だ。

 特徴の強い暗殺者もどうかと思うので、殺しはやらないかもしれない。


 もう一人は190cmはあるだろうか、背が高くがっしりした男だ。

 獅子のたてがみの様なワサワサとした金髪で、ゴツイが気品がある整った顔だ。

 鮮やかなエメラルドグリーンの瞳は、好奇の光りに満ちている。

 余程暇だったのだろうか、外に出られるだけでも嬉しそうだ。

 鍛えてそうだが、見かけだけで強くはなさそうだ。

「こちらはカリム様、公爵デュークですから国王の縁戚、王族です」

 カリム様は爽やかな笑顔で男に挨拶する。

「話は聞いてるよ。なんか悪いねぇ。まぁよろしく」

 特に何もせず、野心もなく、のんびり暮らす王族といった軽い感じだ。

 丁度いい所を見つけてきたものだ。

「こちらこそ。矢面やおもてに立って貰いますが、よろしくどうぞ」

「こっちがリトくんかな? よろしくなぁ」

 カリムがリトの頭を撫でようと手を伸ばす。

 スッと、その手を躱し、左手を突き上げ奴隷紋を見せつける。

「凄いな。話には聞いたが、こんな色の奴隷紋は初めて見たよ」

「リトはマスターのもの。勝手に触っちゃダメ」

「おお。そうかそうか。ごめんよぉ」

 カリムは笑顔で謝っている。

 かなり無礼な事をしているのではなかろうか。

 男は少し心配になったが、カリムは気にせず笑っている。


 王国の公爵はファミリーネームがない。

 公爵は王の一族しかなれないので、いらないといえば要らないが。

 さらに国王になると、名もなくなる。

 個を捨て、国と国民の為に生きる道具になる。という覚悟らしい。


 これからはカリムと行動を共にすることになる。

 表向きはカリムが解決した事にして、宮中での発言力を増していく。

 それを後ろ盾に、エミールが要職に就く計画らしい。

 最終的には宰相を狙っているという。


 暗くなってきた頃、ミハイルがフラフラと帰ってきた。

 血の気がひいた青白い顔で、ブツブツと何か呟きながら帰ってきた。

 明らかに様子のおかしいミハイルに、警備兵がついてきて説明してくれた。

 話を聞けば納得できたが、翌朝の出発は変えられない。

 村が滅ぶかもしれないので、ミハイルは此処に置いて行くしかない。


 逃げたメリージは、やはり憂さ晴らしをしたようだ。

 抵抗出来ない若い女性と幼い男の子。

 髪と顔の雰囲気がミハイルと似ていたらしい。

 殴られ、体中を斬り刻まれて、町の外に棄てられていたそうだ。


 翌早朝、出発前にミハイルの様子を見に行く。

 ベッド脇の床に頭を掻きむしって、ブツブツ言いながら座り込んでいた。

 幼く見えた綺麗な顔は青白くやつれ、大きく見開かれた目は血走っている。

 たった一晩で幽鬼の様に変わり果てていた。

 そんなミハイルにとどめを刺すべく、男は目の前に屈んで見つめる。

「アナタが見逃した所為で、幼い命が失われました」

「ひゅいっ……」

 ミハイルはビクッと反応して男を見るが、会話はできそうにない。

「犯罪者の命を助けるのは気分が良かったですか? 同じ命だと言ってましたね」

「そ……そんな……」

「若い女性と純真な幼子の命も、それを殺して逃げる男の命も同じ価値ですか?」

「ぼ、僕は……ただ……」

「アチラもコチラも全て救おうなど夢物語です」

「罪を償って……貰おうと……」

「何が大事なのか見極め、守るべきものを間違えないで下さい」

「ま、まもる……」

「命を守りたいのなら、命を狩る覚悟を持つべきです」

 男は言いたいだけ口にして、出掛けて行った。

「まもる……まもるんだ」

 真っ赤な目でブツブツと呟くミハイルを残して。

 カリム様を救国の英雄とする為に、男は暫くの間この陽気な貴族を連れ歩く。

 オークの群れに狙われた村を救う為、カリム、マルコを連れ、男とリトが行く。

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