第49話 助命の価値

 男はエミールを待ち、ミハイルと剣を打ち合い過ごす。

 やはり若いのに凄い腕だ。

 実戦の経験と勘で相手をしているが、剣の腕前は男以上だった。

 だが練習でも男には敵わない。

 正統派の剣術を習っていたようだが素直で、太刀筋が読み易い。

 何よりもミハイルの剣には殺意がなかった。

 必殺の一撃がないので、相手は余裕が出来る。

 このままではこれ以上の上達はないだろう。

 だからとて、その辺で誰か斬って来いとも言えない。


「マスター。あの金髪の子の相手、楽しい?」

 部屋に戻るとリトが、男に訊ねる。

 怒ったり拗ねたりしてる訳ではないらしい。

「まぁそこそこだな。リトは飽きちゃったか」

 リトはブンブンと顔を左右に振る。

「暗い檻の中に比べたら、何してても楽しい」

 そこと比べられても、楽しさが伝わらない。

 そんなくつろぎタイムの部屋に、ミハイルが駆け込んできた。


「出かけます! 指名手配の盗賊が見つかったそうです」

 町中まちなかに潜伏しているのを、警備の者が発見したらしい。

 凶悪な盗賊で、数人の手下と潜伏中だったらしい。

 ミハイルも賊の捕縛を手伝うという。

「見に行くか。リト、おいで」

「うぃ~。あの子に殺せるかな? 無理だと思うけど」

「だろうなぁ」


 槍を持った警備隊8名が小屋を囲む。

 中の賊も気付いているだろう。

 隊長らしき中年の男とミハイルがドアの前に立つ。

「盗賊メリージ! 大人しく出て来い!」

 隊長が叫んでいる。

「ミハイルと同類か。この国は、あんなのの集まりなのか?」

 少し後ろで見物していた男が、呆れて見ていた。


 中にいるのが分かっているなら、建物ごと焼くなり崩して埋めるなりあるだろうに。突入すらせず、降伏勧告とは何がしたいのだろうか。

 きっと平和な町なのだろう。

 田舎の村では、気に入らない者は魔女だの人狼だのと言われる。

 村ぐるみで殺して排除する時代に、お坊ちゃま達は何を考えているのだろうか。

 大人しく出てきたら驚きすぎて、ショックで男は死んでしまうかもしれない。

 リトはそんな事を考えながら、興味なさそうに見ていた。


 小屋の戸が勢いよく開き、4本の矢が放たれる。

 警備兵が矢を受け、3人が倒れる。

 囲みが怯んだ処へナイフを持った男が飛び出した。

「うがぁああっ! ひぃぃ」

 戸の前にいた警備隊長が顔を切り裂かれ、血を振りまきながら叫んでうずくまる。

 ミハイルが剣を抜き、ナイフの男に立ち向かう。

 ナイフ男がメリージだった。

 ニヤリと笑い、剣を構えたミハイルにも怯まない。

「何考えてんだ!」

 見ていた男が慌てて駆け出す。

「たぶん何も考えてない。と、思う」

 リトも仕方なく後を追う。

 弓を持った敵がいると分かっているのに、何故そこで立ち止まって剣を抜くのか。

 矢を全て切り落とす気でいるのだろうか。


 小屋まで走った男は、仕方なく中へ飛び込んだ。

 中には弓を持った男が4人いた。

 右側の手前にいた男を、飛び込んだ勢いのまま殴りつける。

 体重を乗せ身体ごといった右拳が、弓を持った男の顔に沈み込む。

 右手を振り抜き殴り倒すと、前へ流れる体で大きく右足を踏み出す。

 踏み出した足を軸に、振り抜く右腕を後ろへ流すように体を回す。

 倒れた男の後ろにいた男に、左の後ろ回し蹴りが刺さる。

 突き上げるように伸びた足刀が、弓を持ったまま反応もできない男の顎を砕く。

 気を失い倒れ込む男の後ろに廻り、支えるように掴んで楯にした。

 しかし、飛んで来ると思っていた矢が来ない。

 残りの二人はやっと襲撃に反応したところだった。


「な、なんだテメェ!」

 左側の男が怯えたような甲高い声で弓を構える。

 もう一人が床から何かを掴んで持ち上げた。

「これを見な。おとなしく俺達を逃がすんだな」

 人質がいたようだ。

 若い女性が捕まっている。

「誰だよ……それで逃げられると思ったのか?」

「う、動くなよ。コイツがどうなってもいいのか」

 女性を掴んだ男は、ナイフを女性の顔に突きつける。

「どうなってもいいが……俺が正義の味方にでも見えたのか?」

 表情も動揺も抑揚もなく、男は静かに、不気味に話す。

「そ、そっ、ソイツを、放せっ」

 もう一人の男が弓を構え、矢をつがえる。

 人質を取った二人の賊の方が、慌てて焦っているようだ。

「俺の目的は救助でも捕縛でもない」

 男は楯代わりに掴んだ、賊の腰から剣を抜く。

 それはなたのような物だったが、牽制が目的なので気にせず投げた。

 クルクルと回りながら飛んだ鉈は、弓を構えた男の顔に綺麗に突き立った。

 刺さるとは思っていなかったので、男は内心焦った。

 ……が、生け捕りにする気もなかったので、諦めて忘れる事にした。

 飛んできた鉈に深く顔を割られ、倒れる男が弓を放つ。

 弓を引き絞ったまま即死して、その手が離れて矢が飛ぶ。

 その矢は楯代わりの賊の胸に、見事に突き立った。

 男は起き上がってこないように、賊の胸の矢を捻りながら抜く。

 その死体を蹴り飛ばし、残りの賊を見ると、まだ人質を掴んで立っていた。

「どうした。その女に何かするんじゃなかったのか?」

「ちくしょぉ。なんなんだ……くそっ。来るな。来るんじゃねぇ」

 ロープで縛られた女性を掴んだまま、一人残った賊は半狂乱でナイフを振り回す。

 女性は恐怖で目を見開き、硬く立ち尽くす。

「アンタ捕まってたのかい? 助かりたいか?」

 男が当たり前の事を聞くと、女性は激しく頭を縦に振る。

「そうか……仕方ないな……リト」

 男が声を掛けると、賊の背後に廻り込んでいたリトが、ナイフで賊の足を斬る。

「女も仕留める?」

 もしかしたら女も仲間かもしれないが、縛ったまま警備に渡せばいいだろう。

 魔法の毒で麻痺した賊が女性と共に倒れる。

「まぁ、そっちは生かしておこうか」

 始めに殴り倒した賊を縛ると、その男が腰にしていた鉈を抜く。

 男は麻痺している賊の首に、鉈を振り下ろす。

「一人残っていれば残りはいらないだろう」

 倒れていた女性を担いで、裏口の警備兵に捕まえた賊と一緒に渡す。

 表に出ると、まだミハイルが戦っていた。


「あいつは何がしたいんだ」

 男が呆れてミハイルを見る。

 ナイフと剣で戦う二人は、大きく肩を揺らし息を乱していた。

 メリージの腕ではミハイルには敵わない。

 何時間やっても傷一つ付けられないだろう。

 ミハイルも殺さないように攻撃しているので、メリージを仕留めきれない。

 フェイントを入れてメリージがナイフを突き出す。

 ミハイルは退きながら剣を振り、ナイフを持つ手を浅く斬る。

「くっ……ま、まいった。待ってくれ。降参だ。殺さないでくれ」

 ナイフを落とし、傷ついた手を抱えたメリージが命乞いを始めた。

「ハァ……ハァ……ふぅ。殺しはしない。警備兵に渡すだけだ」

 やはり命を取る気はなさそうだ。

 下を向くメリージがニヤリと笑う。

「ミハイル君。君は何がしたいんだい? 目的がわからない」

 男が出ていきミハイルに声をかける。

「どういう意味ですか? 犯罪者だからと殺す気はありませんよ」

「ああ、血がついたまま仕舞うと、鞘から抜けなくなりますよ」

 剣を鞘にしまおうとしているミハイルを止めた。

 警備兵が集まって来て、メリージを連れていく。


「さっきのはどういう意味だったんですか?」

 ミハイルは気になるようで、男に訊ねる。

「彼が仕返しを考えたらどうします?」

「何度来ても取り押さえますよ。負けません」

「そうですか。アナタを狙ってくるといいですね」

 ミハイルは気付いていないようだった。

 凶悪な犯罪者を捕らえて、気分が高揚していたのかもしれない。

 犯罪者とて同じ命。

 そんな事を本気で考えていたのかもしれない。

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