第46話 旅立ち
実家は何代も続く殺し屋だった。
父は別の仕事をしていたが、家業を継いだ父の弟、男の叔父には子がいなかった。
男は幼い頃から、家業を継ぐ者として育てられていた。
男はそれに反発したが、結局どうしようもない仕事をしていた。
ヨーロッパに渡り派遣会社に仕事を貰っていた。
世界各地の紛争、内戦、戦争に参加する傭兵として働いていた。
結局金で雇われ、人を殺す仕事をしている。
この一族は呪われてでもいるのだろうか。
だがそれもやっと終わりだろう。
何度目になるのか、銃弾を受けて倒れていた。
久しぶりで日本に帰っていた事で油断していた。
まさか日本で撃たれるとは思っていなかった。
あの連中は誰に雇われたのだろうか。
「まぁどうでもいいか。恨まれる心当たりが多すぎる」
今度は腹だけでなく、頭にもくらっていた。
銃弾は片目を吹き飛ばし、頭を貫通していった。
これで今度こそ、死ねるのだろう。
何かぼんやりとした男が立っている。
目の前にいるのに、その姿がはっきりしない。
ここがあの世なのか。
「死ぬ寸前にお連れしました。まだ死んでいませんよ」
目の前の男が話しかけてきた。
拉致されたようだ。
「また死ねなかったのか。俺に何をさせたいんだ?」
「これから異世界で殺し合いをして下さい。特別に力を与えます」
「そうかい。死ぬまで戦えって事だな。アンタは神様とかなのか?」
もうどうでもいいと思い、男は不思議な状況も楽しみだしていた。
「少し違いますが、まぁそう考えてもかまいません。アナタの記憶を代償に特別な力を与える事ができます。直近から5年分の記憶が消えますが構いませんか?」
「20年にしよう。その分強力なのにしてくれ」
人を殺し続けた記憶が消せるうえに、何か貰えるならメリットしかない。
顔は見えないが、目の前のナニカが、少し驚いたような気がする。
「分かりました。それと名前が消えます。これはもう戻せませんが」
「ああ。なんでも好きな物を持ってってくれ。惜しい物なんかないよ」
どうせ何者にもなれなかったのだ。
「そうですか。また会える日を待ってます」
男は迷宮へ飛ばされた。
あの日のように、気付くと男はそこに居た。
転送された先には何もなかった。
空も地面も建物も山も木も。
明るくも暗くもなく、遠くまで見渡せるのに何も見えない。
物も人も、光も闇も、何もない空間に男は一人いた。
目を開けているのかどうかも分からない、不思議なあの時の空間にいた。
「よぉ、久しぶりだな。あそこはアンタが創ったのかい?」
男はギフトを失い、名前以外の記憶を取り戻していた。
あの時出会った見えない男が、目の前に立っていた。
「私の創ったシステムです。迷宮を創り、
「そうかい。目的は知らないが、辿り着いたよ。満足かい?」
「はい、助かりました。世界の調整に必要なのです」
「死にそうな人間を拉致して来てた訳か。許可を取ってから送ってたから、皆受け入れていたんだな。たまに騒いでるのもいたが」
「覚悟が足りなかった人なのでしょう。断った方は元に戻してますよ」
どうせ死ぬ人間ならいいのかもしれないが、
「これで皆帰れるのかい? それとも安らかに死ねるのか?」
「生きたまま帰れますよ。傷や病気も治して返します」
また死ぬまで殺し続けるのか……
「では、元居た世界へ送りましょう」
「いや……残る。こっちに残らせてくれ」
「……本気ですか?」
「あぁ……頼むよ。向こうにはもう……何もない」
「そうですか。では特別に贈り物をしましょう。異世界転移記念です」
男はいつの間にか引き摺られていた。
背の高い草が生い茂っている。
その草むらの中を引きずられていた。
少し離れた所に人が集まっているようだ。
見上げると満天の星空があった。
見慣れない空だ。
黒いTシャツに茶色のカーゴパンツを履いている。
そこまではいいが、革の鎧を着て、腰には剣と脇差を差していた。
日本ではなさそうだ。
「戻ったのか……」
ボソッと呟くと、男を引き摺っていた小さな影が覗き込んできた。
「マスター。気が付いた? みんな消えちゃったの。取り敢えず逃げて来た」
岩山の中腹にあった迷宮は、山ごと消えていた。
日本人も消え、この国の人間だけが残っていた。
二人は少し離れた所に転送されたようだ。
リトは気を失っていた男を引き摺り、岩陰へ隠れようとしていた。
「でかしたぞ。リト」
「うぇへへっへっへ」
頭を撫でてやると、気持ち悪く笑った。
笑った事のなかった獣人は、いつまでたっても笑うのが下手だった。
「スキル使えないみたい」
リトのスキルもなくなっていた。
元々の獣人として持っていた感知能力があるので、範囲が狭くなったくらいだが。
「そうか。取り敢えず、此処を離れようか。見つかる前にな」
「うぃ~」
ギフトを失くした所為か、あの何かが治してくれたのか。
体の疲労もなくなって、動ける様になっていた。
男はリトを連れて、あてもなく歩き出す。
夜が明ければ地平線が見えそうなくらいの大草原だ。
「何するかなぁ。すぐに稼げるのは傭兵とかか? 大きな
最後に貰った特典がある。
どうにかなるだろう。と、男は何も見えない草原を楽しそうに歩いていく。
新たな能力は異世界で生きるのが楽になる特別なものだった。
新たな能力は、こちらの世界の言葉。
全ての国の言葉を理解し、会話ができる能力。
言語知識を手に入れていた。
ただそれだけ……会話が出来るだけが特典だった。
「会話ができるなら、町でも暮らせるな。異世界なら冒険者とかいいな」
「マスター。楽しそう」
「楽しみだな」
誰も自分を知らない、しがらみのない世界。
少年のように夢と希望に満ち溢れていた。
この時、この一瞬は。
死神に魅入られたのか、すでに死神なのか。
血に
それでも男は、血溜まりの中で足掻き続ける。
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