第45話 最下層

「くっそ! どけぇ! どんだけ湧いてくんだよ!」

 幾ら倒しても湧き出て来る、フィーンドを薙ぎ払い健太が叫ぶ。

「あの人でも一人じゃ……くそぉ」

 なんとか群れを抜け出て、一人戦う男の援護に向かおうとヒロも焦る。


 前も後ろもなくフィーンドが、床の闇から次々と湧いて来る。

 ヒロの雷刃剣も仁の燃える槍も、周りを巻き込むので乱戦では使えない。

 床を這うように、黒いモヤが充満する乱戦から、小さな影が抜け出た。

 気配を殺した小さな影は、闘技場の外周を駆け抜ける。


「健太! ヒロ! 飛び出せぇ!」

 パンツ一丁の恵が、血塗ちまみれで叫ぶ。

 装備が少ない程、敵を惹き付ける恵の囮ギフト。

 だが、当然敵は裸の恵を攻撃して来る。

 装備もなく攻撃を受け続け、傷だらけになっていた。


「変態バカ何をする気だ。もう無理だろう」

 命懸けで二人を乱戦から、抜けさせようとする恵を健太が止める。

「傷だらけの天使の最後の仕事だ。きさまらぁ、こっちを……見ろぉおお!」

 前へ、最前線へ飛び出した恵のギフトが、フィーンド達の視線を独り占めにする。

「くそっ、バカがっ」

「くっ……みんな、ここは頼む」

 健太とヒロが乱戦を突き破り、飛び出した。


 首へ向け、唸りをあげて大剣が迫る。

 風を切る音が男の耳に、笛の音を届ける。

 虎落笛もがりぶえ


 冷たい雪が深く積もる。

 古い屋敷に祖父と二人。

 幼い男は祖父から一族伝来の仕事を、受け継ぐべく教育を受けていた。

 結局別の道を歩む事になったが、その教えは体に染みついていたようだ。


「敵が強くかなわなければ、どうする?」

「逃げる」

 祖父の問いに、幼い男が答える。

「逃げられぬ戦いもある」

「諦める」

 祖父の問いに、少年が答える。

「どうしても負けられぬ戦いもある」

「鍛錬を積む」

 祖父の問いに青年が答える。

「鍛錬を積むのは当然の事、相手も日々鍛えておる」

「強い武器を使う」

 祖父の問いに男が答える。

「最後の最後に頼れるのは己の体よ。武器もなく手足が動かなくとも、相手の喉笛を噛みちぎってでも殺す。強い殺意こそ最後の武器。覚悟が肉体を凌駕するのだ」


 降り積もる雪の様に、真っ白になった頭の中に、黒い殺意が渦巻く。

 どす黒い殺意が頭の中を、体中を黒く……全身を、黒く塗りつぶしていく。

 負けられないのなら……噛みついてでも……相手を殺せ!

 加速した意識が、とどめの剣が迫る一瞬のうちに頭を、体を覚醒させる。


 首を刎ねられる寸前、意識を取り戻した男は前へ出る。

 大きく左足を踏み出し、重心を左前に移す。

 踏み出した足を軸に右回転で体を回して、右足を相手の体の後ろへ伸ばす。

 大剣を掴んだ相手の右手首を左手で掴み、右肘を魔族の脇へ突き刺す。

 その自分の右手を魔族の腕の外側から回して、自分の左手首を掴む。


 ロックした魔族の右手を捻ると、手の大剣が離れて落ちる。

 伸ばした右足へ体を引き、腕を捻って腰で跳ね上げ投げる。

 魔族の体が宙に舞う。

 右手を放し、落ちてきた顔へ、ローキックを叩き込む。

 顔面を蹴り抜いた左足が戻って来て、捻り上げる右の肩を踏みつける。

 そのまま魔族は顔から床に落ち、首の骨が折れる。


かずら、なんとかって技だ」

 投げ技を葛と呼ぶ古い流派があった。

 古武術の技を体が覚えていた。

 しかし頭はポンコツで、技名は思い出せなかった。


 それでもダメージがないのか、魔族は無造作に立ち上がる。

 肩が外れ、右腕がおかしな方向を向いている。

 首も折れて、真上を向いていた。

 左手が頭を無理矢理、元の位置に戻す。


「なかなかしぶといじゃないか。さすがじゃ……びゃあっ!」

 魔族の言葉を男の追撃が遮った。

 男の抜き打ちが魔族の胸を切り裂いた。

 簡単に殺せるとは思っていない男は、すぐさま脇差を抜き斬りつけていた。

 返す刀を振り下ろし、左目から胸元まで大きく切り裂く。


「離れてっ! 雷刃剣らいじんけん!」

 跳び上がったヒロが、剣の鍔に足をかけて降ってきた。

 ヒロの、剣を足で挟んだドロップキック(雷刃剣)が背後から炸裂する。

 男が跳び退いた処へ、いかづちまとった剣が魔族を貫く。

 胸から刃が飛び出し、その体を雷が焼く。

 ヒロはその肩に足を掛け、無理矢理剣を引き抜く。


「ぬぅ……邪魔を」

 振り向こうとする処へ、健太のグレードソードが襲い掛かる。

 右肩にグレートソードが沈み、深く切り裂き肩甲骨を砕く。

 魔族の左腕が後ろを払う様に回され、その長い爪が健太の腹を切り裂く。

 後ろへ注意が逸れた処へ、男の脇差が袈裟に振られる。

「あまいわぁ!」

 左腕で脇差を受け止めた。

 カウンターで噛みつこうと、鋭い牙の並ぶ口を大きく開けた。


 男は止められた脇差を放し、右手を後ろに廻す。

 ごく当たり前に、そこにあるのが当然のように……野太刀を握る。

 男の後ろに廻り込んでいたリトが、滑る様に退いていく。

 抜刀された野太刀に左手を添え、魔族の脇を駆け抜ける。


 一閃


 閃光となった野太刀が、右脇腹から左胸まで大きく切り裂く。

 砕け散る肋骨と共に、血と肉とはらわたこぼれ落ちる。

「う……お、おの……れぇ……またして……も……」

 流石の悪魔の体も限界だった。

 崩れる様に倒れ、床の黒いモヤとフィーンドも消えた。


「まだだ。まだ、負けぬ。貴様らも道連れにしてやる。残った体を生贄に、来い」

 魔族の体が崩れていく。

 人は生き残る為、還る為に足掻あがく。

 悪魔も復讐の為、命を狩る為に足掻く。

 最後の悪足掻き、受肉した体を使い上位の悪魔を召喚した。


 青白い体の大きな悪魔が現れる。

 グレーターデーモンと戦う力が残っているのか。

 乱戦になっていた者達は傷だらけで、恵も血塗ちまみれで倒れている。

 健太も腹を切り裂かれ、膝をついていた。

「不味いな……まだ出てくるのかよ」

 それでも健太は立ち上がろうとする。

「さがって下さい。僕が戦います」

 ヒロが健太の前に立ち、剣を構える。


「やりたくはないが……仕方ないか。健太! 後は任せたぞ」

 男は状況を見て最後の手段に出た。

 男が床に手をかざすと白い光が闘技場に広がる。

 その場にいる傷ついた者達が緑色の光りに包まれる。


「え……まさか、全員にアレを?」

 それを一度見た山城が慌てて男に駆け寄る。

「おいおい。おっさん何する気だよ。大丈夫なのか?」

 ただならぬ覚悟を感じた健太も焦る。


「さぁね。この体が持つかどうか。これで戦線離脱です。あいつを倒して下さい」

「無茶です。効果があるかわかりませんが、体力を、持久力を増強します」

 山城が魔法で男に体力増強をかける。

 男以外の傷が復元していく。

 倒れた恵も生きていたようで立ち上がっていた。

「任せろ。後は休んでな」

 立ち上がった健太がグレートソードを拾い、悪魔へ斬り込んで行く。


 山城と巫女のギフトのおかげか、なんとか男は生き残っていた。

 しかし、立ち上がる事もできず、今にも意識を手放してしまいそうだ。

「リト。もうひと頑張り頼むぞ。引き摺ってくれ」

「あい。任せて。ちゃんと連れてく」

 落ちた武器を拾い集めたリトが、男を引き摺って行く。


 グレーターデーモンとの戦闘を任せ、男を引きずったリトは奥の扉へ辿り着く。

 その扉の中へ二人が滑り込む。

 四つ目の転送陣があった。

「まだ下があるのかよ」

「でも、この部屋で行き止まり。階段がない」

 二人が転送陣に乗ると、その体は光に包まれた。

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