第44話 戦士帰還

「まるで闘技場コロッセオだった。とんでもない化物がいたんだ」

 地下13階から帰った生き残りが、持ち帰った情報を酒場で報告していた。

 階段の脇には転送陣があり、人工の短い通路が一本だけ伸びていた。

 大きな両開きの扉だけがあり、そこを開けると広間になっていた。

 そこはまるで石造りの闘技場のようだった。

 8階のように高い天井が光を放ち、明るく広い闘技場の奥に人影があった。

 引き締まった体の2メートル近い大男で、スピアを手に立っていた。

 人が中に入ると男は槍を構え、日本語で伝えた。

「よくぞ来た。この奥に望むものはある。勝ち取ってみせよ」


「話にならない。6人がかりで相手にならなかった。あっという間にやられたよ」

 傷だらけになりながらも、一人生き残った男は地上に戻った処で倒れた。

 血塗ちまみれで見つかり、運ばれてきて、なんとか命だけは助かった。

「闘技場を出れば、奴は追ってこないようだ。おかげでなんとか逃げられた」


「土竜と翼と……おっさんも連れていきたいとこだな。他に何人集まるか」

 健太はエミールと打ち合わせをしていた。

「有志をつのって一気に攻略するのは賛成です。無駄な死人を増やさずに済みます」

 最下層っぽいのと、やたらと手強い何かがいる。

 と、いうことで、バラバラにではなく、皆で一気に攻めようという事になった。

「13階が最下層じゃなければ、一度戻ってくるよ」

「ええ。そうして貰えると助かります。今後の為に、少しでも情報は欲しいので」


 装備を整えた一行が、三つ目の転送陣に集まる。

 格闘技と裏社会の5人組、健太組。

 勇者ヒロと仲間達6人組、土竜。

 総勢47名の大所帯、光の翼。

 奴隷の幼女を連れたおっさん。

 計60名で最下層攻略に向かう。


「ついて来てくれるとは思わなかったけどな」

 健太がリトを連れて来た男に声を掛ける。

「最下層みたいですからね。せっかくなら立ち会いたいと思って」

「まぁ来てくれるなら、なんでもいいさ」


 光の翼が、やたらと増えている気がする。

 男が気になって見ていると、健太が教えてくれた。

「ああ。それなんだが、今回だけは全員翼のメンバーに入る事になったんだ。あの増えてるのは応援の面子メンツだな。三組だったかな。参加する奴らは翼に入ったんだ」

「ギフト関係ですか?」

「そうだ。巫女のギフトは強化なんだが、自分が戦闘に参加しなければ、仲間一人に対し、全員が1.1倍強くなるんだとよ。仲間になった人間の力の一割が全員にプラスされるんだと。それに恵のギフトもあるからな。全員が6倍強化されれば、どうにかなるだろうよ。承知してくれるかい」

「わかりました。何かするのですか?」

「大した事じゃない。巫女が触れて、何かするらしいが。こっちは立ってるだけだ」

 よく見れば巫女が順番に、触れて廻っていた。

「なるほど。アレ待ちだった訳ですね」


 60人パーティー、もしくはレイドが、地下13階闘技場へ向かう。

 大きな扉を開けるとそこには、大剣たいけんを持った戦士が一人立っていた。

 そこで待ち受けていた筈の大男は、血塗ちまみれで戦士の足元に倒れていた。

 背を向け立っている裸の戦士は、誰も見た事のない男だった。


「先を越されたって訳でもなさそうだな」

 戦士はゆっくりと振り向き、入って来た人間達を見渡すと、ニヤリと笑った?

 口角が上がり笑ったように見えなくもない。

 しかし、人では絶対にない。と、断言できる程の邪悪で不気味な笑いだった。

「来たか。待っていたぞ」


 男の背筋がゾッとする。

 こいつに見覚えはないが、会ったことはある。

「なんで戻って来たんだ。早すぎるだろう」

 男は剣を抜き前へ出る。

「人間の中にも邪教徒と呼ばれる奴らがいる。数十年に一度の大量の生贄を捧げてくれた。さらにタイミングよく、隣の帝国が戦を始めたんだ。恨みつらみを持って死んだ魂を使って、傷を癒して戻ってきたのさ」

 戦士はうれしそうに語る。


「なんだアイツ。人間じゃないよな?」

 健太に戦士から目を離せない男が答える。

「いつか話しませんでしたか。黒い鎧の魔族です。戻ってきたようですね」

「アレがそうか。やばそうだな」

「でしょうね。今度は本気を出しそうですし」

 出鱈目に強いと言われた大男を、無傷で倒している事からも強そうだ。


「これは邪魔だったのでね。そして、君らにも邪魔はさせない」

 床一面に黒いモヤのような物が広がる。

 剣を構えていた男の体が、一瞬で闘技場の反対側に移動した。

「は? ……な、なんだ……何しやがった」

 叫ぶ健太に背を向け、裸の戦士が片手を振る。

 床に広がったモヤから、次々と魔物が溢れ出す。

 人型に近いが、赤銅色しゃくどういろの肌に鋭い牙を持ち、山羊のような角を持った悪魔が、男以外の『光の翼』を囲む様に現れた。

 人を喰らう悪鬼、フィーンドの群れが立塞がる。


「やつらは魔界のフィーンドに相手をさせよう。ゆっくりと斬り刻んでやるぞ」

 裸の戦士の肌が鈍色にびいろにくすんでいく。

 下半身は黒く短い毛に覆われ、頭には短いレイヨウのような角が生えた。

 口も大きく裂け、大きな牙が並ぶ。

 体も二回りほど大きく、、筋肉質になっていく。

 両足はひづめになり、膝関節が逆を向く。

 変身が終わると、男にまとわりついていたモヤが離れて、動けるようになった。


「いいのかい? 動けるようにしちまって」

「それでは気が晴れないのでな。今度は本気で相手をしてやる」

 人要素が殆どなくなった魔族が、大剣を構え男に斬りかかる。

 受けたらマズイ気がした男は、剣を擦り合わせて軌道を逸らし、左に躱す。

 やたらと重い一撃が振り下ろされた大剣が、片手で跳ね上げられる。

 男の右膝から上がってくる剣を、バランスを崩しながらも躱した。

 さらに剣が帰ってくる前に、男が横薙ぎに剣を振るう。

 魔族は後ろに軽く跳んで躱す。


 恵のギフトも効果がないようだが、巫女のギフトでなんとか戦えていた。

 急に強化されたら、動きにくいかと思っていたが、そうでもなかった。

 全ての能力が強化されている所為か、違和感なく動けていた。

 しかしそれでも、悪魔の力を解放した魔族は強かった。

 攻撃しようとすればカウンターを取られそうだ。

 かと言って隙ができるまで防御に徹していたら、そのまま押し切られそうだ。

 そう何度も躱せる自信がない。

「やばい……かな」


 軽く左足を引いて、両手に持ったバスタードソードの剣先を下げる。

 左足の爪先に添える様に構える男に、魔族が飛び込んで大剣を突き出す。

 必殺の一撃に賭けた男は、体を傾けて突きを躱し、両手に持った剣を跳ね上げた。

 魔族は剣を持つ右腕で受け止めた。

 腕の骨に食い込んだ剣が止まり、体が伸び上がる途中の男に左拳が撃ち込まれる。

 技術のない横殴りのパンチが男の顔に入り、壁まで殴り飛ばす。

 クルクルとまわりながら、派手に飛んだ男は壁に叩きつけられる。


 派手に飛んだのは、衝撃を逃がす為自ら跳んだからだ。

 壁に当たるダメージはあるが、動けない程ではない。

 倒れる前に床を蹴って、反撃に移る。

 魔族は剣が食い込んだままの右腕で、飛び込んでくる男に剣を振り下ろす。

 目前で加速して、その一撃を掻い潜った男が魔族に体ごと突っ込む。

 その手には魔法のナイフが握られていた。


 魔族の腹に、深くナイフが突き刺さる。

 ナイフから手を離した男の左足が、魔族の下がった顎を蹴り上げる。

 左手が胸のベルトからダークを抜き、突き出される。

 魔族の胸に刺さったダークに向かって、必殺の右正拳突きを繰り出す。

 正拳が胸に沈み込み、刺さったダークが厚い胸板を貫いた。

 魔族が右足を蹴り出し、男の腹に蹄が沈む。


「くはっ……」

 打ち終わりを狙われ、効いてしまう。

 動きが止まってしまった処へ、左の拳が打ち下ろされる。

 そのまま倒れるのはなんとか堪えたが、後ろによろけて立ち尽くす。

 右の眉がぱっくりと裂け、血が溢れ出る。

 脳が揺れて、視界がとろける。


 右腕と腹に食い込んだ剣とナイフを抜くと、魔族は男の前に立った。

「ここまでやるとは思わなかったぞ。褒美にとどめをくれてやろう」

 大剣を大きく振りかぶり、男の首を斬り落とす為横に薙ぎ払う。

 男は反応も出来ずに立ち尽くしていた。


 次回予告

① 悪魔を蹴散らした仲間が助けてくれる。

② 追い詰められた男が覚醒して反撃する。

③ 実は夢かヴァーチャルだった夢オチ。

 どれかでないと死にます。


次回 最下層

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