第43話 猛獣

「これでとどめだぁ!」

 グレートソードがミルメコレオの頭に打ち込まれ、頭蓋ずがいが砕け散った。

「やったな」

 スピアを持ちレザーアーマーを着た、久良木くらぎが周りを確認して声を掛ける。

「この階もそろそろ階段じゃないか?」

 グレートソードを拭いながら、プレートメイルを着た青木が仲間に確認する。

「そうだな」

 戦槌ウォーハンマーを持ち、簡素なラメラーアーマーの椹木さわらぎが答える。

「そういえばさ。ミルメコレオがいるなら、ライオンもいるかな?」

 大きな丸楯ラウンドシールドを持ち、ガントレットにサークレットという軽装だが、もう若くない小柄な工藤が、グラディウスをしまいながら疑問を口にする。

「それよりも早く移動しよう。今の戦闘音で何が来るか分からないよ」

 一人だけ10代で、一番若い赤池が、クロスボウの準備をしながら警告する。

 鎖帷子くさりかたびらを着て、ダガーを持っているだけの軽装の少年だった。


 グラディウスは50cm程の短い剣です。

 兵士も持っていましたが、闘技場コロッセオの剣闘士が使うアレです。

 分類するなら長さ的にはナイフですが、ソードでもナイフでもありません。

 グラディウスとは剣という意味なので、種別はグラディウスになります。


 ラメラーアーマーは革などの鎧に鉄板を縫い付けた物です。

 端に穴を開けた長方形の鉄板を繋ぐ物が多かったようです。

 プレートアーマーの出来損ないのような鎧です。

 プレートメイルは鎖帷子メイルに鉄板を貼った全身鎧です。

 メイルは網状の鎧の事です。

 なので、プレートアーマーとプレートメイルは見た目変わりませんが、構造が少し違う鎧となります。


 地下12階を5人組が進む。

 余り派手な活躍はないが、地道に進んで来たパーティーだ。

「何かいる」

 赤池が皆を止め、クロスボウを構える。

 前方から大きなライオンが現れた。

 赤池が放ったクォレルは、ライオンの顔の前に伸びた硬いものにはじかれた。

「ナンダ……コイツ……ナ、ナンダァ」

 ライオンが喋った。

「しゃべったぞ」

「シャ……ベタ……ドォ」

 老人のような顔のライオンが、言葉を真似て喋る。

 クォレルを弾いたのはサソリのような大きなしっぽだった。

 蝙蝠のような羽を生やしたライオンが、正面にいた青木に飛び掛かる。

 グレートソードを硬い尻尾に弾き飛ばされ、太い前足で地面に抑え付けられる。

「青木! このっ……放せぇ」

 椹木が戦槌を振り上げ助けに入る。

 鋭い爪が倒れた青木の顔を引き裂き、太い尻尾の先の毒針が胸を貫く。

 プレートメイルを簡単に貫いた尻尾が、椹木に向かって払われる。

 戦槌を振りかぶったまま尻尾に打たれ、壁まで飛んだ椹木は倒れて気を失った。

 赤池が次弾の準備をする間に、久良木と工藤が武器を構え前に出る。


 紀元前4世紀頃、歴史学者のクテシアスが残した歴史書『インド誌』に毒針を持ったライオンが記載されています。

 ライオンよりも強い何かが居て、毒針が必要だったのでしょうか。

 尻尾の先はライオンのフサフサの毛ではなく、無数のトゲのような毒針になっていたそうです。その後、それを飛ばして攻撃するという話も出てきます。

 プリニウスの『博物誌』によれば、エチオピアに住んでいるそうです。

 そちらにはサソリの尻尾を持つと書かれています。

 近代になっても小説などに登場します。

 そして現代まで2千年以上語り継がれ、老人の顔と獅子の体、蝙蝠コウモリの羽にサソリのような節をもつ硬い尻尾が生えて、その先には大きな毒針を持つようになりました。

 人語を話すそうですが、オウムのように真似するだけで、会話はできません。

 現代ではゲームなどにも、強力な魔物として登場します。

 捕獲された姿が動画サイトにもあがっています。

 ぬいぐるみのわきで、床から人が顔を出してるようにも見えますが、たぶん気のせいでしょう。きっと実在し、捕獲したのだと思います。

 目撃例も多く、きちんとした学者達が残した書物にも記載され、動画まであるのならば、架空のモンスターではなく、実在する動物なのでしょう。

 歯が特徴的だったりしますが、描写すると汚らしいので、知りたい方は自己責任で調べてください。

 このライオンはマンティコアと呼ばれています。


 久良木も強靭な前足に殴り倒され、工藤も毒針に貫かれる。

「モ、モウ……ムリダ。ミナ、シヌ」

 今までマンティコアに食い殺された者達の、最後の言葉を真似ながら少年に迫る。

「ひぃ……」

 マンティコアの顔が目の前に迫り、赤池は恐怖に声も出ず、動けなくなる。

「おっと、お取込み中でしたか」


「リト」

「あい」

 男が声をかけ右手を後ろに出すと、リトが背負っていた野太刀が差し出される。

 それを掴むと、リトが滑るように後退し、抜刀された。

 男は左手を添えて袈裟に振り下ろす。

「ヒギュアアアア!」

 顔面をバッサリと深く切り裂かれたマンティコアは、悲鳴のように吠えてのけぞる。野太刀を横薙ぎに払い、ノドを切り裂いた。

 マンティコアは、噴き出す血の中に顔から沈む。

「せっかく弱らせた処を、とどめだけ横取りしてすみませんねぇ」

 刀を降ろした男が、ほうけて立つ赤池の方を向き、声をかける。

 赤池達はただ蹂躙じゅうりんされただけだったが。

「た、助かった……の……ひゅいっ!」

 男の言葉に我に返った少年の目の前に、黒く長い何かが飛び込んで来る。

 驚きの余り声も出せず、ノドから変な音だけが漏れる。

 男の顔があった場所には、太く硬いサソリのしっぽが伸びていた。

 マンティコアは、しぶとくまだ生きていた。


「あ……ぁ……」

 少年はクロスボウを落とし、腰が抜けてしゃがみ込んでしまう。

 まだそこに、目の前に立っている男の体を、震えながら見上げる。

 男の手から野太刀が落ちる。

 その手が腰に差した脇差に伸びると、抜き打ちに斬り上げられた。

 男の頭を貫いたと思っていた尻尾が、切り落とされる。

 血と何かの汁を撒き散らし、尻尾がのたうち回っている。

「しぶといな。恰好つかないじゃないか」

 頭を反らし、尻尾の一撃を躱した男がマンティコアにぼやく。

 立ち上がろうとするマンティコアに、脇差を突き刺しとどめを刺す。

「肉球だけあっても顔が爺じゃな。ウィスカーパッドをつけて出直しな」

 運良く隙を突いてあっさり倒せたが、正面きって戦いたくはない相手だ。

 男は、もう会わない事を祈っていた。


 猫の口周りをマズルというそうです。

 口の脇に生えている髭はウィスカーというそうです。

 そしてそれが生えているωの部分はウィスカーパッドというそうです。

 記号ωと、どちらが有名でしょうか。

 ついでにωはヨハネ黙示録で有名ですね。

 最後の文字オメガの小文字です。

 大文字はΩ小文字がωですね。

 昔はオーとかオミクロンだとか呼ばれたそうです。

 現在は猫などの口元を表す他、ふぐり、と呼ばれます。

 ふぐりは見た目の通り、玉袋ですね。


「あ、あの……助かりました。ありがとうございます」

 赤池が涙をきながら、男に礼を伝える。

 助かった安心感からか、ショックの所為せいか、いきなり溢れ出した涙がようやく止まった。

「いえ。通りかかっただけですから」

 椹木と久良木も、なんとか生き残った。

 暫く休ませると、気を失っていた二人も目を覚ます。

「すぐには戦えそうもありませんね。どうします?」

 三人で相談している間に、男はリトを連れて先を見に行く。

 そこからすぐに階段があり、13階に降りた処には転送陣テレポーターもあった。

「少しは歩けますか? 転送陣がありました。そこまでついてきても構いませんよ」

 地下13階が最下層ではないか。と、言われていたが、まだ先があるのだろうか。

 転送されながら男は、最下層が本当にあるのか、少し不安を感じ始めた。

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