第42話 奴隷解放

「うりゃあああ!」

 少年は勢いよく跳び上がり、叫びながら木刀を振り下ろす。

 男は六尺棒を無造作に振り、少年をはたき落とす。

「ふざけているのならば帰りなさい。遊び場ではありませんよ」

「いてて。真面目にやってるんだけどなぁ」

 少年は立ち上がり、木刀を拾いにいく。

「はははっ。おっさんから見れば棒遊びか」

 そこへ健太が様子を見に来た。

「もっかい。もう一本お願いします」

 たたかれた少年は真剣な表情で木刀を構えていた。

「本気でやっているのなら、先程の攻撃は0点です。何故だかわかりますか?」

 男は不機嫌そうに答える。

「そうかな。頑張ってたじゃねぇか」

 健太は余り気にしていないようだった。

「まず、無駄に跳ばない事です。今のように避けられなくなるし、手打ちになって、腕の力だけの軽い攻撃になります。何の意味もありません。さらに、一対一の試合をしに迷宮へ行く訳ではありませんよ。叫んだら他の怪物モンスターを呼び寄せるだけです。黙って攻撃しなさい」

「へぇ、ちゃんと教えてやってんだな。安心したよ」


 そこは最近地上につくられた、新人用の練習場だった。

 教官役達が迷宮で怪我をして、足りなくなったので男が今日だけ頼まれたのだった。リトは酒場で肉と、最近お気に入りのプリンをむさぼりり喰っていた。

「殺さないように加減するのは苦手なんですよ」

 やりなれない手加減に、男は疲れていた。

 周りを囲む柵を通り抜ける風が、笛のような音を響かせる。

「虎落笛……」

「何それ。必殺技? それ教えて!」

 男のつぶやきに反応した少年が、勘違いしてはしゃぐ。

 さらに男の機嫌が悪くなる。

 男の眉間にしわが寄ったのを見た健太が代わりに教えてやる。

「はしゃぐな。風の音だよ」

「あれも虎落笛というのでしょうか」

 何かを思い出す様に、男が遠い目で風がすり抜ける柵を見る。


 冬の冷たい風が竹柵の隙間を通る時に鳴る、笛の様な音を虎落笛もがりぶえといいますが、日本でもなく、冬かどうかも分からないのはどうなのでしょう。

 それはただの隙間風なのでしょうが、男には何かを感じさせたのでしょう。


 雪が積もる小さな古い日本家屋に冷たい風が吹き、笛のような音を響かせる。

 幼かった男の記憶が風の音に呼び起される。

「なんだ? また何か騒いでるな」

 何かの騒ぎと健太の声に、男は現実に引き戻される。

 一瞬だったが、懐かしい老人の記憶。

 何を思い出そうとしていたのか、男の手には汗が噴き出していた。

「随分集まっているようですが、何事でしょうね」

「また面倒な事じゃないといいな」


「マスター」

 健太と練習場を出て、騒ぎの現場に辿り着くと、リトが駆け寄ってきた。

「リト。何があったか分かるか?」

「うぃ。奴隷解放だって。獣人もいるから危ない」

 数人の男女のグループが奴隷に反対したらしい。

 奴隷商から買った奴隷を、契約せずにつれだして騒ぎになっていた。

「また面倒な……」

 健太が心底面倒くさそうに呟く。


「獣人を連れ出すなら奴隷紋を起動させて下さい。危険ですよ」

 奴隷商が追いすがり、連れ出すのを止めていた。

「私が買ったんだから彼らは自由です。人も獣人も自由にします」

 数人の人間と獣人を買って、自由にさせようと女性が騒いでいた。

「あ~……アンタ。奴隷を全部買う気かい?」

 健太が仕方なく声をかける。

「そうよ。同じ人なのに奴隷なんておかしいじゃない!」

「そうだ。獣人だからって檻に閉じ込めていい訳がない」

 先頭の女性に続き、仲間の男達も騒ぎ出す。

 その後ろには奴隷達が、とまどっている。

 リトがスっと男の脇に来て、ナイフを抜いた。


 健太と解放組が揉めている、その後ろで獣人達が腹をすかせていた。

 我慢できなくなった大きな熊の獣人が、近くにいた人間の奴隷に齧りつく。

 身体は人間に近いが、頭の中は殆ど熊だった。

 頭から丸齧りにされた奴隷は、血を噴き上げる。

 その血の匂いに、他の肉食の獣人も群がってしまう。

 まともに食事を与えられていなかった獣人達は、夢中になって肉を喰らう。

「そ、そんな……なんで……」

 連れ出した女性は信じられないと、呆然としていた。

「さて、何人帰ってくれるかな……」

 健太が獣人達へ歩み寄る。


 奴隷達の大部分は説得に応じ、檻へ帰ってくれた。

 血の匂いに興奮したのか、従わない何人かの獣人は処分された。

「満足しましたか? あなたの勝手な思い込みが起こした惨劇ですよ」

 血だまりに立ち尽くす女性に男が声をかける。

「なんで、なんでこんなことに……まさか、人を食べるなんて……」

「ならば何を食べさせる気だったのです? 人だけが、自分だけが特別だと思いあがっていませんか。彼らは肉食なんですから、肉を食べるのは当たり前です」

「だからって人じゃなくても……」

「ウサギや羊の獣人なら死んでも構わないと? 彼らが人を食べるのに、善悪はありませんよ。そういう生き物なだけです」

 肉食動物と草食動物が仲良く暮らせると思っていたのだろうか。

 ライオンが他の動物達と仲良く暮らすなんて御伽噺でしかない。

 男には女性が何をしたかったのか、さっぱり理解できなかった。


「うわぁ。聞いてたより酷いね」

 話を聞いて様子を見に来たのか、土竜もぐらの充が来た。

「リトちゃんが巻き込まれなくてよかったね。お姉さん、何か勘違いしてないかな」

「私は……ただ、奴隷を自由に……」

 勝手な事をした女性は、かなりショックを受けているようだ。

 しかし充には遠慮も容赦もなかった。

「この世界の奴隷はさらわれてくる訳じゃないんだよ」

「え? な、何を……」

「この世界で奴隷っていうのは罰の一つなんだよ。皆犯罪者だって事だね。特に人間の奴隷は殺人犯だってさ。死刑でもぬるいような罪を犯した人間への罰なんだ」

「そ、そんな……」

 奴隷解放をうたっていた女性は、何を護りたかったのか。

 実際には刑務所から囚人を逃がそうとしていただけだった。

「知らなかった? 知らないからって思い込みで何をしてもいいって事にはならないんだよ。お姉さんが余計な事をしなければ彼らは死なずにすんだんだから」

充は一気に話し、余計な事をした女性の心は壊れた。


「リト。何して捕まってたんだ?」

「肉食べた。野生だと思ったら家畜だった」

 家畜を勝手に食べて奴隷になったようだ。

 やはり獣人だと罰は重くなるようだ。

「充、機嫌悪かった」

「そうだな。何か楽しい事でもあったのかもな」

 そういえば訓練が途中だったな。と、思い出したが、忘れて宿に帰っていった。

 奴隷紋は犯罪者の証だった。

 それゆえ奴隷達は奴隷紋を見られるのを嫌がる。


「もう許してやんな。彼女が殺人犯じゃないんだぜ」

 充を翔悟が迎えに来た。

「うん。分かってる。ただの八つ当たりだね」

「姉さんの仇は捕まったんだろ?」

「知ってるかい? 今の刑務所って個室でテレビとエアコン完備なんだってさ。三度の食事に適度な運動まで付いて来るって。税金でね」

「それは酷いな。帰ったら刑務所でも襲ってみるか」

「ははっ……いいね。捕まったら税金で遊んで暮らせるしね」

「医者だってタダだしな」

 二人は刑務所襲撃計画で盛り上がり帰っていった。

「大丈夫みたいだね」

「翔悟に任せましょ」

 充を心配して見に来ていたヒロと山城が離れて見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る