第41話 神の牛

「お前も捕まえて同じ目にあわせてやるぞ!」

 アルーの太腿を引き裂いたエンキドゥは、都市ウルクの城壁に上がり、ギルガメシュに呪いの言葉を吐くイシュタルの、顔に投げつけ叫びました。

 守護神シャマシュの妹、性愛と戦の女神イシュタルは男にだらしない女神でした。

 そんな女神に言い寄られたギルガメシュは、はっきりとお断りしてしまいます。

 親友のエンキドゥもギルガメシュも娼婦の誘惑は受け入れますが、女神の誘惑は断ってしまい、怒りをかいます。

 イシュタルは父である天空の神アヌに泣きつきます。

 と、いうよりアヌを脅します。

 冥界の死者を解き放ち、地上の人間を喰わせるぞ。と脅し、7日間地上に飢饉をもたらすという天空の牛アルー(英語名グガランナ)を、ギルガメシュを殺す為、地上に送り込みます。

 しかし、ギルガメシュとエンキドゥは牛の首に剣を刺し倒してしまいます。

 この牛の角は青玉石で出来ていて、職人たちはそれから何かを作ったらしい。

 ギルガメシュは殺した牛の心臓を、イシュタルの兄シャマシュにささげます。

 この牛を殺した所為でエンキドゥは死ななければならなくなります。

 そんな理不尽な話がギルガメシュ叙事詩と謂われ伝わっています。

 牛の話は物語の中盤、英雄譚と孤独な旅の繋ぎの話になります。

 現存する物は3千年以上前の粘土板なので、所々欠けています。

 物語自体はさらに昔のものなので、もっと古い物も今後発見されるかもしれません。長い時がたち、物語も削られ、追加され、修正されています。

 黄金の鎧のギルが塔を昇り降りするゲームとは違い、ギルガメシュ叙事詩のイシュタルは男を喰い荒らす、よろしくない女神として描かれています。

             紀元前1300年頃 粘土板 『深淵を覗き見た人』より


 デュラハンを倒した男の前に現れたのは牛男だった。

「ミノスのアレか?……いや、顔がおっさんだ。バビロニアの方か」

 2メートル近い大男の、下半身が牛で上半身は人だった。

 背中に翼が生えていて、牛の角を持ち、耳も牛だった。

「ブモォォオオオオッ!」

 戦斧バトルアックスを持った牛っぽい、おっさんが吠える。


 牛人間はクサリクと呼ばれます。

 バビロニア神話ではティアマトの子として神々と戦います。

 上半身は人ですが、牛の角と耳を持っているそうです。

 何故耳だけ牛なのかは謎です。

 人面牛とも、ケンタウロスの牛バージョンだともいわれます。

 羽の生えた牛で、顔だけおっさんだったら気持ち悪いですね。

 何故か人面の動物は古くから、世界中にいたようです。

 実際何かはいたのかもしれません。

 紀元前3000年シュメールの頃、チグリス・ユーフラテス川のほとりに栄えた古代文明メソポタミアには、他にも牛人間が色々といたようです。

 殆どは神に仕える大人しいものが多かったようです。

 よくクサリクと混同されるのが、ギルガメシュ叙事詩の天の牛ですが、あちらは天空を司る元主神がつくった牛で、別物のようです。

 この神様は権力争いに敗れ、隠居したそうです。

 それにしても、4千年5千年前の物語が残って、伝わっているのは凄いと思います。

 日本ではまだ初代天皇も生まれていません。

 しかもギルガメシュ王は実在した可能性がある人物です。

 まだ証拠は発見されていませんが、否定する証拠もありません。

 海に住むワニの子が、ワニの妹である自分の叔母と子作りして、産まれた鰐の三男が初代天皇になります。

 昔の日本では、サメをワニと呼んでいたともいわれています。

 鰐の子とは昔の天皇陛下自身が言い出した事で、貶したりする訳ではありません。

 当時女性の天皇が書かせた、現存する日本書紀に書かれています。

 そんな天皇が実在するのならば、ギルガメシュも実在したかもしれません。

 迷宮に放たれたクサリクは大きな体の人型で、下半身と角と耳が牛です。

 脳もほぼ牛なので会話はできませんが、武器を使う知能はあるようです。


 そんなロマン溢れる牛男が、斧を振り上げ男に襲い掛かる。

 剣を擦り合わせ、斧の軌道を逸らしつつ、二の腕を斬りつける。

「ブォッ! オオオオォ!」

 牛は怯みもせず、怒りに任せて大きな戦斧を振り回す。

 横から迫る斧を退いて躱すと、男は踏み込んで剣を振る。

 牛の右腿を浅く斬り裂く。

「かってぇな。足は無理か」

 牛の皮は思っていたよりも硬く、剣が滑り、弾かれる。

 上半身なら刃も通るが、身長差もあり振り回される斧を躱しながらでは、腹くらいしか攻撃できなかった。

 小さな傷をつけるばかりで、致命傷を与えられない。

 斧の一撃を喰らえばそれで終わるし、時間をかければ増援もあるかもしれない。

 男は焦らず攻撃目標を変え、斧を持つ手を狙う。

 唸りを上げ振り回される戦斧を躱し、それを掴む指に斬りつける。

 頭を、顔を、大きな戦斧がかすめていく。

 避けそこなえば死が待っている一撃を、ギリギリで躱し神経を擦り減らす。

 大きく振り下ろされる斧の下を潜り抜け、斬り上げながら牛の左側へ抜ける。


「ブォオオオッ」

 左手の指を二本切り落とされた牛男は、斧を落として叫ぶ。

 口の端に泡を溜め、怒りに目を見開く牛男が、最後に頼ったのはその角だった。

 男に角を向け屈んた姿勢のまま、牛のように突進する。

 男の背中に冷たいものが走り、頭へ駆け抜けていく。

 正直不味い。

 あの巨体を受け止める訳にはいかないし、横に躱せば広げた腕に捕まれる。

 左足を引いて柄頭に左手を、掌を当て、胸元で斜めに剣を立てる。

 男は変わった構えで牛の巨体を迎え撃つ。

 ギリギリまで耐え、牛をひきつけると、座り込むくらいまで一気に身を沈める。

 角を躱した刹那、男の左足が地を蹴る。

 たたまれた右膝が一気に伸び、左手を下から添えた剣が牛男の胸へ心臓へ伸びる。

 両足が伝える力で、腰が剣を突き上げる。

 渾身の一撃が硬い胸骨を突き破り、牛男の厚い胸を貫いた。

 そのまま、止まらない牛と男は絡み合い転がっていく。

 牛男の胸に足をかけ、背中まで抜けた剣を引き抜く。

「ブフォ……ゴブッ……ボモォ……」

 気管も傷ついたか、口からも血を吐き、暫く大きく痙攣して動きを止めた。

「ぶはぁ! はっ……はっ……はぁ、はぁ。くっそ。しんどいわ」

 疲れ切った男は、息を整え水を飲むと、地上に帰っていった。

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