第40話 死神

「いったぃ! なにするのさ」

 リト達と健太と充が揃って、酒場のカウンターで食事をしていた。

 生姜焼き定食、小鉢は小芋の煮物と厚焼き卵、お新香に大根の味噌汁だった。

 口へ箸を運ぶ時に左手を添えた充が、健太にその手をパチッとはたかれた。

「行儀の悪い食べ方をするな。手皿なんて外でするもんじゃない」

「え~こぼさないようにしてるんだから行儀いいじゃん」

 充は口を尖らせて文句を言う。

 健太はしつけには結構煩い。

「充くん。もしこぼれた時はどうする気でした?」

 脇から男が口を出した。

「そりゃあ、こうやって……あっ」

 手を口に持っていく。

「手ではなく小皿を使いましょう。手を持っていくのはお行儀が悪いですよ」

「そっかぁ。なんかよく見かける気がして、そういうもんだと思ってたよ」

「ああ。気ぃ付けな」

 肘をついた姿勢で、健太が芋をつまみながら答える。

「健太君。食事中に肘をつくのはどうでしょうか」

「あ……よく怒られたんたが、ついクセでな。すまなかった」

 男に注意され、健太は頭を掻きながら姿勢をただす。


「厳しい家で育つと大変だな。ほら食後のデザートだ」

 源三がプリンを4つ持ってきた。

「リカクチとか言ったかな。猪みてぇな動物の油から作った甘味料を手に入れたんで   

 作ってみたんだ。他は卵とミルクだから、嬢ちゃんにも喰えるんじゃないか?」

「リト。食べてみな。甘いぞ」

「うぃ~。ん……んん! ん~まぁ~。マスターマスター。んまぁ」

 お気に召したようだ。

「大丈夫みてぇだな。混ぜて、茶漉しでこして、湯煎して冷やすだけだ」

 簡単だと言う源三だが、やるとなったら割と面倒だ。


「あっ、そういえば小林さんとこでエストックっての買ったんだけど。普通の剣より刃こぼれしなくていいかなと思って。どぉ?」

 充が男に尋ねる

「中世の刺突武器ですね。なんでも鎧ごと貫いたとか」

「鎧ごといけるんだ。隙間に刺すんだと思ってた」

「革製の鎧相手だから昔の武器なんです。鋼の鎧には刺さらないので、中世の終り頃には廃れてなくなりました。鎧の隙間なんて、動かない置物でも無理ですよ。それができるとしたら、達人と呼ばれる極一部の人だけです」

「剣と違ってさ、血油ちあぶらが付いても突くだけならいけるかなって。刃がないから、刃こぼれも気にしなくていいんじゃないかと思ったんだ」

「シミターやサーベル辺りは切り裂く剣ですが、殆どの西洋の剣は断ち切るものですから、少々刃こぼれしても関係ありませんよ。欠けた方が傷を付けやすいくらいです。エストックだと刃がないので、切先が欠けたら只の細い棒ですよ?」

「ぁ……やっちゃった? そっかぁ」

「力と技術がないなら、長い棒か棍棒辺りがおすすめです」


 満腹になったリトを連れ、男は地下12階へ降りた。

 この階では、厄介な能力のモンスターは見つかっていなかった。

 そのかわり単体で単純に強いモンスターばかりのようだ。

「マスター。前に一体……二体?」

 リトが前方の気配に気づき報告するが、何かおかしな気配のようだ。

 松明を一本転がし、左手にも松明を持って灯りにする。

 右手でバスタードソードを抜いて構えると、馬にまたがった騎士が現れた。

 首のない黒鹿毛くろかげの馬に、全身鎧フルプレートの首なしが跨っていた。


 普通の茶色い馬の毛色を鹿毛といいます。

 馬なのに鹿のような茶色といいます。

 それの黒っぽいのが黒鹿毛です。

 他にも青鹿毛や青毛、成長と共に色が変わる芦毛あしげなど14種類程います。

 真っ白な白馬は白毛ではなく、大抵は年老いた芦毛かアルビノです。

 白馬の王子様は綺麗に見えますが、年寄りか、病気で体が弱い馬なので、乗馬用にするのはやめてあげて下さい。

 牧場などの観光客用の乗馬にいる白馬は、引退した芦毛の競走馬だったりします。

 子供を乗せて歩く位は大丈夫でしょう。

 お肉になるよりはゆったり暮らせていいかもしれませんね。


 首なしの馬、コシュタ・バワーに跨るのはデュラハンと呼ばれます。

 中世の伝承に語られ、姿は騎士だったり女性だったりします。

 ヨーロッパ北西部では積極的に魂を刈り取る死神とされています。

 馬に乗って追いかけてくるなんて積極的アグレッシブすぎる死神ですね

 魂を取るまで、しつこく追いかけてくるそうです。目も耳もないのに。馬が本体なのではないでしょうか。そちらも首無しですが。

 いつの頃からか、自分の頭を持ち歩くようになったそうです。

 片手で手綱を持ち、もう片方で頭を持ったら、攻撃できません。

 やはり、馬が本体な気がしますが、どうなのでしょうか。

 頭がない理由は諸説ありますが、頭を持ち歩くようになった理由は謎です。

 それでも今では頭を持った騎士の姿が、受け入れられ定着したようです。

 迷宮内ではフルプレートを着た騎士の姿で現れます。

 頭はどこかに置いてきたので、剣を使うことができます。

 儀式や馬上槍試合で着ているのはスート・オブ・アーマーとかスーツ・アーマーと呼ばれる全身鎧で、関節も鉄板で補強してあります。

 プレートアーマーは鉄板の鎧ですが、関節部分は鉄ではなかったりします。

 デュラハンの鎧は籠手、脛当て、鎧が一揃いでつくられた物になります。

 関節、二の腕、太腿は革鎧で守っています。

 ドュラハン表記は見掛けません。

 デュラハンでもドュラハンでも、日本語ならば同じ発音な気もしますが。


 デュラハンはグレートソードか、大きな剣を片手で構え、男に向かって首のない馬を走らせる。

 男はバスタードソードと松明の二刀流で迎え撃つ。

 振り下ろされる大剣たいけんを掻い潜り、馬の前足を切り落とす。

 馬も怪物モンスターなのは楽で助かる。

 普通の馬が相手だと、足を斬ったりするわけにもいかないところだった。

 倒れる馬からデュラハンが転がり落ちる。

 首無し馬に剣を突き刺すと、馬はいきなり青白い炎に包まれ消えてしまう。


 大剣を両手に掴んで振りかぶった騎士が、男に向かい走りだす。

 そこへ持っていた松明を放ってみるが、避けもせずに突っ込んできた。

 熱さや炎は気にしないようだ。

 振り下ろされる剣を躱しながら、太腿を斬りつける。

 ダメージがあるのかないのか血もでないし、怯みもしない。

 首もないし、体は厚い鎧があるしで、狙う場所がない。

 力任せに振り下ろされる大剣を、前に出ながら体を開いて躱す。

 目の前に剛剣が唸りをあげて振り下ろされる。

 その右腕に左腕を絡ませ、騎士の後ろへ廻り込むように体を流す。

 腕を取り、足を引っかけてうつ伏せに倒すと、肩を膝で押さえる。

「ここならどうかな?」

 鎧の空いた部分。本来首がある筈の穴に剣を突き入れる。

 デュラハンは大きくビクンっと跳ねると、首から青白い炎を噴き出した。

「うぉっ。こいつも燃えるのか」

 慌てて男が離れると、炎に包まれたデュラハンは、鎧を残して消えていった。


「マスター。次来てる。前、人型一体」

 リトが敵を感知した。

「休む間もないか」

 男が奥の闇に向かって剣を構える。

 重い足音が響き、暗闇から大男がゆっくりと姿を現す。

 大きな戦斧バトルアックスを持ち、大きな牡牛のような角を生やした牛男だ。

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