第38話 科学の力

山城やましろさん。お願い」

 サイクロプスに捕まった充は、細長い水筒を取り出し山城に声をかける。

 木製の竹筒のような形状だが、淡く光っていて底がとがっていた。

 囲炉裏いろりで酒を温める竹筒のような水筒だ。

「あっ……うん、分かった」

 液体の入った水筒の栓を抜き、逆様にし手を放す。

 水筒にかかった固定の魔法を山城が解除すると、中身がほとばしるように噴き出し、落ちていこうとした水筒は、空中でロケットのように飛び立った。


 水筒ロケットはサイクロプスの大きな目に突き刺さる。

 充を手放しもがく巨人に一斉攻撃をしかける。

 ベク・ド・コルバンが目を抑える指を潰し、目に深々と突き刺さる。

 戦斧バトルアックスが脇に刺さり肋骨を砕く。

 身体によじ登った翔悟のナイフが、首筋の太い血管を切り裂く。

 ヒロの剣が厚い胸板を骨を避けて貫く。

「グゥオオオオオオ」

 悲鳴をあげるサイクロプスの口に、充が山羊の胃袋の水筒を投げ込む。

「これが科学だよ。バイバイ」

 続けて笑顔で燃える松明を放り込んで駆け出す。

 それを見た仲間も皆、走ってサイクロプスから離れる。

 走りながら充が叫ぶ。

「くらえ。えくすぷろーじょん!」

 昔、充が好きだったゲームのキャラ、おじいちゃんのマネで叫ぶ。

 ドッカァーン。と派手な音を立てて、サイクロプスの頭が爆ぜる。

 爆発で頭がはじけ飛んだサイクロプスがゆっくり倒れる。

 ガスと炎を使った化学の爆発魔法だ。

 唖然と見つめる仲間に、充が舌を出す。

「やりすぎちゃったかな? えへへ」

「えへへじゃねぇよ……」

「硫黄が手に入れば硫酸ができるし、ニトロもできるかな。次はダイナマイトでも作ってみようかなぁ。まずは硝酸から作ろうか。楽しみだねぇ」

 翔悟は道具係ってヤバイな。と、改めて思い直していた。


 LP ガスの主成分の一つで、分子式 C₄H₁₀ のパラフィン系炭化水素。

 炭素と水素で構成されるブタンの沸点は-0.5°C

 ライターの燃料や発泡スチロールを作る発泡剤に使われます。

 天然ガスを分離してメタン、エタン、プロパン等と一緒に精製されます。

 八分はちぶほど炭酸水を入れた水筒に、魔法を使ってなんやかやして分離した液体ブタンを加えます。液体のブタンは水よりも軽いので、炭酸水の上に溜まります。

 混ざらないように、魔法で固定させた物を持ち歩きます。

 魔法を解除して水筒をひっくり返すと、暖かい炭酸水とブタンが混ざり、急速に気化してブタンガスに変わります。

 ブタンガスは液体ブタンよりも格段に体積が大きいですよね。

 このガスが水筒の口から炭酸水を噴出させ、ロケットのように飛びます。

 ペットボトルロケットですね。

 炭酸でなくただの水だと上手くいきません。

 液体ブタンは超低温で、ブタンガスは可燃性も強い危険なものです。

 プロパンを使っても同じようなものができますが、さらに危険なのでご注意を。

 自爆して怪我をしても、責任はとりません。

 プロパンはブタンよりも低温で気化します。

 当然プロパンガスは火気厳禁です。

 決して袋に詰めて火を近づけてはいけません。


 地上ではリトを連れた男が、道具屋で絡まれていた。

「うふふ~。これ、絶対、似合うと~、思うのよぉ~」

「分かったわかった。全部貰ってくから。買いますよ」

 タリーに捕まり、リトの服を売りつけられていた。

 ガーリーだのデイジーがどうしたのと、意味の分からない事を言っている。

「折れる前に剣を新しくしたいのですが、慣れてきたので同じ物はありますか?」

 タリーの相手はリトに任せ、小林と商談を始める。

「バスタードソードですね。大丈夫ですよ」

「では水筒も二つ、木のやつでお願いします」

「はい。服も込みで、半端は切り捨てましょう。中銀貨3枚になります」

 服の値段がかなり増えている気がする。

「タリーさん張り切ってますから。そのうちドレスとか持ってきそうです」

 いったい、あの変態は何を考えているのだろうか。


 男が酒場に戻ると、中央で4人の男が揉めているようだった。

 一人は以前にも見た事がある、光の翼の渉外担当、佐藤さんだった。

 相手は見掛けない男達だ。新人だろうか。

 体格の良い若い男と、細い体の30くらいの男。

 三人目は油でヌルヌルしてそうな顔と髪の偉そうな中年だ。

 面倒くさそうだと思った男は、酒場からそっと出ようとするが出口を塞がれる。

「よぉ。どこ行くんだい。何か揉めているようだが」

 丁度健太が入ってきてしまい、逃げられなかった。

「翼の方、佐藤さんでしたか、対応しているようですね。じゃ、そういう事で」

「まぁまぁ。急がなくてもいいじゃないか」

 男は何を揉めているのかを確認しよう、という健太に捕まり付き合わされる。

「よぉ。光の、何かあったかい?」

「これは健太さん。おや、珍しい人をお連れで」

「どうも」

 ここまで来ても、男は隙あらば逃げようとしているようだ。

「この3人、新人さんなんですがね。それぞれ問題がありまして、丁度人数が合うので一人面倒を見て貰えませんか」

 佐藤が一人、健太組で一人。相手は三人。

 逃げたい男も数に入れられていた。

「いや無理です」

「そうだな。任せな。おっさんも面倒みてくれよ」

「はぁあああ……」

 巻き込まれた男は大きなため息を吐く。


 太った中年は政治家だったそうだ。

 殺し合いはお前らがやれ。という話で分かり易い。

 30くらいの男は、きちんと組織化してリーダーを決めるべきだと。

 全員を統率するリーダーになりたいようだ。

 若い男も同じようなものだが、力で支配したいらしく、自分に従えと言っているらしい。一人残らず面倒な連中だ。


 事情を聴いて男は、さらに大きなため息を吐く。

 健太も苦笑いするしかない。

「どう始末しても良いなら、片付けますよ」

「俺は任せていいと思うがどうする?」

 男に任せてもいいんじゃないかと、健太も薦める。

「そうですね。かわいそうな気もしますが、始末は健太さんに任せますよ」

 佐藤も面倒になったのか、男に任せるという。

「わかった。アンタら待たせたな。すぐ解決するから外に出てくれ」

 店内を掃除するのは面倒なので、外で済ませようと連れ出した。

「リト。お肉でも食べて待ってなさい。すぐに済む」

「うぃ~。おにくぅ」

 リトは素直にカウンターへ向かう。


「まったく。健太君のとこに、本職がいるでしょうに」

「あいつはまだ怪我の治療中だよ。死にかけたからな」

「ああ。そうでしたね」

「おい。アンタらゴチャゴチャ言ってんなよ」

 しびれを切らした若い男が怒鳴る。

「煩い小僧ですね。怒鳴る暇があるなら、さっさとかかって来なさい」

「おっさん。死んだぞ」

 青筋を立てた若者が、おっさんに殴りかかる。

 その拳に拳を合わせる。

 少しずらして打ち込まれた男の拳が、若者の小指に突き刺さり骨を砕く。

「ぐぁ……て、てめぇ。何かやってやがるな。なら、俺の空手を見せてやるぜ」

「ふっ……」

「な、何笑ってやがらぁったぁ」

 男に鼻で笑われ、興奮しすぎて、もう若者は何を言ってるのかもわからない。

こぶしもできていない小僧が空手だと?」

 男は無造作に前へ出る。

 怒り狂った若者が左の拳を突き出そうとすると、左肩を突かれ動きを止められる。

 蹴ろうとすれば、太腿を蹴られる。

 動き出す寸前、動きの枕を止められ、何もできない。

 自分の胸元くらいまでしかない、小さなおっさん相手に何もできない。

「もう後がありませんよ」

 気が付くと壁際まで追い詰められていた。

 攻撃して前に出ているつもりでいたのに、気圧けおされ後ろにさがっていた。

 もう訳が分からず、何もできず、若者は涙があふれる。

「むぅ。これでは虐めているようですね。避けませんから突いてきなさい」

「う、うわぁあああ!」

 若者は泣き喚きながら、渾身の突きを放つ。

「まぁまぁです」

 男はそっと踏み込み、打点をずらして胸で受ける。

「正拳ならばダメージもあったでしょうが……」

 拳を突き出した若者の方が、バランスを崩しよろけてしまう。

 正拳突きは拳を突き出すだけの技ではない。

 八年以上かけて作り上げた、を突き出す必殺の技だ。

 こぶしが出来ていなければ、当然効かない。ダメージもない。

 中段正拳突きこそ空手の奥義だ、という人もいるくらいの必殺技です。

 そこへ男の加減したローキックが太腿を打ち、そのまま膝が跳ね上がり、ハイキックが顎を捉える。若者はガクッと崩れ落ち、気を失った。


「まぁこれだけ動けるなら、迷宮に放り込んでもいいでしょう」

「ははは……やっぱ、とんでもねぇな。目が覚めたら迷宮にいかせよう」

 頭を冷やせば幾らか戦力になるだろうと、健太に任せた。

「あとは……」

「ま、まって……殺さないで……」

 細い男は漏らしてズボンを濡らしながら失神した。

「わ、私は国会議員だぞ」

「では、生かしておく訳にはいきませんね」

 男の左足が振り上げられ、反応もできない中年の意識を刈り取る。

「ごくろうさん。後は任せてくれ」

 健太が後片付けを引き受けた。

「あまり、おかしなのばかり増える前に、最下層へ辿り着きたいですね」


 下層へ行くほど死者も増え、新人ばかりで、さらに死者が増えている。

 入れ替わりが激しくなってきているようだ。

 攻略を急いだ方がいいかもしれない。

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