第37話 番人

「よぉ。ちょいと頼みがあるんだよ。それ喰ったら頼むわ」

 リトを連れて地上の酒場で食事をしていると、珍しく健太に声を掛けられた。

 茄子と玉葱の味噌炒め、焼き茄子、茄子の煮浸し、ぬか漬け、茄子の味噌汁。

 ナス尽くしにホカホカごはん。

 リトには大トカゲのモモステーキと子羊骨付肉ラムチョップ豚肋骨肉スペアリブの肉三種盛りだ。


「忙しいので、勘弁してくれませんか」

 男が困った顔で答える。

「なんだ。用事があるのか。その後でもいいぜ」

「……明日リトが履く靴下を選ばないといけないので」

 用事は特に思いつかなかったようだ。


「暇じゃねぇか。大量に新人が来たんだよ。大分まとめて死んだみてぇだな」

「それは大変ですねぇ。あっ、おかわりください」

「あいよ」

 男は興味なさそうに、どんぶりを源三に差し出す。


「よく喰うなぁ。いや、新人はすぐ死ぬだろう。それもどうかと話があってな」

 ただ殺されて入れ替わるだけの新人を減らそう、という話が出たらしい。

「ひとグループ受け持って貰いたいんだよ。基本だけ教えてくれたらいいからよ」

 片手拝みで、頼むわ。と健太が少し困った顔をする。

 健太組にも何人か割り当てられ、疲れているようだ。

「連れ歩く必要はなく、初めの知識だけでいいんですね?」

「おう。ちょっと、生き残るコツみたいなのをな。教えてやってくれたらいいんだ」


 食事を終えた男が迷宮ダンジョンの入り口に向かう。

「もう面倒くさいから、まとめて光の翼にでも入れたらいいのにな」

「うぃ~。でも、新人さんが芸人かどうか分かんない」

 リトも翼は芸人集団だと思っていたようだ。


 迷宮の入り口には、健太組のじゅんが6人の少年少女を連れて待っていた。

「どうもっス。彼らっス。宜しくたのんます」

「宜しくどうぞ」

 男に子供達を引き継ぐと、潤はさっさと帰っていった。


「あ、あの……よろしくお願いします」

 少年達が男に挨拶してくる。

 どう見てもまともじゃない健太から、チンピラみたいな潤に連れられて来た所為か、大分緊張しているようだ。


「よろしくお願いします。迷宮に入る前に、簡単なレクチャーだけします。頑張って生き残って下さい」

 男は何をどうするか、まったく考えていなかった。

 装備はブロードソードとバックラー。松明とマッチ等の小物が入ったバックパック。男の時と同じ支給品だけのようだ。


「じゃあ、取り敢えずバッグを見せて下さい」

 どうしようか考えながら、何かないかとバックパックを漁る。

 ぼろ布を取り出し、胸のダークを使い細く千切っていく。

「こんな感じにして、指に巻いて下さい」

 第一関節から巻き始め、付け根の第三関節まで巻いて、余った部分を纏めて縛る。


「バンテージ代わりです。手は体で一番、敵に近いので防具は優先した方がいいですよ。こんな物でも巻いておけば、汗で滑るのを防げたりもしますから。お金が入ったら、まともな籠手などを買って下さい」

 ずっと素手だった男だが、知らずに素手だった訳ではないらしい。


「コレを持って、思い切り振って下さい」

 目の前の少年にダークを渡し、力いっぱい振らせる。

 不思議な顔をしながらも、思い切り振り下ろしたナイフを、男が素手で掴む。

「うわぁっ!」

 驚いて少年が手を放す。

 男はナイフをしまい、手を広げて見せた。


「え、なんで……」 「うそ……」

 掌には傷一つない。

「ナイフくらいなら切れたりはしませんよ。こうなるまでグローブや籠手は、大事ですからきちんと装備していって下さいね。後は……」

 何かないかと、周りを見渡す男。


「伏せろ!」

 突然の男の叫びに、リトが地面に伏せる。

 少年達は何があったのか分からず、キョロキョロと辺りを見回していた。

「うん。そういう処ですかね。リト、もう大丈夫だよ。……衛兵さんも、ごめんね」

 迷宮の入り口を見ると、鉄格子の前の衛兵達も伏せていた。

 何事もないと知ると、衛兵もリトも立ち上がる。

 衛兵は構わないよ。とでも言うように片手を上げ、鉄格子の守りに着いた。


「え、えと……何があったんですか」

「何もありませんよ。それを確認してから動いていたら、中では死にます。僅かにでも危険があると感じたら、すぐに判断して、まず行動する事ですね」

 戦闘になった時の6人での簡単な連携も練習させて、迷宮に送り出した。

「何人かは生きて帰ってくれるといいですね」


 単眼の下級神キュクロープスの英語読みとも言われる一つ目の巨人。

 顔の半分程もある大きな一つ目で、たくましい体をしています。

 神の末裔ともいわれ、その大きな瞳には人を操る魔力がある。ともいわれます。

 しかし迷宮内を徘徊する彼らは、特別な力が有る訳でもありません。

 知能も低く、棍棒を振り回す程度しかできません。

 しかし3メートル近いその巨体と力強さは、人類にとって充分な脅威です。

 そんな巨人の中でも特別狂暴な彼らは、サイクロプスと呼ばれています。


「もう、そろそろ階段がありそうだけど……」

「最下層じゃなければね」

 みつるにヒロが答える。

 地下11階大分奥まで進んだ土竜一行がいた。


 軽装の翔悟が先行して、重装の隆が続く。

 ヒロ、山城、充が並び、最後尾に重装の勝という隊列で進む。

 先行する翔悟は松明を持たず、5枚の黒い板で囲ったランタンを腰につけていた。

 一枚だけ板を外し、灯りを後ろに向けて先行偵察につく。


 先行していた翔悟が戻ってきた。

「たぶん階段だ。その前に巨人がいるぜ」

 様子を見にいくと、大きな影が見えた。

 まるで階段を守ってでもいるかのように、棍棒を持って立っていた。


「よし。一体だけみたいだ。やるぞ」

 ヒロが剣を抜き戦闘を決めた。

 巨人は一本道で、こちらを向いて立っているので不意打ちもできない。

 仕方なくヒロ達は正面から戦いを挑む。


 重装の二人、隆と勝が前に出る。

「グォオオオオオ!」

 人間に気付いた巨人が雄叫びをあげる。

 翔悟と充が前方に松明を投げた。

 松明の灯りに浮かび上がった巨人は、一つ目だった。

「サイクロプスだ」

 充が嬉しそうな声をあげた。


 3メートルはありそうな巨体が、振り上げた棍棒を叩きつける。

 二階建ての屋根から、丸太が振ってくるようなものだ。

「これじゃ楯も意味ねぇな」

 棍棒を躱した翔悟が両手にナイフを抜き、巨人の膝を切り裂く。


「たしかに楯では止められないな。なら攻撃あるのみ」

 楯を捨て、両手持ちのバトルアックスを、左足の親指に叩きつける。

「ギュアアアアッ」

 たまらずサイクロプスが悲鳴をあげた。


「うわ、いったい。やだなもぅ。」

 山城が顔をしかめながら、魔法で皆の身体能力を向上させる。

「俺も楯はいらないか」

 隆も充から両手持ち武器を受け取り、右足の親指に叩きつけた。

 ベク・ド・コルバンがサイクロプスの指に突き刺さり、押しつぶす。


 ベク・ド・コルバンはフランスの武器です。

 ベクの名の通り、くちばしのような形のピックがついています。

 ハルバードの一種だったり、ハンマーだったりといわれますが、柄が1メートル以上ある長い物が多かったようなので、竿状武器ポールウェポンでしょうか。

 棒の先に、槍とハンマーとピックがついています。

 ほぼハルバードですね。

 16世紀いっぱい位は、戦場で使われていたようです。

 この異世界の文明は12世紀頃相当なので、未来の武器ですね。


 両足の指を潰され、膝をついた巨人に翔悟とヒロが斬りかかる。

 勝った。と、油断していたところで、巨人が左腕を伸ばす。

「あっ」

 巨人の手が充の体を掴む。

「ミツっ! くそっ、放せコラっ!」

 翔悟がやたらに斬りつける。

「充っ! 待ってろ。今助ける」

 ヒロも斬りかかる。


「潰れないでっ」

 山城が防御の魔法をかけ、充の体を緑色の光りが包む。

 サイクロプスは右腕の棍棒を振り回し、充を掴んだ腕を顔の前へあげる。

 叩きつける気か、そのまま噛みつく気か。


「くそっ、やらせるかよ」

 棍棒に殴り飛ばされた隆も必死に起き上がる。

 壁に叩きつけられた勝も、よろよろと立ち上がり、落とした斧を拾う。

「まいったね。捕まっちゃったよ」

 仲間が慌てる中、捕まった充だけが諦観か、落ち着いていた。

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