第36話 谷の怪物
「随分と広い通路だな」
「なんかいるぞ」
地下11階を進む男達5人組の前に、
ボサボサ頭で髭も蓄えた、筋骨たくましいおっさんのようだ。
簡単な作りだが革鎧を着ている。
その男は大きな両手持ちの戦斧を振り、5人組を薙ぎ払う。
斧を持った3メートル近い巨人は、倒した人間を千切って食べ始めた。
地響きを立て巨体が沈む。
首から血を噴き出し倒れた巨人は、ビクビクと痙攣して動かなくなった。
「ふぅ……しんどいけど、一対一ならどうにかなるか」
野太刀を構えた男が息を吐く。
「この階は気配が分かりやすい」
リトが周りの警戒をしている。
地下11階は、また岩壁の暗い迷宮だった。
しかし今までよりも道幅が広く、天井も高くなっていた。
この階層は巨人達が徘徊していた。
「情報だと
斧や棍棒を持った、3メートル近い巨人達が徘徊していた。
脚を攻撃して膝をつかせれば、野太刀で首や脇の下等の急所を狙える。
複数を相手にしたくはないが、一体ならどうにかならない事もなかった。
「道幅いっぱいの板か石で、ゆっくり迫られたらどうしようもなかったけどな」
正面からの純粋な力勝負になれば、人間に勝ち目はない。
大きな板でも持って迫られたら、どうしようもなく潰されるだけだろう。
大きい所為か素早くはないので、壁に追い詰められなければ戦えた。
地下10階はヴァンパイアが倒されると、ゾンビやレイスも出なくなった。
地下9階も、比較的安全な階段までの経路が発見された。
地下8階まで来ていた探索者達は、地下11階までそこそこ楽に来られるようになっていた為、次々と巨人達のエサになっていた。
弓を使い戦闘できる日本人は、めったに送られてこなかった。
迷宮内は暗く曲がりくねった道で、余り弓を生かせない事が多かった。
そんな中、唯一の弓使いパーティーがあった。
弓道やアーチェリーの経験者達、そのままの名アーチャーズと呼ばれる6人組だ。
和弓と洋弓の違いは、押すか引くかの違いと、弓の構造でしょうか。
アーチェリーの弓は中程を持ち、中心を矢が通るのでまっすぐ飛びます。
日本の弓は縦に三等分したとして、上2下1くらいの所を持ちます。
さらに、矢は弓の右側を通るので、そのまま射るとまっすぐ飛びません。
まっすぐ前に飛ばすまで、数年かかるでしょう。
洋弓と同じような使い方で的に当たるのは漫画の中だけです。
どちらの弓も腕と胸と背中の筋肉が必要です。
まぁ、当てるだけなら別ですが。
修練をしていない細身の女性には向かない武器です。
女性だからという理由で、使う武器ではありません。
女性では使えないという意味ではありません。
技術も筋力もなければ、長い棒なんかがおススメです。
こちらの異世界にはどちらの弓もないので、この世界の弓に慣れるまで練習してから、自分好みに手を加えた物を使っていた。
種類としてはいくつもの素材を組み合わせた
火矢を放ち、通過したその
独自の連携技を体得して生き残っていた。
「巨人の方が俺達には楽だな」
「ただの大きな的だね」
2人の速射で足止めして、4人の
動きが鈍い巨体が相手なら楽勝だった。
「またいたぞ」
「よし。狙え」
「俺は目を狙う」
「じゃあ俺は乳首に当ててやる」
祭りの射的でも楽しむように、こちらに気付いていない巨人を狙う。
耳に矢が刺さり、振り向いたところへ矢の雨が降り注ぐ。
目に鼻に腹に乳首にも刺さる。
「ムォォオオオ」
痛みか怒りか、巨人は低く吠えると刺さった矢を払い落し、
「ははは。怒ってるのか?」
「どこまで近寄れるかな」
笑いながら矢を射っていたが、様子がおかしい事に気付く。
何十本も矢は刺さっているはずだった。
払い落としてはいたが、刺さった痕すらなくなっている。
目の前まで迫られてから、射手達の顔色が変わる。
「は? なんでだよ」
「傷もないなんて……」
巨人は一人を掴み上げると、頭から丸かじりにする。
そこへ後ろからも別の巨人が現れた。
「ひっ……」
「いや、いやだぁ」
その場で動けずに命乞いをする者も、諦めて呆然とする者もトロールに喰われる。
トロール
ノルウェー等の伝承に伝わる怪物
吟遊詩人が遊びに行く、山の中の谷にある村に住むあの一家です。
ニョロニョロなんかと一緒にいます。
好んで人を食べるを言われています。
陽の光に弱く、浴びると石化するともいわれます。
何よりの特徴として、強い再生能力があります。
斬られても刺されても、ほぼ瞬時に回復します。
自動HP大幅回復、リジェネレイト持ちですね。
実際の目撃例もかなりあるようです。
北欧の山中で、陽の光りが通らない程深い森に住むといわれています。
灰色の皮膚で3~5mあるハゲたおっさんのような見た目らしいです。
とてもじゃありませんが、「こっち向いて」などと言える相手ではありません。
実際はカバみたいな見た目でもないそうです。
エプロン姿やシルクハットの個体も、目撃例はありません。
「マスター。この先になんかいる。巨人と何か」
どうやらお食事中のようだ。
いくつか転がった松明の灯りの中で、二体の巨人が食事をしていた。
「背中を向けてるな。手前のは不意打ちでいけそうだが、奥のは何だあれ」
「他の巨人と違うからトロール?」
「ああ。この階に出るって言ってたな。面倒くさい奴だ」
少し悩んだが、ここから引き返すのもしんどい。
「やるか。リト、他にこっち来そうなのはいないか」
「あい。ダイジョブ」
「よし。行ってくる」
野太刀を握りしめると、食事に夢中な巨人にそっと近寄り、脇の下に斬りつけた。
太い血管だけを浅く斬ったので、痛みは然程でもないが、血が噴き出す。
何かいるのに気づいた巨人は、立ち上がろうとするが立ち眩みを起こしたか、よろけて倒れてしまう。
届くようになった首の急所に、一太刀入れてとどめを刺す。
「さあ、やろうか」
こちらに気付き立ち上がる、トロールに向かって野太刀を構える。
「グゥオオオオ」
食事を邪魔されて怒っているのか、トロールが低く唸る。
掴み掛ってくる手を躱し、退きながら斬りつける。
男の太刀がトロールの指を斬り裂くが、みるみる傷がふさがっていく。
「そこまで早いのか」
思っていた以上の回復速度だった。
いくら切り裂いても、すぐに回復する。
目を潰しても回復したのには男も驚いた。
回復するエネルギーも、無尽蔵なわけでもないだろう。
だが一度でも捕まったら終わりなのは、緊張感があるどころではない。
自分の背丈と変わらない太刀を振り回すのも限度がある。
トロールの膝を蹴り、下がった顎を刀の柄で突き上げる。
よろけた隙に距離を取って息を整える。
「一気にいくしかないな。勝負だ!」
深く吸い込んだ息を止め、太刀を振りかぶり駆け出した。
巨人の腕を
太刀がトロールの右膝を斬り割り、腹を、胸を裂いて左肩へ抜ける。
返す刀で顔を
「グォォオオッ」
鼻を両断されトロールが吠える。
半歩さがりながら、横薙ぎにした刀を振り下ろす。
掴みに来たトロールの左腕をざっくりと切り裂く。
そこから踏み込み、横に寝かせた刃で、突くように首筋を断ち切った。
回復速度を超えてダメージを与え、倒し切るまで止まらない覚悟で攻める。
傷の回復が気持ち、遅くなってきたような気もしてきた。
トロールの攻撃を全て躱しながら、ほぼ踏み
男は集中力と体力、気力をガリガリと削られる。
深く入りすぎて抜けなくなったらマズイので、骨まで届かないくらいに斬る。
突きもとどめにしか使えない。
首筋へ突き上げた処へトロールの右拳が、打ち下ろすように振られる。
重い刀に引っ張られるように、体が伸び上がっていく途中で、避けられない。
男は両手を放し、大きく踏み込む。
トロールに密着する程、
落ちて来た刀を掴んで、トロールに背を向けて二歩。
トロールとの間合いが空いた処で、掴んだまま左上に立てていた刀を車輪に廻す。
振り向きながら振るう太刀が、トロールの喉を切り裂いた。
ぱぁっと血が跳ねる。
手応えがあり、トロールの巨体から力が抜ける。
一閃
男がトロールの右脇を駆け抜け、野太刀が閃光となって走った。
巨体を背骨ごと、半分ほど切断する。
動きを止めたトロールの背に、逆手に持ち替えた野太刀を突き刺す。
心臓を貫いた野太刀が胸から突き出た。
「ぶはぁ! っ……はぁ、ぜぇ……はっ……これで、動けるなら、お前の勝ちだ」
息を吐き力を使い果たした男が、トロールの背に
力尽き倒れたトロールの背に野太刀が突き立っていた。
リトが男に駆け寄っていく。
今日もなんとか生き延びた。
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