第33話 地下墓所

「走り回ってる、弓持ったケンタウロスがうざったいよね」

「空飛んでるハーピーも面倒です」

「あいつら上からフンするからね」

 リトを連れた男は、地上の酒場で充に出会って話し込んでいた。

「そういえば、また丁寧な喋り方になってるけど」

「元が汚い言葉ばかりなので、気を付けているのですよ。気になるようなら、その耳を潰して聞こえなくしてあげますよ」

 充は、慌てて耳を両手で隠す。

「なんでさ。いいよ。気にしないよ」


「おまたせ」

 源三が食事を運んで来た。

 リトにはトカゲ肉のステーキを、充はお茶漬けと御新香だ。

「今日のパスタはリングイネにした。エビのトマトクリームソースだ。ディルを散らしたタマネギとサーモンのカルパッチョ。スープの代わりにチキンシチューだ」

 今日も絶妙なアルデンテだ。

 暖かく優しい味のシチューには野菜もたっぷり入っていた。

 これでお値段が大銅貨1枚と中銅貨2枚、約800円だ。

「やっぱり担いででも連れていくべきでしょうか」

「ろくな物食べられないもんね」

 食事には充も苦労しているようだ。


「そういえば、おじさんもヒロと一緒で記憶が一部ないんだよね」

「そうですね。古い記憶はあるのに、何故か名前だけ憶えていませんね」

「ヒロも名前と年齢が思い出せないって言ってた。何か思い出したりしないの?」

「しませんね。ですが、記憶はなくとも経験は体が覚えているようです。若い時のようには動けない筈ですが、なんとかごまかして動けていますから」

「ギフト持ちは年数に違いがあるけど、新しい記憶ほど消えてるみたいだね」

「そのようですね。まだ記憶では若い筈なのですが、見た目がおっさんですから」

 記憶は脳だけでなく、体の他の部分にも残っているとも言われる。移植した後、知らない記憶があったり、知らない人が見えたりする事があるらしい。

「記憶がないのに体がおっさんって、考えたら酷いね」

「聞いた話では3歳から始めたらしいのですが、20代半ばまで習い事をしていましてね。師匠が死ぬまで続けていたのですが、運よくそれは記憶が消えていませんでした。おかげで、なんとか生き残れたようなものです」

 20数年鍛えられたおかげで生き残っていると思うと、頭のイカレた師匠でも有難いと感じてしまうものだった。

 食事が終わると、男はリトを充に預け、部屋に籠りお楽しみの時間だ。

 久しぶりにゆっくりと刀の手入れをしてすごす。

 そんなのんびりしていた頃、地下9階で階段を発見したパーティーがあった。


 レイス

 スコットランドの伝承にある、死霊とも生霊とも言われる霊。

 霊なのに実体を持っているという話もあるそうです。

 生前の記憶がどの程度残っているのか、危険度にも個体差があるようで、問答無用で襲い掛かってくるものもいるようです。

 冷たい手で掴まれると動けなくなったり、魂をとられたり、呪われたり、あまりよくない事がおこります。

 この迷宮のレイスは霊体で、死霊であり悪霊です。

 当然、物理攻撃は効果がありません。


 4人の男が、地下10階に降り立った。

「また暗い洞窟か」

 そこは暗くジメジメとした通路で、人の手が入った石造りだった。

 松明を持って進むと板状の石が並んでいた。

「なんだこれ……」

「墓石みたいだね」

「地下墓地か……アンデッドとかいるのかな?」


 腐臭ただよう墓地を進む4人は、戦闘に備え装備を確認する。

 リーダーのそうは左手に大型の丸楯ラウンドシールドを持ち、右手に松明を掲げる。

 腰に下げているのはメイス。簡単に言えば棍棒だ。

 頭は首まですっぽりと包み込むフルフェイスの兜、アーメットを被っている。

 鉄だと重いので、鍛冶屋で試作されたばかりの貴重なβ合金を使っている。

 1790年イギリスで発見されたTi。

 硬く、熱、錆、酸にも強く、軽量でよくしなる。

 チタン鉱石から作られたβ合金製のアーメットだった。

 鎧は、ほぼ全身を鉄板で包むプレートアーマーにしていた。


 聡と共に先頭を行く太郎も松明を持ち、中世の終り頃ハイランドの高地人ハイランダーたちが使ったという大型の両手剣、クレイモアを腰にぶら下げている。

 十字型の大きな鍔が特徴的だ。

 鎧はSUS410ステンレス鋼を使った鎖帷子チェインメイル

 頭にはバルビュータを被っている。

 後ろは首の辺りまで隠れ、額から鼻あてが伸び、両脇からは頬あてが出ている。


 背の高い遠藤えんどうは腰にランタンを下げている。

 弓は複数の素材を組み合わせ、射程や威力をUPさせた複合弓コンポジットボウだった。

 軽装で革鎧を着て、ナイフも装備していた。


 最後尾を行く小柄な田丸たまるは、ずんぐりとした体形で腕も脚も丸太のように太く、スレッジハンマーのように大きな戦槌ウォーハンマーを持っている。

 鎧は太郎と同じ鎖帷子に、鱗型の鉄片をつけたスケイルメイルにしていた。

 通常スケイルメイルは革鎧等に鉄片を付けるが、特別に鎖帷子で作って貰った。

 頭は鉄片を巻き付けた鉢巻、鉢金はちがねを付けている。


 鎖帷子は、簡単にいうと金網です。

 針金を編んで作ったような鎧ですね。

 チェインアーマーやチェインメイルと呼ばれます。

 メイルだけでも鎖帷子を意味します。

 そのため革鎧ベースだとスケイルアーマーですが、鎖帷子ベースだとスケイルメイルとなります。


 暗い上にあちこち複雑に脇道が絡み合い、敵の発見が遅れがちな嫌な造りだ。

 4人は不意打ちを警戒して、慎重に進んでいく。

 前方から呻き声が聞こえてきた。

 一人二人ではなさそうだ。

「くるぞ。構えろ」

 松明を転がし、聡が仲間へ声をかける。


 ゆっくりと摺足で近づいてくる人影が、床に転がる松明に照らされる。

 所々腐り肉が削げ落ちた、元人間のような何かが集まって来る。

 腐乱死体ロッティングコープス、動く死体達だ。

 ロッティングは腐りかけであって、腐りきってはいないが、その気持ち悪さに大した違いはない。

「20……30体はいるか」

 いつの間にか後ろからも呻き声がする。


「数は多いがゾンビだけなら、どうにかなる。慌てるなよ」

 聡が仲間を落ち着かせる。

「動きは鈍い。確実に頭を潰していこう」

 田丸が戦槌を構える。

「頭潰したら倒せるの?」

 大きな体でホラーが苦手な遠藤が、泣きそうになってる。

「知らん」

「そんなぁ~」


 メイスが、両手剣が、動く死体の頭をかち割り、潰していく。

 遠藤は効果があるのか、自信のないまま矢を放つ。

 動く腐りかけの死体は、矢が胸に突き立っても動きを止めずに迫ってくるが、目や口に入り、矢が頭を貫くと動きを止め倒れていった。

 既に死んでいるので、血も噴き出す事もなく溢れ出す程度だった。

 血が飛び散らないのは良いが、倒しても動かないのかどうか分からない。

 倒れている死体にうっかり足を噛まれないよう、気を付けて戦う必要があった。

 田丸は遠藤に近寄ってくる死体をハンマーで叩き潰していく。


「なんとかなりはするが、数が多いな」

「この階はずっとこんなか?」

 幾らか数が減ってきたかと思えた時、コープス達とは違う不気味な声が聞こえた。

「ひぃっ! な、ななななっ……何いまの」

 白い人影がすぅっと、流れるように空中を、視界を横切る。

 殆どドクロのような顔に、ローブのような物を着ているように見える。

 その姿は人のようだが、透けて向こう側が見えている。

 ゆっくりと近付いて、聡に触れると口を大きく開け、不気味な声を出す。

 わらっているようにも聞こえる、その不気味な音が止まったと思うと、掴まれていた聡の動きも止まり、崩れる様に倒れる。

「ああっ、聡っ。なっ、来るなぁ!」

 倒れた聡に駆け寄ろうとした太郎も、幽霊に掴まれて倒れる。

 その二人がゆっくりと起き上がり、残る二人へ歩み寄る。

「だ、大丈夫なのか? ここは退くべきだな」

 起き上がった二人が田丸に掴み掛り、その顔に両側から齧りつく。

「うぎゃあああっ! ひっ、はなっ、放せぇ。ひぃっぃいい!」

「な、なんで二人共……あ、ああ……」

 力なく呆然と立ち竦む遠藤に、ロッティングコープスが群がっていく。


 探索に失敗した者は、墓地を彷徨い仲間を増やしていく。

 地下10階は仲間を増やしていく亡者の群れが徘徊する、地下墓地が広がっていた。

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