第32話 森の罠

「おお~い。こっちだ。助けてくれぇ~」

 死にたいのだろうか。

 罠なのだろうか。

 地下9階の森の中で叫んでいる男がいた。

「リト、何かいるか?」

「ん~。大分遠くに、でっかい蛇。ミミズとか、ちっちゃいのは感知できない」

「罠ってわけでもなさそうだな」

 リトを連れた男は、9階探索中に出会った叫ぶ男に、少しだけ興味を持った。


 近づくと叫んでいたのは5人組で、内2人が怪我で動けないようだった。

「そんなとこで叫んでいると喰われますよ」

「すまない。仲間が怪我して動けないんだ。手を貸して……うひぃ!」

 幼女を連れた戦士に気付いた男達は、突然悲鳴をあげ命乞いを始めた。

「た、たすけて、なんでもやるから……い、命だけは」

 鼻水まで垂らして、必死に拝みだす。

 一人はショックのあまり声も出せず、腰が抜けて動けなくなり白目をむいている。

 近づいた男は後ろを振り返ってみるが、やはり何もない。

「あの~……何がどうしたのですか? 何をそんなに怯えているのです」

「ひぃぃいっ! やめ、やめて、皮は、剥がないでぇ」

 なるべく静かに話しかけた心算つもりだったが、何かに怯えて会話にならない。


 リトに話させて、やっと落ち着いた男達は謝り、会話ができるようになった。

「いやぁ。アンタに会うと、皮を剥いで殺されるって噂があってね」

「拷問以外で剥いだりしませんよ。誰に聞いたのですか? 皮を剥いできます」

「いやいやいや。そいつは、もう死んでるから……拷問なら剥ぐのかよ」

 本人の知らない処で、酷い噂が流れていたものだ。

「剥がすのは顔くらいですよ? で、何があったんです」

「猿だよ。あの異様に手が長い奴らに襲われたんだ」

「ああ。尻尾が2本生えた、でっかい猿ですね」

 男も何度か見かけた、狂暴な猿がいる。

「あいつらナイフを持ってやがって。何匹いたか、不意打ちを喰らって」

 道具どころか、武器を使い始めたようだ。

 二人の怪我人を守りながらでは帰れなくて、人が来るのを待っていたらしい。

「ん~……守りはしませんが、キャンプまで一緒に戻るくらいは構いませんよ」

「ありがとう。助かるよ」


 階段はそう遠くもないので、男は護衛を軽い気持ちで引き受けた。

「あっ、馬だ。アレを捕まえれば二人を運べるぞ」

 リト達の後ろにいた男が、河原に佇む馬を見つけた。

「おっ。逃げないぞ。よーしよし」

 馬を見つけた男がゆっくりと近づくが、馬は大人しくしている。

 まるで男が跨るのを待っているようだ。

「おい。やめておきなよ。そいつは……」

 猿以下の男達がどうなろうと、心底どうでもいいが、一応声をかける。

 止めてやろうかと、リトを連れた男が声をかけるが、間に合わなかった。

「うわっ。おおっぶっ……」

 近づいた男を背に乗せ、走り出した馬は川に飛び込んでいった。

 男が深い川に、馬と一緒に消えると、水面が真っ赤に染まり何かが浮いてきた。

「ああっ…」

 引き摺り込まれた男の仲間が、絶望して見ている。

「ケルピーですよ。川に引き込んで人を食べるそうです」

 浮いて来た内臓を、リトが指を咥えて視ている。

「何故か内臓だけは食べないそうです。ああ、浮かんでいますね。残念です」

「し、知っていたのか……」

 死んだ男の仲間が非難の目を向けるが、気にせず歩き出す。

「止めたでしょう。勝手に死にに行くのまで、面倒見きれませんよ」


 ケルピー

 オーストラリアの牧羊犬ではなく、馬の姿をしています。

 人を川に引き込み、内臓以外を食べてしまうと言われています。

 皮膚が蛙だったり、美しい女性など、人の姿で現れるという話もあります。

 どの姿でも結末は変わりません。何故内臓を残すのかは謎です。

 舌がお子様で、苦いのが食べられないのかもしれませんね。

 水を操ったり、魔法を使ったりするのもいるようです。


「マスター、厄介なのが来る。上」

「ちっ、ハーピーか。アンタら、その辺の影に隠れてな」

 リトのボウガンでは、飛んでいるハーピーは落とせない。

 男は近くの木に登って、ハーピーを待ち構える。


 ハーピーはギリシャ神話に登場する魔物で、掠める者と呼ばれます。

 海の魔物セイレーンと混同される事もあるそうですが、ハーピーは歌いません。

 セイレーンと違い、声も姿も汚いそうです。

 美しい女性の姿をしたものは、セイレーンと混同された紛い物です。

 一応ハーピーも女性のような姿をしていますが、汚い老婆のような姿です。

 老婆が汚いとは言っていません。念の為。

 胸から上が人間の女性で、後は鳥の姿をしています。

 ケンタウロスは雄だけですが、こちらはメスしか登場しません。

 鳥なので卵を産みますが、乳があります。


 乳があるのに卵を産むと言えば、カモノハシですね。

 歯がないクチバシを持つ単孔類で毛皮が光り、雄の後ろ足の爪には毒があります。

 単孔類は大小の排泄も、性交も一つの穴で済ます、総排泄腔を持ちます。

 鳥と哺乳類の特徴を併せ持つ、ハーピーとカモノハシは同類なのかもしれません。

 鳥との合成動物ついでに、コカトリスという魔物もいます。

 雄鶏が産んだ卵を蟇蛙ヒキガエルが温めると、産まれるそうです。

 見た目は蛇のしっぽを持つニワトリで、かなり大きくなるようです。

 何故蛙なのか。鳥と蛙の共通点を見つけました。

 毒を持った鳥がいますが、有名なのだとピトフーイでしょうか。

 6種類確認されているモズですが、内5種類が毒を持ってます。

 ステロイド系アルカロイドのホモバトラコトキシンです。

 これと同じ毒を持つ蛙がいます。

 同じ毒を持つ鳥と蛙から、コカトリスが生まれたのではないでしょうか。

 蛇はどこで混ざったのかわかりません。

 まとめるとハーピーはカモノハシの仲間で、乳丸出しです。

 しかし顔と声が汚いので、色気はありません。

 旅人を襲い、食料などをかすめ取り奪っていきます。


 下からボウガンを撃つリトを見つけ、ハーピーが降下していく。

 そこへ待ち構えていた男が飛び掛かった。

 辺りの枝をバサバサと折りながら、絡み合い地面に堕ちた。

 男が立ち上がると、ハーピーの胸と首にダガーが突き刺さっていた。

 血を拭い胸のベルトに戻すと、近くの茂みを睨むリトが謝る。

「マスターごめんなさい。気付かなかった」

 大きな蛇の下半身を持った、女性が茂みにいた。

 茂みに隠れていた4人は、血を吸われ横たわっていた。

「仕方ないさ。気にするな」

 男は剣を抜き構える。


 ラミア

 リビアの女王であったが、その美貌でゼウスに見初められてしまいます。

 結果、ゼウスの妻ヘラに下半身が蛇の、血を吸う魔物にされてしまいました。

 ゼウスの浮気癖で、酷い目にあった女性の一人です。

 ラミアは海神ポセイドンの血を引く一族ともいわれています。

 ポセイドンはゼウスのお兄ちゃんです。

 これも古い話なので、赤子を食べたり、姿も諸説あったりします。


 腹が満たされたからか、ラミアは森の奥へ消えていった。

 剣を納め、倒れた4人を改めるが、首筋を切り裂かれていて助からなかった。

 男は見なかった事にして、立ち去って忘れた。

「まぁ、いつも上手くいくわけはないな。仕方ないさ」

「うぃ~」

 やる気を無くした男はキャンプへ戻る。

 暫くまともな食事をしていなかった事に気付き、一度地上に戻る事にした。

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