第31話 密林の主

「源三さんを担いで来るか? 毎食作るのも面倒だしなぁ」

 リトを連れた男が、地下8階の食堂で朝食をとっていた。

 ゴロゴロと大きさの不揃いな野菜に、トカゲ肉の入ったシチューと黒くて硬いパンはどちらも二度と口にしたくない味だった。

 これで小銀貨1枚もするので、本気で食事だけ地上に戻る事も考えてしまう。

「おっさん! すげぇの見つけたぜ」

 そこへモグラの翔悟が飛び込んで来た。

「ジャングルのヌシを見つけたぜ。今度は俺達が仕留めるからな」

 地下9階は密林が広がっていた。

 見た目は、ほぼジャングルだが流石に雨は降らないようだ。

 ジャングルっぽいだけで熱帯雨林ではなかった。

 8階と同じく明るいのはいいが、殆どが湿地帯で動き難かった。

 翔悟は男に、ヌシを倒すところを見せつけたいようだ。

「でっけぇヒドラだ! 沼地にいたんだよ」


 ヒドラ ヒドラ科 花クラゲ目 

 池や沼、小川など水中に生息しています。

 主要な時計遺伝子が存在せず、体内時計を持たないと言われています。

 非常に長命で、強力な再生能力をもち、体をいくつかに切っても、それぞれが完全なヒドラとして再生し、触手を使って獲物をとらえる海月くらげのような生き物で、不死かもしれないと言われています。

 そのヒドラとは別のギリシア神話の怪物で、九つの頭をもつ水蛇です。

  蛇女エキドナの娘とも言われていますが『彼女』とは言い難い見た目です。

 半神の英雄ヘラクレスへの嫌がらせで、女神ヘラが育てたという噂です。

 結構人気で小説、映画、ゲーム等多数の作品に登場しています。

 足があったりなかったり、頭の数も色々いたりします。

 名前が似ているヒドラジンは

 NH₃+NaOCl―→NH₂Cl+NaOH

 NH₂Cl+NH₃+NaOH→N₂H₄+NaCl+H₂O

 なので、窒素と水素の化合物です。

 式が間違っていても気にせず、雰囲気を楽しんでいって下さい。

 医薬につかわれたり、過酸化水素と一緒にロケット燃料にしたりします。

 ニトロと一緒で血管拡張の効果があるそうですが、猛毒です。

 燃料を薬にするのはやめて欲しい気がします。

 ニトロもですが、美味しい物ではありません。

 ニトロペンもスプレーのも、少しは味も気にして欲しいですよね。

 腐食性の猛毒ですが、怪物のヒドラも毒を吐いたり、炎を吐いたりする作品もあるようで、ヒドラジンがヒドラに添加されたのでしょうか。

 八岐大蛇ヤマタノオロチと同じく、首を切り落としても生えてきます。

 一本だけ、斬られたら死ぬ本物の頭がある、という噂もあります。

 日本でもギリシャでも同じ様な伝承があるのならば、数千年前には、どこかに実際に存在したのかも知れませんね。


 少し見てみたい気もするので、男はリトを連れて見物に行く事にした。

「この先の沼地にいるんだよ」

 翔悟が男に囁くと、両手にナイフを抜く。

 周りを見回した男は近くの木に登り、太い丈夫そうな枝に腰かけた。

「でっかい蛇が見られるぞ~。楽しみだなぁ」

「うぃ~」

 リトを隣に座らせた男は、持って来たおにぎりを食べながら見物する。

 すっかり観光気分で、リトも干し肉を齧っていた。


 重装備のたかしまさるを前に、軽装の翔悟が続いて沼に入っていく。

 山城が続きみつるの後、殿しんがりはヒロが護っていく。

「沼の中で戦う気か……楽しみだな」

「来る。かなりおっきい」

 男が一つ目のおにぎりを食べ終わったところで、隣のリトが何かを感知する。

 沼を進むモグラの前方5メートル程か、水面が揺らいだと思うと、泥の中にいたのか泥水を跳ね上げ、大きな蛇達が姿を現す。

 頭だけでも1mはありそうな蛇が9匹、立ち上がる様に長い首を伸ばして、品定めをするかのようにヒロ達を見下ろす。

「デカすぎないか。のんびり見てる場合じゃないかもな」

 9匹の蛇は同じ胴体に繋がっていて、しっぽの方は沼の中に潜っていた。

 男は思っていた以上の大きさに、逃げた方がいいかもと思い始めた。

 ヒロ達がやられた場合を考えて、もう少し離れようかと思っていると、充が動いた。どこに持っていたのか、アーバレストを構えヒドラに放つ。


 アーバレストとバリスタは元は同じ様な物ですが、違いもあります。

 何よりも国と言語が違います。

 違う国の物なので、名前が違うのは当たり前です。

 何故か一緒にしたがる人達がいるようですが別物です。

 今ではアーバレストは大きなクロスボウとされているようです。

 どのくらい強いかというと、人力で弦を引けないくらい強力です。

 足を掛け、背筋を使って引くタイプもあったそうですが、大きな物だとジャッキのような道具を使っていたそうです。

 城壁に穴を開けたとか貫いたとか、そんな噂もあるくらい強力だったそうです。

 バリスタの語源は投げるという意味らしく、矢を飛ばすだけでなく、投石器等もバリスタと呼ばれたそうで、基本バネ仕掛けの物を呼ぶそうです。

 とちらにせよ連射できるものではなく、個人で使うものでもありません。


 人と変わらない程の大きな矢が、ヒドラの首の一つを貫いた。

「しっぽに気をつけろ! 翔悟、いくぞ」

 ヒロと翔悟が斬りつけるが、傷はみるみる塞がっていく。

 強い再生力があるようだが、気にせず斬りつけている。

 山城は少し下がった所で魔法を使う。

 両手を前方へかざすと、光の球が現れる。

 ピンポン玉程の光の球が6つ、掌の下の空中に浮かんでいる。

 ヒドラの頭は隆と勝がさばいていた。

 楯で上手く逸らし、受け止める時も打点をずらしていた。


「上手い使い方だ。アレができなくて楯は諦めたんだ」

 木の上で男が感心して見ていた。

 ぶっつけ本番ではなく、きちんと下調べと準備はしていたようだ。

 流石に生き残っている古参なだけはある。

 再生に使うエネルギーが無尽蔵にあるわけない。と、考えたようだ。

 まずは疲れさせるつもりか、二人が攻撃を捌きヒロと翔悟が斬りつけるようだ。

 充のアーバレストが矢を放ち、ヒドラの首を貫いた。

「早いな! どうやったんだ……そうか、仕込んでたのか」


 余りにも早い2射目に驚いた男が見ると、二つ目のアーバレストだった。

 隠し持っていた訳ではなく、沼の淵の草むらに積み上げてあった。

 三つ目のアーバレストに矢を番え、ヒドラに放つ。

 沼の泥の中に隠れていた尻尾が、水しぶきを上げて後ろの充を襲う。

「させない」

 待ち構えていた山城が光弾で尻尾を迎撃して弾き返した。

「うん。この魔法で尻尾は止められる。みんな、頑張って」

 山城は発射した光弾を補充して、また待ち構える。

「弱ってきたな。トドメだ。いくぞ!」

 ヒドラの動きが緩慢になってきた処で、ヒロの号令がかかる。

 楯を投げ捨てた勝に、充からハルバードが手渡される。


 ハルバードは槍、斧、ピックの三つの力が一つになった画期的な武器です。

 ドイツ語の斧berteだとハルバートになります。

 長い竿状武器ポール・ウェポンで中世後半に登場して、銃が猛威を振るうまでは活躍したようです。


 勝の振り回すハルバードが、ヒドラの首を豪快に切り裂く。

 暴れ回る首の間を擦り抜け、駆けまわり、翔悟が目にナイフを突き立てていく。

 山城の光弾が抑え付ける様に、頭を水面に叩きつける。

 衝撃を与えて消える魔法のようで、爆発したりはしないようだ。

「みんな、離れろぉ!」

 近くに枝を伸ばす木に登ったヒロが叫ぶ。

 ヒドラに群がったメンバーが離れると、樹上からヒロが跳ぶ。

「とどめだ。雷刃剣!」

 ヒロの剣がいかづちに包まれ、ヒドラの背に突き刺さる。

 ヒドラの弱点は、首の付け根だとか、どれか一つの頭だとか噂はあったが、心臓を貫かれ、雷撃に体を中から焼かれて息絶えた。

 雷撃が沼の水面を迸るように走った。

 逃げ遅れた勝と隆が痺れて、沼に沈んでいった。

「わぁああ! 大変だぁ」

 慌てて助け出し、沼から上がった。

「どうだ。おっさん。見てたか!」

 翔悟が樹上に向かって吠えた。


「見事な連携でした。素晴らしいチームです」

 苦労して生かしておいてよかった。と、笑顔で男は見下ろしていた。

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