第30話 奇跡の力

「急げ。部屋まで運ぶんだ」

 宿のヒロの部屋へ運び、ベッドへ寝かせると小さく呻き声をあげる。

 まだギリギリ生きているようだ。

「本当は全員外へ出したいが、そうもいかんだろう。嬢ちゃん、山城だったか?」

「は、はい」

「嬢ちゃんだけ残って見届けな。他は外で見張りだ。絶対に、誰も中に入れるな」

「わ、わかった」

 いつもの丁寧な言葉が消え、威圧感のある話し方に、全員おとなしく従う。

「魔法が使えたな。扉を開かないようにできるか? 絶対に見せられないんだ」

「は、はい。できます。なんでもしますから」

 泣きじゃくりながら、山城が魔法で入り口をロックする。

「ますたぁ……やだぁ」

 今度はリトが泣きそうな声を出す。

「リト。暫くは動けなくなるだろう。起きるまで俺を守れ」

「あい。誰にも手出しさせない」


 ベッドに寝るヒロの包帯を外し、改めて傷口を見ると少し怯んでしまう。

「これ……いけるか?」

 この傷を治したら、どれだけの反動があるのか。

 考えると諦めそうになるが、最下層へ辿り着く為に、まだ少年は必要なのだ。

 そう自分に言い聞かせ、男は傷口に手をかざす。

「な、何……してるの? 薬は?」

「ジャマしないで。これがマスターのギフト。体力を代償に復元する」

 使わせたくないリトだが、殺意すら籠った目で睨み黙らせる。

 ヒロの傷口が緑色の光りに包まれる。

 白と緑の光りが、中身がこぼれる程切り裂かれた傷を塞いでいく。

 男の顔から脂汗が噴き出し、意識が朦朧としてくる。

 山城は祈る様に両手を合わせ、血が滲み流れ出すほど強く握りしめる。

「おねがい……」

 小さく呟き、止まらない涙でぼやける目で、必死にヒロを見つめる。


 苦しそうだったヒロの顔が、穏やかな寝顔に変わる。

 傷も完全に塞がり、治癒と違い傷跡すら残らず、綺麗に元に戻る。

 よろよろと男がヒロから離れて、部屋の隅に移動する。

「もう、大丈夫だろう。暫くすれば目を覚ますだろうが、俺がいいと言うまでは誰も部屋に入らせるな。出来なければ、また傷を開く」

 治すだけで傷を開く事はできないが、山城も必死なので疑いもしない。

「ひっ……い、言う通りにします。だから……」

「リト。俺が起きるまで……護れ」

「あい。任せて」

 崩れる様に倒れ込んだ男は、そのまま気を失うように眠った。

 リトがボウガンに矢をつがえ、魔法の鞘からナイフを抜き構える。

「魔法の毒が塗ってある。マスターに近づかないで」

「わ、分かってる。何もしないから」

 山城はリトに答えると、ヒロのそばに膝をつき、傷口を確かめる。

「綺麗に消えてる。たすかったんだ……」

 安堵からか、溢れ出す涙もそのままに、ヒロの手をとり握りしめる。


「うっ……んん……ここは……宿の部屋? どうなったんだ」

「っ! ……!! ……っ!!」

 目を覚ましたヒロに山城が泣きながら抱き着く。

 山城は興奮しすぎて声も出せず、ヒロの胸に涙と鼻水を擦り付ける。

「うわっ! なんだ、どうしたんだよ。なんで僕生きてるんだ?」

「心配っ! したんだからねっ! 死んじゃうかと思ったんだからぁああ!」

「ふぅ……目覚めたかい。リト、ご苦労さん」

 男も、ほぼ同時に目を覚ます。

 2人は半日程、死んだように眠っていた。

 眠る前と変わらない姿勢でリトが、男の前に立ちはだかっていた。

「うぃ~」

 男が目覚めると、ナイフと矢をしまったリトが、甘えるように抱き着く。

「この人がね。助けてくれたの」

「命の恩人ですね。ありがとうございました」

 山城の言葉に、ヒロが男へ頭を下げる。

「まぁいいさ。打算で動いただけだから」


「おい! 起きたのか! どうなったんだ!」

 山城の叫び声を聞いて、部屋の前が騒がしくなる。

 全員ドアの前でずっと待っていたようだ。

「もう大丈夫だよ。待って、今開けるから」

 男が頷くと部屋のロックを解除して、仲間をヒロに会わせる。

「ヒロ! 大丈夫なのかっ」

「うわっ、血だらけじゃないか……あれ? 傷がなくなってる」

「生きてるっ。よかったぁ」

「ホントに薬が効いたんだ。よかったな」

 仲間達がヒロに、跳び付くように駆け寄って声を掛ける。

「どうなってんだよ。傷はどうなんだ」

 迷宮から戻って来た健太が様子を見に来た。

「健太さん。騒がせてすいません。無事生きてます」

じゃない。。だ」

「はい?」

「すいませんじゃなく、すません、だ。気を付けな」

 健太は結構煩いおっさんだった。

「あ、すみません。なんとか生き残りました」

「そうか、血だらけだが。まぁ元気ならいいさ。どうやって治したんだ?」

「秘密です」

 山城が短く答える。

「……そうかい、まぁいいさ。ヒロ、まだ潜れるんだな」

「はい!」

「そうか。まぁ、ゆっくり休め。じゃあな」

 無事を確認すると健太は帰っていった。

「疲れたので帰りますが、くれぐれも秘密は洩らさないように」

 男がフラフラと立ち上がり、部屋を出ていく。

「何があったのか知りませんが、ありがとうございました」

 ヒロにヒラヒラと手を振って、男は出て行った。


 部屋に戻った男は、リトとシャワーを浴びてベッドに倒れ込む。

「しんどい……もう二度と使わないぞ」

 何日も砂漠を彷徨さまよったような疲れが残り、体が重くだるい。

 男は余計な事をしたと、後悔しながら眠ってしまう。


 地下8階の拠点づくりは順調に進み、簡単な丸太小屋ログハウスと大きなテントを幾つか用意して、店舗と宿を運営できるようになった。

「数日はのんびり過ごすぞ。何組か先に行かせて、様子を見よう」

「うぃ~」

 リトを連れた男は、8階で暫くのんびりすることにした。


「びじえ~」

 御機嫌なリトが男の脇で、血抜きをした鳥の羽をむしっていた。

「ジビエな。血、飲むか?」

「のーむぅ」

 血抜きした蛇をさばいている男が、蛇の血をリトに渡してやる。

 森でキジっぽい鳥と130cm程の蛇が獲れたので、味見をしてみようと河辺で焚火をして、さばいていた。

 落ちていた枝を少し削り、ワタを取った蛇に刺して、塩を振り焚火の傍に立てる。

「鳥も少し食べてみるか」

 おしりの先を切り落とすと、背中に頭まで切れ込みを入れる。

 頭を手前に仰向けにして、内腿の皮に切れ目を入れ、いで切り取る。

 全部食べるなら胸と手羽を取り、頭を取って、食道と気管を引っ張って肺を外す。

 さらに胸椎から内臓を取り除くのだが、面倒なのでモモだけにする。

 塩だけ振って焚火で焼いて、残りはテントでやってる食堂に売る事にした。

「そろそろ蛇は焼けてそうだな。食べていいぞ」

「はむっ……んんっ! んまぁ。んっ、んまっ」

 リトは鳥肉も蛇も貪り喰らう。

「まぁまぁだな。次はシカとかいってみるか」

 鹿みたいな何かも先程見掛けていたので、次は狩ってみようかと欲が出た。

 暫くは狩猟生活でのんびりする心算つもりでいた。

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