第29話 悪魔来襲

「おじさんはしんどいよ。新しく用意した武器もなくしたし……」

 地下7階へ降りた所で休憩を取り、隊列を整えることになった。

「バックアップに待機してた人達が、やる事なかったって言ってたよ」

 みつるが水の入った木の椀を渡しながら、男に声を掛ける。

 土竜もぐらの方も怪我人なく、上手くいったようだ。

「おや。どうも」

「ここからは、また遊撃部隊だってさ。健太組が先行して、本隊は変わらず人数の多い光の翼。協力してくれてる3パーティーが、その周りを固めて行くって。僕らは最後尾だね。おじさんは脇から出て来るのを潰して欲しいってさ」

「わかりました。そろそろ体力も切れそうですが。もうひと踏ん張りしますか」

「まだまだ余力がありそうに見えるけどね」


 悪魔デーモン

 下級のデーモンと呼ばれるものが迷宮地下7階に出没します。

 身長は2M程の人型ですが、細いしっぽがあり大きな鉤爪かぎづめを持ち、山羊のような頭に蝙蝠こうもりのような翼を生やしています。

 上級になるとグレーターデーモンと呼ばれ、魔法も使うそうです。

 その上にはアークデーモンや領主ロードなどもいるそうです。

 さらに上位のものは、貴族のような姿で人の世に現れる事があるそうです。

 彼らはデビルと呼ばれます。

 デビルは人と契約を交わし、願いを叶えてくれます。

 気まぐれな神と違い、契約を重んじるキッチリカッチリした者達のようです。

 ついとなる天使はあまり人前には現れないようです。

 天使は厳しい階級に縛られています。

 戦功をたて、下級から上位へ成り上がった4人が特に有名でしょうか。

 ウリエル、ミカエル、ラファエル、ガブリエル・バーンの4大天使です。

 さらに3人追加して7大天使というのもいます。

 人に試練を与えるのが神。人と契約し望みを叶えるのが悪魔。

 節制をいるのが神。怠惰を許容するのが悪魔です。

 十字軍の遠征により、敗戦国の神を悪魔としていったので、キリスト教が広まる程、悪魔が増えていきました。

 悪魔を増やして信徒を増やしたのに、宗派によっては悪魔の存在を認めないと、おかしなことも言いだしていたりもします。

 当然その宗派では悪魔祓エクソシストいも禁止されています。

 地下7階の悪魔達は知能も低く、獣と変わりない出来損ないです。

 しかし、人にとって脅威である事は間違いありません。


 先行する健太組がワーウルフを倒す。

「デーモンが集まってくる前に抜けたいな」

「そんな事言ってると寄ってきますよ」

 健太の洩らした一言に、元格闘家の俊が悪戯っぽく答える。

「また来たぞ。ワーラット3」

 元殺し屋のたちばなが敵を見つけ囁く。

 元プロレスラーの三浦がバトルアックスを構える。

 三浦は武器を使い分けられる程、器用ではなかった。

 チンピラのじゅんも、後ろでフランシスカを構える

「ネズミならこっちだな」

 小柄で素早いワーラットを相手にグレートソードは使いづらい。

 健太は特別に造って貰った匕首あいくちを抜く。


 長脇差ながわきざし道中差どうちゅうざしは脇差ではありません。

 旅人や渡世人が護身用に持つ物で、直刀で日本刀でもありません。

 それの短い物が匕首ドスです。

 日本刀と違い、所持は当然違法です。

 長さ的にはナイフですが、ナイフではなくです。

 何が違うかというと、魂です。

 ドスには男のロマンと魂が籠っているのでナイフとは違います。

 使い方はナイフと違って簡単です。

 刃を上に掴んで、片手を柄頭に当てます。

 気合と共に、腰溜こしだめに構えて低い姿勢で突撃します。

 刺した後は抜く前に、グリグリと中をかき混ぜましょう。

 刺したり切ったりではなく、えぐる為の道具になります。

 技術が必要で手で使うのがナイフ。

 技術ではなく度胸だけで、身体ごと腰で突くのがドスになります。

 刺すだけでなく、指も切れます。

 ドスを持って突っ込み、腹を刺している姿から人という字ができました。

 人が人を刺しているのが人です。

 ごうの深い生き物ですね。


 フランシスカは大昔、フランクなフランク人が使っていたらしい斧です。

 ヨーロッパの武器ですが、中世には残っていたかどうか、怪しいくらい古い武器です。フランク人ですから。フランス人とは違います。

 投擲もできるような、バランスのよい片手用の斧だったそうです。

 男性名のフランシスコも、女性名のフランシスカも関係なさそうです。


 健太組の露払いのおかげで、本隊は順調に進めていた。

 数の多いワーラットがチョロチョロと顔を出すくらいで、大した戦闘もなく進めた。先行している健太組はかなり戦闘しているようだ。

 獣のような、人のような死体がかなり転がっている。

 男が少し本隊の方を見にいくと、護衛の一人が声をかけた。

「先行組は大変そうだけど、これなら無事に済みそうですねぇ」

 軽装の若い男で、まだ少年といってもよさそうな年頃に見えた。

「またアンタは、そうやって調子にのるんだからぁ」

 隣にいた女の子がいさめるように、声を掛ける。

「分かってるって。でも、すぐ階段だぜ。心配性だな」

 周りには女の子ばかりいる。

 女の子4人を連れたハーレム5人組だった。

 今回護衛に協力しているパーティーの一組だが、主人公のようなパーティーだ。

「まぁ辿り着く迄、油断せず行きましょうか」

 男は苦笑いしながら、そこから離れる。


 階段も近く、転送陣に辿り着けそうだ。

 もう少し前の様子を見に行ってみようと、本隊の前へ出たところでリトが叫ぶ。

「マスター! いっぱい! 急にいっぱい来た。囲まれてる」

 突然レッサーデーモンが周りに現れた。

 流石に慌てふためく者もなく、目の前の敵にそれぞれ対処する。

 いくら倒してもデーモンは増えていく。

 何もない空間に黒い渦のようなものが現れ、そこから悪魔が出て来た。

 こいつらを召喚でもしている奴がどこかにいるようだ。

「マスター。見つけた。たぶんコイツの所為」

 リトが索敵で何かを見つけたようだ。

 隊列の中央付近、本隊の脇に赤黒い個体がいた。

「あいつ。何か変……他のと違う気がする」

 気持ち一回り大きく見えるし、腕が4本ある。

「よし。アレを片付けよう」


 剣を抜いた男がデーモンに斬りかかる。

 大きく、力も人より強いが、戦い方は熊とそう変わらない。

 よく見て戦えば、それほど手強い相手ではない。

 余計に生えてる腕を切り落とし、バスタードソードが胸を貫いた。

「どうだ?」

「だいじょび。湧いてこなくなった」

 残りの数体を片付けたら帰れそうだ。


「いやぁあああああ!」

 先行していた健太組も加わり、残ったデーモンを掃討していると、後方から悲鳴があがる。ヒロのパーティー土竜の少女、山城のようだ。

 リトを連れた男が駆け寄ると、頭を抱えた山城が泣き叫んでいた。

 その目の前には血塗ちまみれのヒロが倒れている。

「何があったのです」


 男の問いに充が答える。

「山城さんの後ろに、いきなりデーモンが現れたんだ。誰も間に合わなかったけど、ヒロが間に飛び込んで相討ちになったんだ」

「いやぁぁあ……死なないでぇ」

 血を吐きながらも、ヒロが微笑む。

「よかっ……た。こんどは……まもれ……」

 山城の無事を確認すると、ヒロは気を失った。

 レッサーデーモンの鋭い爪が、鎧ごと胸から脇腹まで切り裂いていた。

 以前のパーティーメンバーを、助けられなかった悔しさが消えず、絶対に仲間を護るという想いだけで少年は強くなった。

 やっと護れたんだ。と、少年は満足して微笑んでいた。


「なんか色々出てるな……厳しいか。しかし……ここで死なせるのは惜しいか……」

 土竜のメンバーがヒロに集まる。

 何かを感じて泣きそうな顔で、ズボンを掴むリトの頭を撫でてやると、男はモグラのメンバーだけに小さな声で告げる。

「1回分だけしかないが、助かるかも知れない薬がある。他言しないと誓えるなら使ってやらないでもない。どうする?」


 大きく目を見開く山城が両手をついて、地面に打ち付ける勢いで頭を下げる。

「お願いします。なんでもします。だずげでぐだばい」

 涙と鼻水と涎でグチャグチャになった顔を、地面に押し付け嘆願する。

「お願いはいらない。誰にも話さないと、誓えるかどうかだ」

「ぢがいばず。だから……」

 地面に齧りつくように山城が、絞り出すように答える。

 男の問いに全員が頷く。


「最後の一つだからだね。誰でも欲しがるけど、もう手に入れられないなら……」

「そういうことだ。絶対に洩らせない秘密だ」

 充の言葉に男が答える。

「誓うよ」 「誰にも話さない」 「ヒロが助かればそれでいい」 「絶対に」

 5人全員が黙秘を誓う。


 何故? 何処で?

 そんな薬を男が持っているのか。

 そんな疑問は誰もいだかない。

 この男なら、不思議でもない。

 その場の誰もがそう思い、疑いもしなかった。


「ここで使う訳にはいかない。転送で戻るぞ。宿の部屋で治療だ」

 血止めの応急処置をすると、ジュラルミンのライオットシールドを借りて乗せる。

 充、翔悟、隆、勝が楯を掴んで階段を駆け下りていく。

「おい。ヒロか?」

「一度地上へ戻る。後は頼んだ」

 声を掛けて来た健太に、短く答えた男が土竜と転送陣で帰っていった。

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