第28話 蜥蜴の集落

「4階まで行けたってな。転送で帰って来たってきいたぞ」

「うん。なんとかね。4階はギリギリだったよ」

 酒場のカウンターで源三が、土竜の充に話しかける。

「ジュラルミンって凄いね。僕も作ろうかなぁ」


 8階の拠点づくりの為に、非戦闘員を護送して帰って来ていた。

「これで4階まで転送で行けますな」

「和尚はついていかないのかい?」

「はっはっは。邪魔になるだけでしょうからな」

 充の隣に座る、和尚と呼ばれた中年の男が、笑いながら答える。

「そういえばさ。なんで和尚なの? 髪もあるし」

「知らなかったのか? 本物の和尚だからさ」

 充の疑問に源三が答える。

「キリスト教の神父と牧師みたいなものですよ。宗派が違うだけです」

 和尚も髪を伸ばしている理由を話す。

「え……髪伸ばす宗派なんてあるの?」

「ん~……そうですね。勉強をしていて、周りが煩く集中できない。なんて話を聞いた事はありませんか? そういうことです」

「あるけど……は? ……え、何……どういう事?」

 言葉が足りな過ぎだ。と、源三に注意され、和尚が説明を始める。

「煩いから集中できない。のではなく、集中していないから周りの音が聞こえるのです。そんな教えの宗派ですよ」

「うん。ごめん。全然わかんない」

「色々と切り捨て、人の世から離れて得た悟りに意味はない。俗世にまみれ、人の輪の中で悟りを開く。というのが教えです。なので、髪も伸ばすし、結婚もするし、肉も食べます。それが修行ですから」

「へぇ~……」


 トトト……と、リトが酒場に入って来た。

 和尚と反対側の端、いつもの席によじ登る。

「お帰り。腹減ったかい」

 源三が優しく声を掛ける。

「にく。マスター道具屋寄ってから来るって。先に食べてろって」

「そうかい。まぁ無事でなによりだ」

 源三が厨房へ入っていく。

「おつかれぇ~。索敵助かったよぉ」

「でも5階は使えない。6階も別行動」

「6階では壁役だったねぇ。おじさん一人で大丈夫かな」

「リトがいる。問題ない」

 日本語を教えてくれる充には、そこそこ懐いて話をするリトだが、マスター以外への対応は、かなり素っ気ない喋り方だった。

「ゲンゾー行かないと、にく困る。一緒にいこっ」

 肉を焼いて来た源三に甘えた声を出す。

「この足じゃな……転送陣で戻れるんだろ? 肉、食べにおいで」

 リトは、もう出された肉に夢中で齧りついていた。


「怪我人も少なかったし、大した事なかったって。少し休んで三日後に出発したいってさ。おじさんは大丈夫そうかな?」

「わかりました。丁度、いくつか注文もしてきたので準備しておきましょう」

 戻って来た男に、充が予定を確認する。

「小林さんに何か頼んだの?」

「道具と武器です。次回は多数を相手にするので、手槍と刀を頼みました」

「でっかい刀を持っているのに、まだ持っていくのか」

 和尚が話に混ざってきた。

「胴田貫のような豪壮な造りの物を頼みました。あとはカーバイドですね」

「何それ? どっちもわかんないけど」

 充には刀とカルシウムだとも理解できなかった。

「電気炉はないそうですが、鍛冶屋さんが何とかなるというので頼んできました。カーバイドは炭化カルシウムです。敵を集める為に、大きな音を出そうかと思って」

「アセチレンでも作る気かな。物騒な人ですな」

 何故か和尚は科学的な知識があるようだ。

「まぁ……わかんないけど、任せるよ。じゃあね」


 胴田貫

 かつ清正きよまささんちにつかえた事もあるとか、ないとか。

 戦国の世の刀鍛冶の一派です。

 実戦向きの刀で、乳母車を押して、子連れの旅を続けた侍の刀として有名ですね。

 戦国の刀らしい武骨な造りの良い日本刀ですが、美術的な価値はイマイチなようで、お手頃価格にてお求めになれます。

 この機会に一振り、是非どうぞ。

 日本刀は偽物も多いので、初めは安い物を集めるのもいいと思います。

 偽物というのは銘を変えたりして誤魔化し、安物を高く売るための物で、日本刀であることに変わりはありません。

 なので、安い日本刀ならば偽物の心配はありません。

 都内しか分かりませんが、駅ビルなどでも売っているので、お土産にどうぞ。

 後は、タマネギのついた建物の前にもありました。

 安い物ならば5万円くらいから売ってます。

 勘違いしている方が多いのですが、現代の日本刀は武器ではなく美術品です。

 掛け軸や壺なんかと同じ物になります。

 銃砲刀剣類所持等取締法には、日本刀は含まれていません。

 本物ならば誰でも所持できます。

 日本刀でない刀や薙刀なぎなた(長刀)や模造刀は違法です。

 銃と違い、必要なのは許可証ではなく、本物だというです。


 カーバイド(炭化カルシウム)とは、簡単にいうと

 CaC₂+2H₂O→C₂H₂+Ca(OH)₂

 という事です。

 コークスと生石灰を,電気炉で2000 ℃ 以上に加熱してつくります。

 水を加えるとアセチレンが発生します。

 アセチレンバーナー等に使われていますね。


 三日後、護衛出発直前に男は工作を始める。

 乾燥させた何かの胃袋に、カーバイドの小片を2~3個入れる。

 そこに水を入れ、素早く口を閉じて縛る。

 火に近づけると爆発する、簡単な爆弾のできあがりだ。

 ダメージ目的ではなく、トカゲの注意を引く為のものだ。

 転がした松明とでも一緒に置いておけば、ちょっとした時限爆弾になる。


 簡単に作れますが危険なので、良い子は真似しないでください。


 地下4階まで転送して、5階は先行した健太組以外は戦闘にならなかった。

 6階に着くと健太組が先行し、沼地に続く二本の通路に土竜とリト達が入る。

 それぞれ脇道の入り口、大通りには別のパーティーが警戒と連絡用に待機する。

 リザードマンの群れに気付かれないように、光の翼に守られた本体が通っていく。

 土竜の方が騒がしくなった。

 ヒロ達がリザードマンと戦闘になったようだ。

 この沼はリザードマン達の集落になっていて、次々と寄ってくるらしい。


「出番かな。リト、奴らの注意を惹き付けるぞ」

「あい。任せて」

 リトが沼の方へ駆けて行き、床に木片とおがくずを置いて、マッチで火をつける。

 男の作った簡易爆弾を置いて、走り戻る。

 通路は沼の近くだからか、ジメジメしていて、苔も生えている。

「滑るな……もう少しさがるか」

 リトが戻って来たところで、大きな音と共に胃袋が爆発した。

 爆発した辺りがススに包まれる。


「手槍だ」 「あい」

 槍を手渡したリトは、いつも通り少し後ろに控える。

 大分離れた後方で、警戒組が心配そうに見ている。

「来たか」

 リザードマンが沼から上がって来る。

 いきなり、かなりな大物が出て来た。

 2M以上ある巨体で、槍を持っている。

 お互いに槍を構え、睨み合うトカゲと男。

 合図もなく、同時に動き出した。

 トカゲの槍が突き出され、唸りを上げて男の顔を掠めていく。

 大きく踏み込んだ男が手槍を突き上げると、喉を貫き頭に穂先が顔を出す。

「まずい……やっちまったか」

 深く刺し過ぎた。

 深々と突き刺さった手槍は、抜けなくなってしまう。

 いきなり武器を一つ失った男に、ゾロゾロと沼からリザードマンが迫る。


 後ろに手を伸ばすと、リトが刀を握らせる。

 新たに手に入れた胴田貫風の打刀だ。

 振り下ろされるシミターをくぐり抜け、脇腹を切り裂く。

 動きを止めたところに、とどめの一撃を加え確実に仕留める。


 シミターとは薙刀なぎなたの刃のような反りの強い剣です。

 元はペルシャのシャムシールが英語圏でシミターになったとかいう説があります。

 シャムシールはペルシャの剣です。

 日本語だと剣、英語だとソードと、ほぼ同義語です。

 スープとポタージュと汁、みたいなものです。

 日本では偃月刀えんげつとうと呼ばれたりします。

 シミターではありませんが、日本で青龍刀といわれるものは柳葉刀だったりします。青龍刀は薙刀のような長い柄のついたものです。


 男の左前から槍が突き出され、右からシミターが振り下ろされる。

 突き出された槍の下にもぐり込み、肩で突き上げた槍でシミターを弾く。

 刀をサッと振り、目の前に来た槍を握る指を切り落とす。

 落とした槍を左手で受け止め、その後ろから迫るリザードマンを貫いた。

 指を斬られ怯み、少し頭を下げたところを斬り上げる。

 首筋を切り裂かれ、血を振り撒きながら倒れる姿に、シミターを振り下ろした一体が視線を向ける。その隙を逃さず、伸び上がり刀を肩口へ振り下ろす。

 胸下まで切り裂いて、血を噴き出す体に足を掛け、無理矢理刀を引き抜く。


 家で寝ていたら、突然大きな音で起こされ、様子を見に出て行ったところ、あっ、というまに5体の身内が殺された。

 リザードマンにしてみれば理不尽な酷い状況だった。

 集まってくるリザードマン達は怒り狂っているのか、恐れているのか、雄叫びか悲鳴なのか、喉から奇妙な音を出し身構えている。

「まったく何匹いるんだ。続々集まってくるな」

 男の目の前に8体いるが、さらに奥から向かってきているようだ。

 爆弾はやりすぎだったかと、今更後悔していた。


 手前の2体が揃って、男に襲い掛かる。

 大きくあけた口へ、横に傾けた胴田貫が突き入れられる。

 平突きが口中から頭を貫く。

 刀を持ったまま体を回転させ、刺さった刀を抜くとその勢いのまま、もう一体に叩きつけ斬り倒した。

 倒れた死体が邪魔にならないように、少し後ろへさがって、胴田貫を構える。

 ……が、それは根元近くで折れていた。

「もったいない……無理をさせたか」

 心の中で手を合わせ、刀に詫びると残った柄を手放し、後ろへ手を伸ばす。

 声を掛ける間もなく、男の手に野太刀が握られ、抜刀される。

 そこで後ろから声が掛かった。

「本体は通過しました。退いてください」

 野太刀を振るいリザードマンの首を刎ねる。

 手前右側の一体を袈裟懸けに斬り、返す刀で隣の反応できていないのを斬り倒す。

 さらに踏み込み八の字に太刀を振り、二体を倒して後ろに退く。

 怯んだリザードマン達を睨みつけ、太刀を構えたまま、後退していく。

「後は引き受けます。本体を追って下さい」

 大通りで待っていたパーティーに後を任せ本体を追っていく。


 リザードマンは沼へ引き揚げていった。

「なんだこりゃ……」

 リザードマンの死体が9体転がっている。

「あのおっさん……ホントに人なのか……」

 後を任されたパーティーは呆然と立ち尽くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る