第27話 蝶の羽搏き

「なかなか四郎はみつからないなぁ」

 一郎が呟く。

「そんな事より警戒しろよ。この階は面倒なのが多いんだから」

 次郎が注意する。

 一郎、次郎、三郎、五郎は、名前だけで組んだ4人パーティーだ。

 抜けているシロウを仲間にするべく、異世界に来るのを待っている。

 彼等は地下3階へ『アルミラージ』狩りに、降りて来ていた。

「あっ……」

 松明の灯りだけでは満足に見渡せない中、三郎がひっかかる。

「逃げろぉ!」

 殿しんがりの五郎が叫ぶが、もう遅い。

 ファズボールがぜ、中身が飛び散る。


「なんだ?」

 後ろの方で叫び声が聞こえた。

「まずい! 誰かファズボールに引っ掛かったぞ」

 一郎達の少し奥にいた6人組が、爆ぜたファズボールに気づいた。

 4人の男に虫が群がる。

「走れ!」

 巻き込まれたら終わりだ。

 6人の男達はそれこそ死ぬ気で、死に物狂いで走り出す。

 他の階層までは追ってこない事は知っていた。

 ここからでは上への階段には戻れないが、とにかく階段へ走る。

 重い鎧をものともせずに、男達は地下3階を駆け抜けた。


 地下4階まで生きて辿り着いた4人は息を整える。

 犠牲は2人で済んだようだ。

「仕方ないよな……助けになんていけないし……」

 ムカデに攫われた仲間の、あの目が忘れられない。

「はぁ……はぁ……ふぅぅ。此処だって安全な訳じゃないんだ。行こう」

 歩き出した途端に見つかった。

 不気味に歪んだ大きな剣を2本両手に掴んだ、鹿の様な大きな角を生やした男。

 4階に降りて来た男達を見つけたハーンが、両手を振り上げ雄叫びをあげる。

「やばい! 集まってくるぞ」

「こっちだ! 走れ走れ!」

 ハーンの雄叫びで、レッドキャップが走ってきた。

 血飛沫を上げ倒れる仲間が視界に入る。

 ハーンが駆け寄って来る前に、別の道へ駆け出した。

 3人は泣きそうになりながら、奥の転送陣目指して必死に走る。

 少し開けた場所へ出た。

 此処を抜ければ転送陣はもうすぐだ。

「すまん!」

「悪いな!」

「ごめんよぉ」

 3人は謝罪の言葉を投げかけて駆け抜ける。


「なんだ? 何か来るぞ」

「くそっ、増援かよ」

 地下4階の少し開けた場所で、男達はレッドキャップと戦っていた。

 そこへ3人の男が駆けて来る。

「おい。お前ら!」

 止める間もなく走り抜けていった。

 モンスターをなすり付けて。

「ぐぁ……」 「ぎゃあ!」

 一体のレッドキャップを相手に、なんとか戦っていた6人だ。

 切り裂かれ血を振りまいて、時間を稼ぐ間もなく、次々と倒されていく。


「暫くは地下6階でトカゲ狩りだな」

「にく。リト、トカゲ肉好き。しっぽの付け根のトコとモモが好き」

 分厚いステーキを食べて来たばかりの、リトがトカゲに反応して涎を垂らす。

 男は非戦闘員を8階まで護衛するまで、6階あたりで肉と素材を集める事にした。

 光の翼が中心になり1~2階で練習しているので、数日待つことになったのだ。


 酒場のいつもの席で、リト達の朝食が終わった所に、健太が声を掛けてきた。

「丁度よかった。今いいかい? 8階の話だ」

「どうぞ。食事が済んだところです」

 健太が男の隣に座る。

「戦えない奴らはでっかい楯を持たせて、固まらせて光の翼が護る事になった。」

「変態と芸人集団には適切だと思いますよ」

「俺らは先行して露払いだ。アンタはモグラと後方の遊撃に参加して欲しい」

 リトの索敵で、近づくモンスターを見つけて倒していく仕事になった。

「わかりました」

「6階のリザードマンがちょいと厄介でな」

「数が居ますからねぇ」

「巣のある沼地からの道を、二ヶ所塞ぐ事になった。広い方はモグラが受け持つ」

「一人、狭い方でトカゲ達を止めろと……」

 6階の太い道から沼地へ二本の道があった。

 狭い方と言っても天井は高く、幅も5M以上あり、野太刀を振り回す事もできる。

「本体が通過する間、耐えてくれればそれでいい」

「無理そうなら逃げますよ?」

「あぁ、通路のかどにも数人配置する事になってる」

「バックアップですか」

「いや、後ろの警戒と連絡用だ。本体が通過したらこいつらが声を掛ける」

「沼には結構いるんですか?」

「ああ。村でも作ってんのかってくらいにな。ウジャウジャいるよ」

 面倒な事を引き受けたかも知れない。と、男は少し後悔し始めた。


 男はリトを連れ、転送陣で地下4階へ向かう。

 7階を通るよりは5階を駆け抜けた方がマシだったからだ。

 5階はぼんやりとだが、灯りがあるのも助かる。

「マスター。たぶん赤帽子……2体。その後ろにも何かいる」

 4階の転送陣から階段へ向かうと、男が一人走ってきた。


 地下3階から走り続けている男は、息も上がりフラフラになっていた。

 やっと転送陣まで辿り着いた。

 途中で巻き込んでしまったパーティーは全員やられたようだ。

 仲間も皆失ったが、これで帰れるんだ。

「こんな所で死ねない。向こうの世界で、アイツが待ってるんだ」


「ちっ……仕方ないか」

 男がバスタードソードを抜くと、リトは闇に紛れ姿を消す。

 走って来た男が、背から血を噴き出し倒れた。

 その後ろからレッドキャップが2体走ってくる。

 老人のような見た目なのに、相変わらず凄まじい速度だ。

 まともにやりあうと、面倒な程強いのは分かっている。

 獲物を仕留めた興奮で浮かれている隙に、一撃で倒すつもりで構える。

「ふぅ~……っ!」

 無言の気合で踏み込み、地擦りに構えた剣が老人を切り上げる。

 胸を深く抉り、顎を割り、顔を切り裂き、赤く染まった帽子を斬り飛ばす。

 もう一体のレッドキャップが走り込んでくる。

 さらに踏み込み、高く上がった剣が振り下ろされる。

 左肩から入った剣が右脇腹へ抜け、切り裂かれた傷から血が迸る。

 走って来た勢いで、男の脇を駆け抜けて赤帽子が倒れる。

 2本の剣を構えたハーンが駆けて来る。


「二刀流か…」

 二刀流は使いこなせれば、2人を同時に相手するよりも面倒だ。

 完璧な連携をしてくる、二つの武器を捌くのは厳しい。

 二刀持っていても何も考えず、ただ振り回すだけならば力が分散するだけだが。

 ハーンは大きな角も攻撃に使ってくるので実質4刀流か。

 男は左手で、逆手に脇差を抜いて構える。

 しっくりこなかったのか、順手に持ち替えると、剣と刀の二刀流で迎え撃つ。

 ハーンの左の剣が胴へ振られ、右手のバスタードソードが払い落とす。

 同時に、袈裟に振り下ろされる右手の剣に、脇差が擦り合わされ弾く。

 そこへ角が突き出される。

 男は仰け反って躱しながら、足を出して追撃を止める。

 腹を蹴られたハーンは剣を構えなおす。


 やはり角が邪魔だった。

 切り落としたいが、両手の剣を躱しながらでは厳しかった。

 動かずにいてくれればなんとかなるが、かなり硬い角を切り落とすのは無理だ。

 男の剣を角で受け、その腕に左の剣が振り下ろされる。

 角に絡み取られた剣を手放し、ハーンの一撃を躱すと脇差を叩きつける。

 右の脇の下を刀が切り裂く。

 その勢いのまま、回転しながら脇を擦り抜け、空いた右手で腰のナイフを抜く。

 ハーンの背に廻り込んで、逆手に抜いた魔法のナイフを腰に突き刺す。

 両手の武器を手放し、ハーンの膝裏を蹴って膝をつかせる。

 胸元のベルトから両手にダークを抜き、ハーンの首筋に振り下ろす。

 首に足を掛け、深々と突き立ったダークを抜くと、血を噴き出してハーンが倒れる。

「ふぅ……いきなりだな」

 リトが武器を拾い集める。

 追いかけられていた男は、既に息をしていなかった。

 リトを連れて階段を降りてから、簡単に手入れをして武器をしまう。


 男とリトが見た死体は一人だけだった。

 ついうっかりファズボールに気付かなかっただけで、3つのパーティが全滅した。

 死体はモンスターのエサとなり、また新たな日本人が呼ばれて来る。

 モンスターの数を減らす為なのか。

 奴らのエサとなる為なのか。

 普段、殺し殺される事のない日本人が、また迷宮に潜っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る