第26話 休養

「あれ? おじさんはまだ起きてこないの?」

 酒場のカウンターにみつるが来て、源三に訊ねる。

「今日は降りて来ないんじゃないか?」

「どうかしたの? トカゲ狩りに行くとか言ってたけど……」

 いつも二人が座るカウンター席の隣に充が座る。

「トカゲは2匹狩って来たんだけどな。負傷して寝てるんだよ」

「うわぁ。トカゲにやられたの? アレでっかいのに速いんだよね~」

「肋骨が2本折れたってよ。よく生還できるよな」

「なんだぁ~。今日は来ないのかぁ」


 大蜥蜴おおとかげ

 大きくても、所詮はトカゲだろうと思ったら、次の休みの旅行先はコモド島をお薦めします。おっきな140Kg程のトカゲがいますから。

 世界最大級のトカゲで、獲物は骨ごと丸かじりにします。

 体長はワニより小さめな3M程、何故か歯が……というか牙があります。

 島内最強の肉食動物なのに、何故か口の中に猛毒を持ってます。

 実は有毒のバクテリアだったりしますが、毒で獲物の動きを止めます。

 動きも速く、笑ってしまう程のスピードで走ります。

 殴りかかってみると、その強さが分かりやすいかと思います。

 そんなコモドドラゴンですが気性が大人しく、飼い馴らせるという噂もありますが、絶滅危惧種なので飼えないドラゴンです。

 迷宮ダンジョンのオオトカゲは、これより大きめですが毒がありません。

 ほぼワニですね。鱗と歯が違う程度です。


「誰か待ってるんですか?」

 リトを連れた男が朝食を取りに来た。

「動けるの!? 折れてるって……」

「ああ。肋骨ですから。2本だけなので、暴れなければなんでもありませんよ」

 息を吸う時鼻から小さく吸ってるのと、小声で話すくらいで普通に見える。


 個人的な経験から言って、肋骨なら数本折れていても動けます。

 油断して大きく息を吸うと、激痛がはしりますが。

 肋骨はたくさんあるので、二本くらいなら折れても平気です。

 そのまま肉体労働も出来ましたから。

 その時は他の骨も折れてましたが、なんとか働けました。

 ただ、医者は動くな! と、煩く言ってましたが、たぶん平気です。

 ただ折れた骨が刺さったり、外へ出た場合は平気ではありません。

 動いても平気だったというだけで、一切責任は持ちませんのでご注意ください。


「ははっ……あんま動くと折れた骨が出てくるぞ」

 源三が朝食を運んで来る。

 大きなハンバーガーとフライドポテトにジョッキに入っているのはコーラだ。

「ああ! コーラだ! こっちにもあるのぉ?」

 充が飛びつく勢いで身を乗り出す。

「こっちの世界にはないな。作ったんだ。炭酸水に色と香りを付けただけの、コーラモドキだけどな。充も喰っていくか?」

「食べる! あっ、いやハンバーガーはいらないや。コーラとポテトで。コーラが飲めるなんて泣いちゃいそうだよ。金貨を出してもいいくらいだね」

 充はデカすぎるハンバーガーは遠慮して朝食を頼む。

 リトはトカゲステーキをむさぼっている。


「なんなのよ! うちに帰してっ!」

 食事を始めると、後ろの方で女の子の怒鳴り声が聞こえる。

「異世界だの、化物だの、頭おかしいんじゃないの?」

 何かもめているようだ。

「なんです? アレは……」

「あぁ……稀にいるんだよ。此処に呼ばれる人間は、何故かすんなり異世界やら化物なんかを、受け入れられるんだよ。アンタもそうだったろ?」

 源三が溜息まじりに話しだす。

「確かに。何故かすんなりでしたね。よく考えるとおかしい事ですが」

「その異常な精神状態にならず、まともなままコッチに来ちまうのが、偶にいるんだよ。まぁ普通は異世界だの化物だの……なぁ? 無理だろう……」

「基本は道具屋の小林さんが対応してるけど、ああいう激しい人はあの人が担当するんだ。光の翼の渉外担当、佐藤さんだよ」

 充が解説してくれる。

 佐藤は三十路に見える痩身の男性で、清潔感があり綺麗な顔をしている。

「ふぅん……大変だねぇ」

 男は興味なさそうにポテトを齧る。


「げぇほっ! げほごほがほっ……ぐぅぇ……ひゅっ……ヒュ~……」

 苦しそうな、絞り出すような咳が聞こえる。

「今度はなんだ……え……?」

 男が振り向くと、おっさんが床にぐったりしていた。

「おじさん初めて? あの人も光の翼の人だよ。名前は知らないけど、喘息なんだってさ。たまにああやって悶えて転がってるよ」

 充がなんでもなさそうに説明していると、倒れていたおっさんが起き上がり、何事もなかったかのように食事を始めた。

 一緒にいる仲間達も、まったく気にしていないようだ。

「やっぱり翼ってのは芸人集団なんじゃないかな……」


「そうそう。あのさ、せっかくだから見てみたい怪物モンスターっている?」

 充がポテトをいじくりながら男に訊ねる。

「スケルトン……ですかね」

「え~地味ぃ。ドラゴンとかじゃなくて?」

「骨って、繋がってないでしょう。関節とかどうなってるのか見てみたいな、と。浮いたまま人型になっているのか、透明な人型の何かに入った骨なのか。気になりませんか? 頭蓋骨だけでも、下顎は別部品ですからね。気になります」

「そう言われると気になるかも」

「特に鎖骨なんて、筋でくっついているだけですから。浮いてるのか気になります。まぁ鎖骨はなんであるのか分からない、無駄な骨ですけど」

「なんか意味あって付いてるんだと思うけど」

「鎖骨がない知人がいますが、無くて困ったって話は聞きませんね」

「え……なんでないの? 生まれつき?」

「ぶつけて砕け散っただけです」

 二人がくだらない骸骨の話で盛り上がってる間に、リトは朝から2枚目のステーキを注文していた。興味は骨より肉のようだ。


「信長ってさ……」

「急ですね……急に思い出した事ですが、刀は引いて斬ると、よく言われますが引いて斬るのは長脇差なんか持った渡世人で、押して斬るのが侍の剣術だったそうですよ? し斬るっていうし。信長で思い出しました」

 充が急に戦国武将の話をしだし、男も急におかしなことを話しだす。

「え……そうなんだ。いや、そうじゃなくてさ」

「信長といえば、火もまた涼しって、どっかの和尚の話がありましたね」

 充がおかしくなった話を戻そうとするが、さらにずれていく。

「お寺ごと焼かれた和尚が言った言葉だっけ?」

「そうです。焼け死ぬ時に言ったそうですが、誰が聞いたのでしょうね」

「あぁ……聞いた人も死んでるよね。じゃなくてさ。戦国はどうでもいいんだって」

 充は聞いておきたい事があったので、話を戻そうとする。

「信長の暗殺って、おかしいと思ってますか?」

「ええ? 本能寺だっけ? 謀反で殺されたんでしょ?」

 そういえば日本刀が好きなおっさんだったのを、充は今更思い出した。

 戦国武将も好きだったかも知れないと。

「謀反を起こした犯人が誰かわかりますか?」

「へ? 明智小五郎だっけ? 秀吉に討ち取られたんじゃなかった?」

 小五郎は探偵だ。

 充はファンタジー好きであって、実際の歴史に興味はなかった。

「光秀ですが、命令したのは信長だと思います」

「は? ……え……ん?」

「そう考えれば本能寺の謎が全てすっきりしますから。戦乱の世を少しでも早く治める為、恐怖で支配して、統一寸前に他の人間に後を継がせたのです。最後の言葉は、『我が生涯に一片の悔いなし!』だったに違いありません。秀吉は次に託す人物を選定する役だったのだと思うのですよ。ちょっと欲が出ちゃっただけで」

「う、うん。そうだね」

 語りだした男にかき回され、充は何の話だったか思い出せなくなってしまう。


「充、何か用事があったんじゃないのか?」

「そうだ! そうだった。頼まれてたんだよ」

 源三の言葉で、頼まれごとを思い出した。

「何かありましたか?」

「8階みたでしょ? あそこを調査したらさ、安全そうだってわかってね。8階にもさ拠点を設けようって話になったんだよ」

「そうですか。それはいいですね。下にもあれば楽だし」

 光の翼、土竜、健太組の3PTが中心になって、8階を調査したらしい。

 その結果、中継地点として拠点にできそうだ。という話になったらしい。

「地上で働いている人の中から、希望者を募って8階まで護送しよう。って事になったんだ。転送陣は一度戻って来た人だけしか使えないからね。一度は8階まで辿り着かないといけないんだ。その護衛を手伝って欲しいってさ」

「はっはっは。お断りします」

「それで護衛なんだけどさ……えっ? は? ……なんでさ!」

「他人と連携はとれません。だからソロでやってるんですよ。拠点は嬉しいので手伝いはしますが。先行して露払いか、どこかの通路で足止めか。そんな使い方でお願いします。取り敢えず地下4階まで、行けるようになったら教えて下さい」

 男は大勢で何かするという事が苦手であった。


「非戦闘員にはジュラルミンの楯を持たせて、密集させる予定だってさ。ファランクスシフト(槍なし)って言ってた。3階のファズボールとムカデ。4階は赤帽子が問題なんだってさ。おじさん、どうにかしてよ」

「ファズボールはどうにもできません。戦えるのは一対一での話です。守りながらは無理です。戦い方が護衛向きじゃないんですよ。やはり、どこかの道を塞ぐような使い方でお願いします。手伝うのはやぶさかではありませんよ」

「わかったよ~。そう伝えとく。まぁ何度か練習してからだし、そんなすぐに参加してもらう話ではないけどね。早めに怪我、治しておいてよ」

 8階に拠点ができれば、かなり楽になる嬉しい話だ。


 しかしその男は馬鹿なのか。

 2日後迷宮に入り、左手の指2本と右足の親指も骨折して帰ってきた。

 折れた骨が2日でつくものかと、医者にも、源三にも小林にもヒロにも健太にも、2週間おとなしくしてろと怒られる。

「むぅ……もう若くないのでしょうか。昔はすぐにくっついたのですが……」

「いやいや。2日は無理だろ。おとなしくしてろよ」

 監視される中、3日後抜け出し、トカゲを狩って帰ってきた。

 6階まで行って帰って来た男は、もう放っておくことになった。

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