第25話 殲滅

「なんだ……これ……」

 健太けんたは口を開けたまま茫然と立ち尽くす。

 後ろの仲間達も、その光景に言葉もない。


 階段を降りて地下8階に辿り着いた一行は動けなくなった。

 階段は高台にあって、眼下には広大な密林が広がっていた。

 何故か爽やかな風も吹いている。

 何よりも明るい。

 天井が何かで光り輝いている。

 中央には川も流れているようだ。

「マスター。この階。モンスターいない。たぶん……」

 休憩地点でも用意してくれたのだろうか。

 敵意や物騒な気配を感じない。


「いやいやいや……そうじゃない。今は上に戻るのが先だったな」

 気を取り戻した健太が、自分の顔をはたきながら緊急事態を思い出させる。

「ああ……そうでした。此処の調査などは後日するとして、転送陣は……」

 高台を降りた所に、転送陣らしきものはあった。

「よし。取り敢えず地上に戻るぞ。掃討戦だ!」

 健太の号令で魔法陣の上に移動する。

 4階の転送陣と同じように皆が光に包まれる。

「これ、どこに転送されるんでしょうね?」

 転送される寸前に男がボソッと呟く。

「あっ……そういう事はもうちょい早く……」

 転送先の事は、誰も考えていなかった。


 その少し前、入り口にヒロ達、モグラの6人が戻って来る。

「お待たせしました。僕らも参加します」

 みつるがパイクを拾って突き出す。

 たかしは自前の手槍で、まさるも大きなバトルアックスで参戦する。

 ギフトが魔法だった山城やましろは、後ろから光弾を放つ。

「ヒロさん! あの人が辿り着けたのですね」

 一人で送り出してしまった事を、かなり気にしていたエミールが駆け寄る。

「はい。あの人は7階の健太さん達を呼びにいきました」

「一人で7階へ……そ、そうですか。無事に戻って欲しいですが……」

「大丈夫ですよ、きっと。健太さん達もすぐに戻ってきます。それまで耐えますよ」

 ヒロも長槍パイクを受け取り、参加する。

 入り口を埋め尽くす程の亜人を、鉄柵越しに突き殺していく。

 ゴブリン達の死体が、積みあがっていく。

「ぶぉああぅおおおっ!」

 叫び声と共に、バグベアが突っ込んできた。

 ガシャン! と激しい音をたて、タックルを受けた鉄格子が曲がる。

 ギシギシと軋む嫌な音が激しくなってきた。

「もう無理だ。ここはもたない」

 誰かが叫んで後退しようとするが、ヒロが止める。

「健太組が帰って来る転送陣を守るんだ。ここを退くわけにはいかない!」

「すぐに応援が来ます! 持ちこたえてください!」

 エミールも、必死に槍を突き出し叫ぶ。

 鉄格子は転送陣を挟み、嵌めてあるが、ここを放棄するわけにはいかなかった。

 転送陣で戻ってきた健太組が、亜人達に囲まれてしまう事になる。

 ヒロは何故か思い込んでいた。

 4階の転送陣から戻ってくると。

 だが実際に8階から転送されてきた7人が、辿り着くのは別の場所だった。


 突如、格子の向こう側に光が溢れる。

 魔法陣が現れ光の中に人影が見える。

「マジかよ。ここに出るのか」

 健太のぼやきと共に新しい転送陣から、7人が現れる。

「そんな……今行きます!」

 ヒロは鉄格子を切り裂き助けに行こうと、剣に手を掛ける。

「だめぇ! あいつらが雪崩れ込んできちゃうよ」

 慌てて山城が抱きついて止める。

「でも、見捨てられないよ!」

「私を……見ろぉ!」

 格子の前でピチピチパッツン紫ブーメランパンツのムキムキ男が叫び声を上げる。

 光の翼のメンバー以外は、その男から目を離せなくなる。

「ふざけんな! こんなとこで使うなよ!」

 前線にいた、光の翼以外の全員が目を奪われ、戦闘出来なくなってしまう。


 JBBF(日本ボディビル連盟)では大会の規定ポーズに含まれない。

 そんなポーズ、モストマスキュラーで肩の三角筋、僧帽筋をアピールする。

 暑苦しい翼のサブリーダー、恵が吠える。

「やらせはせんぞぉ! 愛の伝道師。この白い翼がいる限り。手出しはさせぬわ!」

 転送された健太達から、亜人達の注意を自分に逸らす為、愛のギフトを発動する。

 両腕を上げてフロントダブルバイセップスで上腕二頭筋を見せつける。

 腕を下げラットスプレッドで広背筋を大きく広げる。

 さらに横を向くと、サイドチェストで胸の厚みを見せつける。

 効果範囲内のパーティーメンバー以外、全ての目が恵に向けられる。

 ゴブリンもオークもバグベアも、ヒロ達までも目が離せない。

 殺到する亜人に対して、防衛の手が減ったせいで、鉄柵がさらに軋む。

 だが恵は怯まず、笑顔でポージングを見せつける。


 叫び声で何をしているのか察した健太が、口元を緩ませる。

「アイツもおもしれぇおっさんだな」

 健太組は誰も慌てず、目の前にいた亜人を片付け、恵の効果を受けていない後ろの方にいた亜人を相手に身構える。

「ちょっと場所を開けて貰えますか? 大きな武器を使いますから」

 男が前に出ると、ゴブリンが跳びかかって来た。

 その手を掴んで捻り上げ足を払うと、ぽーん、とゴブリンの体が跳ね上がる。

 くるっと回った男から、左の足刀が宙のゴブリンに刺さる。

 後ろ回し蹴りがゴブリンを群れの中へ飛ばす。

 右側から振り下ろされたオークの剣を躱し、拳を打ち上げ顎を砕く。

 正面のゴブリンに左中段前蹴りが刺さり、その足を軸に、ゴブリンの上で回る。

 右の回し蹴りが、隣のオークを蹴り倒す。

 その後ろにいたオークが剣を振りかぶるが、男はそのまま体を捻る。

 回転して、左跳び後ろ回し蹴りを顔面に叩きこんだ。

 着地を狙い突っ込んで来たゴブリンの頭を掴むと、無造作に投げ捨てた。

 斧をふりあげ飛び込んできたオークの顔面に、突き出された左拳が刺さる。

 その後ろにいたゴブリンへ、右のこぶしが打ち下ろされる。

 左眉の辺りに拳を受け、ゴブリンの左目が飛び出す。

 ゴブリンを地面に叩きつけ、屈み込んだ処へバグベアが、襲い掛かる。

 地面に擦り付けるように伸びた、男の左の拳が跳ね上がる。

 突き上げるこぶしが、目の前に出て来たバグベアの顎を砕く。

 さらに、倒れたバグベアの頭を勢いよく踏みつぶす。

 頭だったものと中身が辺りに飛び散り、亜人達が怯む。

 男の右手が後ろへ伸びた。


「やべっ……おいっ、お前ら退さがれ!」

 何かを感じた健太が仲間を後退させる。

 何処にいたのか、気配を消していたリトが前に出て背の大きな刀を差しだす。

 男がそれを握ると、リトが気持ち悪いくらいの速度で後退し、抜刀される。

 男が野太刀を振るい、亜人の群れを薙ぎ払っていく。

「ははっ……とんでもねぇな。俺達も働くぞ。変態の効果は長くなかった筈だ」

 健太組も鉄格子に群がる亜人達を、背後から片付けていく。


 粗方片付くと、健太組が格子戸の前の死体をどかし、防衛組も掃討に参加する。

「なんとかなりましたね。被害は鉄格子くらいのものです」

 やっと緊張がとけたエミールが、翼の巫女みこに声を掛ける。

「ええ。危ない所でしたが……新しい転送陣まで……」

「そうですね。恐らく8階からでしょうか。最下層は11階以降になりそうですね」

「よぉ。エミール様よ、待たせちまったな。間に合ってよかったぜ」

 そこへ健太も寄って来た。

ち兼ねましたよ。……様はやめて下さい。エミールで結構です」

「でもなぁ……偉いんだろ? 立場ってもんがあるだろうよ」

「侯爵様だからね。セレブだもの」

 土竜もぐらも戻って来て、充が声をかける。

「そんなに有名なんですか?」

 リトを連れた血塗ちまみれの男が戻ってきた。

「有名なの?」

 充が答える。

「セレブだって言ってたので」

「偉い貴族だから、お金持ちだろうと思って」

「それならブルジョワジーでは? セレブレティは有名人ですよ」

「え……お金持ちだと思ってた」

 充はセレブを金持ちだと思っていたようだ。

「貧乏貴族でも社交界で有名ならセレブですね」

「古い家なだけで、有名でも金持ちでもありませんよ。……今はね」

 エミールがそんなことはない、と否定する。

 大人しい顔だが、野心はあるようだ。


「まぁ、どっかの国のような大惨事にならなくてよかったな」

 健太の言葉に皆頷く。

「すぐに柵は新しく設置させます。奥にも一つ増設ですね」

 鉄柵の部分も格子に強化して、すぐに新しくするとエミールが請け合う。

「そうだ。それよりもよ、地下8階がものすげぇんだよ」

 8階で見た光景が、その場で皆に伝えられ騒ぎになった。

 リトを連れた男は、こっそりと抜け出し宿に帰って行った。

「疲れたなぁ。風呂入って寝るか」

「うぃ~」

 騒いでいる連中に加わる気はないようだ。

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