第22話 氾濫

「また、どっさり買わされたなぁ」

 リトを連れて道具屋へ行くと、タリーに出会ってしまった。

 消耗品を買いに行ったのに、またリトの服を何着も買わされてしまう。

 男は服なんて、ズボンと2~3枚のシャツがあればいいと思っていた。

 自分の物なら断るが、リトの服だと断れなかった。

 リトも、服には然程興味がなさそうだったが、マメに着替えてはいる。

「はぁ……何してんだろうなぁ」


 酒場に入ると、珍しくエミールがいた。

 話している相手の女は、先日見かけた光の翼のリーダーだ。

 巫女みこを名乗るギフト持ちらしいが、細身の華奢な体をしている。

「とても闘えるようには見えないけどな」

「戦闘はしないらしいぞ」

 ボソッと呟いたのを聞いた源三が答える。

「そうなんですか? 司令塔みたいなのでしょうか」

「効果は強力だが、本人は戦闘に参加できなくなるギフトらしいぞ」

 面倒くさそうな能力だ。

「サブリーダーの変態が敵の注意を惹き付けて、みんなで殴るって戦法らしいな」

「彼女のギフトは気になりますが、戦闘は見たくありませんね」

 近づくと恵のギフトで、変態のおっさんから目が離せなくなるだけだ。


「なんか詰まってるな」

「うん。みっちり詰まってる」

 地下二階への階段はパッと見、なんだか分からない肉塊で埋まっていた。

 もぞもぞと蠢く肉塊は、ゴブリンやオーク達モンスターだった。

 一斉に階段を通ろうとして詰まったようだ。

 そこへさらに押し寄せて来て、みっちり詰まっていた。

 猫だとかわいいが、これは醜悪すぎる。

 話題のルーキー五人組は、そんな階段を見下ろしていた。


「よし。俺が焼き払ってやる!」

「はぁ? バカ、やめなさいよ! そんなことしたら……」

 燈火とうかが止めようとするが、信也しんやの方が早かった。

「焼き尽くせ。焦熱地獄インファーノウ!」

 黒い炎が狭い階段に満ちて、詰まっていた亜人達を焼き払う。

 技名はその時の気分で叫んでいるだけなので、特に意味はない。

「後ろにまだ居たらどうすんのよ! 溢れ出してくるじゃない」

 燈火が怒鳴る。

 ぶわっ! と肉塊が盛り上がり、地下二階から化物達が飛び出してくる。

「あ……」

 信也が波のように押し寄せる群れに飲まれる。

「うわぁ……これは……」

 亜人の群れが階段から、途切れる事なく溢れ出して来る。

 それを前に恭弥きょうやは、全てを諦め思考が停止して立ち竦んでしまう。

「う、うわぁ! 風……かぜぇ!」

 駿しゅんが風の刃を振るおうとするが、慌てすぎていて微風そよかぜが吹くだけだった。

「ばか信也! こんな距離じゃ炎もだせないじゃない」

 燈火の渦巻く炎では、仲間も自分も巻き込まれる。

 ギフトが協力過ぎた所為もあり、それ以外の戦い方を知らなかった。

 身体能力も精神力もただの少年少女なので、こんな状況では何もできない。

「う、うわぁあああっ! くるなぁっ!」

 パニックを起こした智哉ともやがギフトを使ってしまう。

 目の前が真っ白になる。

 駿と恭弥と自分を巻き込んで、周囲を電流がほとばしり駆け巡る。

 瞬きどころか、反応もできずに巻き込まれ、痺れて倒れる。

 運がいいのか悪いのか、燈火だけは暴れる電流から逃れていた。

「ひっ……うそ……や、やめ……ひぎゃああああっ!」

 広い通路を埋め尽くすゴブリンやオーク達が少女に飛び掛かる。

 麻痺して動けず、意識もない仲間達と一緒に、燈火も体中を喰い千切られる。

 どこから湧いてくるのか、一階の亜人達も津波か雪崩のように出口へ押し寄せる。


 酒場に衛兵が駆け込んできて、エミールに何か報告している。

 エミールの顔色が変わっていき、立ち上がり叫び出す。

「みなさん! 至急、迷宮の入り口へ向かって下さい!」

 何かエミールと打ち合わせをしていたのか、翼の巫女も酒場を出ていく。

「見に行ってみますか。リト、行くよ」

「うぃ~」


 迷宮の入り口に嵌め込まれた、二つ目の鉄格子に魔物が群がっていた。

 ゴブリンとオークがみっしりと、ギャアギャア叫びながら殺到していた。

 もう一つの迷宮で大惨事になったものと同じだろうか。

 あの魔族が何かしたのだろうか。

 分からない事が多い中、管理担当者エミールは、出来る限りの準備をしていた。

 巫女、ヒロ、健太等と打ち合わせして、衛兵を増やし、武器も用意していた。

 光の翼の一団か、20人くらいが衛兵と、槍で柵越しに攻撃している。

「槍を用意してあります。使える人はお願いします!」

 エミールが叫んでいる。

 パイクだろうか。

 大量に槍が積んである。


 パイクは5m前後の長い槍です。

 見た目ほど重い物ではありませんが、端を持って振り回せる程ではありません。

 軽い物なら3Kg程度ですが、その長さの為待ち受ける使い方になります。

 柄頭の部分、石突いしづきを地面に突き立て、足で押さえて穂先を前方へ向け構えます。

 騎馬相手の嫌がらせに使ったり、相手部隊の進行を止める役割でしょうか。

 個人で携帯する物ではなく、軍隊などで、隊列を組んで使用しましょう。


 そんな長槍で柵越しに攻撃を始める。

 だが魔物達の勢いは衰えない。

 鉄格子も軋み、いやな音を立てている。

「丁度いいところへ。貴方に頼みたいことがあります」

 エミールがリトを連れた男に駆け寄って来た。

「土竜と健太組の皆さんが必要です。呼んで来て貰えませんか?」

「必要なのは分かりますが……宿にはいないみたいですよ?」

「土竜は6階で素材集めをしています。健太組は8階を目指すと言っていました」

 主要パーティーの行先は把握していたようだ。

「5階迄しか行った事がありませんが、辿り着けると思っているのですか?」

「当然です。実際には見ていませんが、報告を上げてくる部下を信用しています」

 誰がどんな報告をしているのだろうか。

「そうですか。まぁ、行くしかなさそうですね」

 戦力として2つのパーティーは欲しいが、呼びに行くのに戦力を割けない。

 それならば、一人でも辿り着ける可能性がある男に行かせよう。

 と、いうところか。

 他人に興味がない男だが、溢れ出て来た魔物の群れに全員殺されればいい。

 と迄は思っていなかったようだ。

 迷宮を囲む結界からは、男も出られない。

 魔物が溢れ出したら男も逃げ場がなくなるので、仕方なく協力する事にした。


 リトがいれば、探し回る手間も省けるかもしれない。

「行くぞリト。7階まで駆け抜ける」

「あい」

 二人が転送陣に乗ると、光に包まれ4階へ転移する。

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