第21話 ルーキー

「また騒がしいですね。今度は何事ですか?」

 リトを連れて朝食をとりに酒場へ入ると、また騒がしい一団がいた。

「今度のは凄いぞ。ルーキー五人組だが、全員がギフト持ちだってよ」

 源三も少し興奮気味だ。

「そりゃあ豪勢ですねぇ。急に手に入れた、いつ消えるか分からない力に頼れるのは凄いと思いますよ。苦労していない力は、どうも信用できなくてね」

「まぁ、そうだけどなぁ。五人全員が攻撃系ギフトってのは、初めてだしな」

「前回のマシューはどうしたんですか?」

「マシュー? なんだそれ……」

「前騒いでいた期待の大型新人ですよ。大型新人といえばマシューかな? と」

「ああ、あいつな……一階でゴブリンに殺されたってよ」

「それは残念。今度は頑張ってくれるといいですね」

「まぁな。さぁ、今朝はイタリアンだ。お嬢はきじの丸焼きだ」

「いやっはー! にくぅ。丸焼きにくぅ」

 肉ならなんでもいいのか、リトは無邪気にはしゃいでいる。

 今日のイタリアンは

 見た事ない魚の水煮アクアパッツァ

 キノコとベーコンのソテー

 カボチャのスープ

 豆とチキンのクリーム煮

 今日のパスタはエビとアボカドのタコス風マカロニサラダ

「スープはおかわりもあるぞ。たっぷり召し上がれ」


「アイツが魔族を退けたってよ。初心者殺しもったって」

「調子に乗ってるみたいだな。俺が少し遊んでやるよ」

「泣かせてやって下さいよ。井岡さん」

 テーブル席にいた三人組の男達が、物騒な話をしている。

 隣のテーブルでそれを聞いてしまった健太は、ため息をいて一人出ていく。

 仲間は苦笑して見送った。


「おい。おっさん。近頃派手に名を売ってるらしいな」

 カウンターに寄って来た男が、食事を終えたリト達に絡みだした。

「おいおい。他所よそでやってくれねぇかなぁ」

「俺は井岡 久三郎きさぶろうってんだ。どんなもんか試しに来たぜ」

 源三が面倒くさそうに止めてみるが、井岡は聞かなかった。

「名乗った覚えはありませんが。何という名が売れたのですか?」

「なに……名……なんだったかな」

 本人すら知らないのだから、名が分かる訳がない。

「ぶふぉ!」

 いきなり何故か源三が噴き出した。

 井岡の反応がツボだったようだが、バカにされたと思った井岡が猛る。

「うるせぇ。勝負してやるよ。こんな奴隷のガキ連れて、何ができるってんだ」

「あっ、ばか……」

 源三が止める間もなく、井岡は座っていたリトの頭をパンとはた

「うぅ~……なぁにぃ。いたい~」

 ラキスが跳びついてきたリトを抱き上げる。

「リトちゃんを泣かせる奴は、生かしておく必要ないね。やっちまいな。アタシが許すよ。今夜のシチューに入れて、お前の仲間に喰わせてやる」

「兄さん。調子に乗りすぎたね」

 源三もかわいそうな、哀しそうな目で井岡を見つめる。


 突然、何も言わずに立ち上がった男が殴りかかる。

 左足を踏み出した男の、右拳みぎこぶしが井岡に放たれる。

 井岡 久三郎は、肘が上がった大振りの右フックを見てニヤリと笑う。

 井岡という男は日本で、柔術家を名乗っていた。

 迫る男の手首を掴み、捻ると投げをうつ。

 殴りかかった男は、無様に床に伸びてしまう。


 ……はずだった。

「ぶゅっ!……っ」

 まるで昔の漫画のように、井岡の顔に拳が埋まる。

 まっすぐに突き出された右拳が、井岡の鼻を潰し、鼻ごと顔を砕いて殴り倒す。

 血やら、骨やら、飛び散らかせながら転がり、ピクピク痙攣している。

「ふん。柔術か何かやってるんだろう。何か狙ってそうだったんでな……仕掛けた」

 左に代えて右足を前に出し、肘をたたんだ。

 拳の位置は変わらず、軌道はフックからジャブに変わる。


 人の目に映るものは全て、脳が自動で補正を入れています。

 今までの知識を経験で予測し、一部を修正、補正して見せているそうです。

 見えている気になってるだけで、ある程度の予測で人は動いているものだとか。

 野球でボールの下を叩く、ボールが伸びるというのは、この予測のせいです。

 予測よりも、ボールが落ちなかっただけのことです。

 スロットのリールを見てから押してると思い込んでいるのも同じです。

 人の神経は電気信号を伝達しますが、光の速さで伝わるわけではありません。

 光速で伝わると、衝撃波で人の体が消し飛ぶからです。

 人の反応速度では時間的に間に合いません。

 実際は予測とタイミングです。

 ちなみに、前後に動く物を捕らえるのが動体視力で、横に動くのは瞬間視力になるそうです。動体は生まれつきですが瞬間は鍛えられるそうです。


 フックの軌道を予測して掴もうと手を伸ばしても、実際の軌道はジャブなので、そこに掴むべき手首はあるはずもなく。

 何故掴めなかったのか、分からないまま井岡の意識は飛んで行った。

 丁度出口付近へ転がった久三郎を、健太が掴んで崖下へ放り投げる。

 健太はどうせこうなるだろうと、先に隣の医者を呼びに行っていた。

 しかし、思っていたより綺麗に顔が潰れていたので諦めて捨てた。

「助かるなら助けてやろうと思ったが、面倒くさくなった。死ねばいいさ」

 酒場の中では仲間の二人が、ラキスに殴り倒されていた。


 話題のルーキー五人組が迷宮を進む。

 不思議な力を手に入れて五人共、余裕で最下層に辿り着く気でいた。

「ゴブリンか。一体なら僕にやらせてくれ。基本、単体用ギフトなんでね」

 四人は少年に任せて少し退く。

 少年の名は駿しゅん。ギフトは風の刃だった。

疾風剣しっぷうけん

 風を操り、見えない刃が敵を斬る。

「おっ。集まってきたな。次は俺だ。演出向けじゃない能力」

 ゴブリンが集まって来ると、もう一人の少年が前に出る。

智哉ともや、派手にやっちまいな」

「見た目は派手でもないけどな。舞い踊れ。デス放電サージ

 一瞬。一つ瞬きをする間。轟音が響く。

 パッと明るくなった気がすると、ゴブリン達は焼け焦げて倒れていた。

 殆どの生物が反応できない速度、ほぼ光の速度で電流がほとばしる。

 轟音がオーク達を呼び寄せた。

「もう少し、静かに済ませられないものかな」

 すました少年が進み出る。

「凍てついて眠れ。静謐コキュートス

 冷気がオークを包み、優しく抱きしめるように静かな死へいざなう。

 恭弥きょうやは冷気を操れる。

 密閉されている訳でもない空間を冷やし、動き回る生物を凍死させる。

「おっ。なんか楯持ったオークがいるぜ。焼き尽くしてやろう」

「待って信也しんや。ちょっと試してみたい事があるんだ。譲ってもらうよ」

 駿が何かやりたいようだ。

「まぁやってみな。ダメなら俺が焼くさ」

「真空の刃で空間を斬る。虚空斬こくうざん!」

 楯に傷一つ付けず、オークが真っ二つに切り裂かれる。

「やるじゃん。次こそ俺の番だぞ」

 ゴブリンの集団に信也が向かおうとすると、ゴブリンは渦巻く炎に巻かれる。

「お先に。渦巻ファイアストーム

「ああ。ずるいぞ燈火とうか

「ふふ……早い者勝ち」

 少女は炎を操って、ゴブリンの集団を屠った。

 大物が少年達の前に現れる。

「バグベアって奴か? レアなんだっけ? 焼き尽くせ地獄インファーナル業火フレイム

 黒い炎がバグベアを焼き尽くす。

「こんなもんか。楽勝じゃね?」

「一気に最下層まで行けんじゃね?」

 五人の少年少女は強力なギフトを授けられていた。

 攻撃名は自分達で考えて、勝手につけた物だ。


「地下一階から、随分と敵が多いんだな」

 やたらと敵に会い、殆ど前に進めない中、恭弥が疑問を口にする。

「だよねー。ちょっと多すぎない?」

 燈火もおかしいだろうと言い出す。

「まぁ。纏めて倒せてお得じゃね?」

 気楽な信也は気にしていないようだ。

「いや。……おかしくない? 普通の人は武器持って戦うんだよね」

「この数と?」

 智哉と駿も数が多すぎると言い出した。

「でも、もうちょいで階段じゃないかな? 二階も覗いてみようぜ」

 信也が皆を宥めて先へ進む。


「なんだ……これ……」

 信也達は階段に辿り着くが、降りる事は出来なかった。

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