第20話 魔族

「貴様……まだ、何かする気だな」

 諦めたのかと思っていたが、人間の目はまだ強い光があった。

 その黒い剣士は強い者と闘いたい訳ではなかった。

 何もできず泣き叫ぶ人間を狩りたいだけだった。

 何か企んでいるのならば、見てみたいと思うよりも、潰しておこう。

 と、考えた。

 もう少し遊んでからにしたかったが、何かをする暇も与えず首を刎ねる事にした。

 男に向かって走り、首へ剣を振る。


「リト!」

 右手を後ろに伸ばす。

「あい!」

 リトの背負っていた野太刀が、男の掌に差し出される。

 それを握ると、リトが凄まじい速度の摺足で後退し抜刀される。

 そのまま刀を回し左手も柄を握ると、首へ振られた剣を弾き返した。

「ぬっ! なんだそれは……どこから出したっ。何故折れていないんだ。」

 打ち合えば相手の剣を砕けると、信じ込んでいた剣士は狼狽える。

「これは世界一の刃だ。そんななまくらとは違うんだよ。次はその身で味わいな!」


 太刀が袈裟に振られる。

 剣を通さない鎧を着ている筈の剣士は、思わず身を退いて避けてしまう。

「避けたな……びびったかい?」

 右手を放した刀は、そのままの勢いで男の体の後ろに廻る。

「ふざけるな! 人間め!」

 後ろで右手に持ち替えられた刀が、衛星の様に男の体を周回して逆胴に振られる。

 剣士が剣を立てて受け止めようとする。

 左手が柄頭を握り、勢いをました刀がその剣を弾き飛ばした。

 鎧の脇腹にも切れ込みが入る。

「な……鎧がっ……バカな」

 斬れない筈の鎧に傷が付き、剣士はさらに慌て、狼狽える。

 剣士は怯んだ自分と、そうさせた人間に対し我を忘れ、目の色を変え怒り狂う。

「人間ごときがぁ! 死ね。死ね。死ぃねぇ!」

 怒りを込めた力任せの一撃が、真っ向から振り下ろされる。

 男の太刀が受け止めにいく。

 きっさきを下に向け、斜めに構えた刀のしのぎが剣を受ける。

 剣士の怒りの一撃は、勢いを殺され軌道を変え、滑っていく。

 剣を逸らした野太刀が、体勢を崩した剣士の兜を切り裂く。

「おのれおのれおのれ。お……のれぇ!」

 運よく躱せはしたが、そう何度も受けられるような、甘い一撃ではない。

 しかし男は、怒りに飲まれた単調な攻撃の方が、いくらかマシだと判断した。

 バカにしたようにフッと鼻で笑うと、ニヤついたまま斬りかかる。

 剣士を防御だけに徹しさせる為、刀を振り続け途切れさせず攻撃する。

「おっ……おおおっ……うぉおおおおおお!!」

 刀を振りながら、珍しく男が大きく吠える。

 血が噴き出しそうな程血走った目で、怒りに狂っていても、剣士の防御は硬い。

 休まず、止まらず、まるで吹き荒れる嵐のように。

 右から左から上から下から、襲い来る野太刀を全て、致命傷を避けて捌く剣士。

 やはり尋常ではない。

 剣士は人間ではなさそうだ。

 このままでは人間である男の方が、先に動けなくなりそうだ。


 自分の身長と変わらない野太刀を、自由自在に振り回すには男の体は小柄すぎた。

 流れるように逆らわず、勢いを殺さずに降らなければ、腕の力だけでは扱えない。

 相手の剣士は相当な腕だが、男は剣の修行をした訳ではない。

 今は刀を警戒しているが、落ち着いて立て直されたら厄介だ。

 男は一気に勝負を決める気で攻めたてる。


 喉を狙い刀が振られ、そのまま刀と一緒に廻る。

 背中を見せた男に剣士が踏み込んだ。

 一瞬見せた背中を斬ろうと、攻め込める剣士は流石だが、踏み込みすぎた。

 男の左足が、振り下ろされた剣の柄を蹴り上げる。

 剣を持った右手を、後ろ回し蹴りで跳ね上げられた剣士に、廻ってきた刀が走る。

 前に出た右足に体重を乗せる。

 キィン! と甲高い音を立て、袈裟懸けに剣士の鎧を削り裂く。

 真っ二つに切り裂けないのは、己の技術のせいだろうと男は分かっていた。

 両断とはいかないが、流石は日本刀。鋼でも銃弾でも斬れぬ物などない。


 だが黒い剣士も只者ではなかった。跳ね上げられた右手が強く握られる。

 男の体格では、武器の大きさに流されてしまい隙ができると、見切っていた。

 刀が鎧を削り、下へ流れる隙を狙っていた。

 頭上に跳ね上げられていた剣が、男の頭へ振り下ろされる。

 男はソレを待っていた。

 大きく踏み込んだ左足が、渾身の力で地を蹴る。

 膝も腰も、背筋はいきんも、全身を使って無理矢理、腕を突き上げる。

 袈裟に振られた刀の刃がひるがえり、跳ね上がる。

 燕返し。

 体中の筋肉と筋が悲鳴をあげる。

 何度も使えるものではないが、一度だけなら耐えられるかも。と、狙っていた。

 腕を捻って刃の向きを変え、逆方向に切り上げる。

 思っていたよりも負担が大きかったが、剣士も意表を突かれた。

「ぐぁっ! くぅ……」

 剣を握った右腕が宙に舞う。

「ぐぅおおおおっ! キサマァ!」

 高々と天を衝く刀が降ろされていき、後ろへ、脇に構えられる。

 飛んだ右腕を見上げる剣士の、切り落とされた腕の下を駆け抜ける。

 一閃!

 脇構えから車輪に回された野太刀が、剣士の脇腹を撫で斬り横手に飛ばす。

 鎧ごと脇腹を深々と斬り割られ、緑色の血を振りまきながら転がっていく。

「ぶはぁ……はっ……はぁ……はぁー。ふぅぅ。どうにかなったか」

 その手応えに、いつの間にか止めていた息を吐き出す。

 体中が怠くて痛い。力を使い切った気分だ。


「ぐっ……うぉおおお。くそぉ。人間めぇ」

 倒れた剣士が動き出し立ち上がる。

「まだ動けるのかよ……バケモノめ」

 男はもう倒れ込みたいのを堪え、必死で息を整えようとする。

「人間如きが、魔族である我に……よくも……よくも。ここも潰してくれる」

 もう限界で刀を振り回せないと、気づかれないように必死で刀を構える。

「ここも? お前が迷宮を創ってるのか?」

「奴を利用して、ヒトを狩って遊んでいたのに。こんなマネができる人間がいたとは。この傷では一度魔界へ帰るしかないが。覚えていろよ。100年もすれば戻ってこられる。次こそ貴様を切り刻んでやるぞ。生き残れよ。他の者は皆殺しだ!」

 黒い魔族は言いたい事だけ言うと、黒い炎に包まれて消えてしまった。

「何かする気みたいだな。……しんどい……帰るか」

 駆け寄って来たリトの頭を撫でてやる。


「黒い剣士は、他でも目撃されていました」

 リト達が拠点に戻ると、担当管理官のエミールが丁度酒場に来ていた。

 迷宮で出会った魔族の話を伝えると、エミールも黒い剣士の件で来ていた。

 土竜、健太組、光の翼等、主だったパーティーメンバーも呼ばれる。

 酒場に集まるとエミールから、魔族の情報が知らされる。

 援助を諦めた迷宮でも、魔物が溢れる前に黒い剣士が目撃されていた。

 モンスターか迷宮の構造に、何かできるのかもしれない。

 衛兵も増やすが警戒して欲しいという。

「個人的な伝手で得た情報ですと、他国でも剣士の目撃情報がありました」

 エミールは他国の機密情報も集めて来ていた。

「高位の魔族のようですが、迷宮を創りだした者ではなさそうです」

 誰かを利用しているような事を、喋った気もする。

「魔物か上層階に異変がないか、注意をしていて下さい」


 男は部屋に戻り、活躍してくれた野太刀の手入れをする。

 魔族の剣士の捨て台詞を思い出していた。

「100年もすれば……」

 魔族は人間とは寿命が大分違うのだろう。

 人間にとってどの程度の年月なのか、気付かなかったのだと思う事にした。

 100年戻って来られないのなら、もう会う事もないだろう。

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