第19話 黒い剣士

「おはようございます。今日は随分騒がしいですねぇ」

 リトを連れた男が朝食をとりに酒場へ入ると、騒がしい一団がいた。

「おはようさん。期待の大型新人だってさ。何でも剣道の有段者だってよ」

 源三が厨房から出て来る。

「へぇ。最下層まで頑張って貰えると助かりますね」

「大きな大会で優勝したとか。さらにギフト持ちだってよ」

「まぁ、朝食の方が興味ありますが」

「今朝は和食だ。嬢ちゃんはいつもの肉だな」

 御飯に大根の味噌汁に焼魚と根菜の煮物。きんぴらに茄子の味噌炒めと鹿尾菜ひじきの煮物。さらに木耳と大根のなますで大銅貨一枚と中銅貨二枚だ。


 鹿尾菜ひじきとはホンダワラの仲間で、As(砒素)を含む海藻です。

 食用にするのは控えるように。と、言われている国もありますが、日本では食べても大丈夫だといわれています。美味しいから。

 木耳きくらげはきのこです。

 耳みたいだからと食用にしない国もあります。

 なますは大根と一緒に千切りにして、小口切りにしたきゅうりと一緒に砂糖を入れた酢に漬けて、塩で味を調ととのえました。

 茄子なす玉葱たまねぎと一緒に自家製味噌で炒めました。


 朝からどんぶりでガッツリと食べると、今日は六階を目指す事にした。

 男はゴーレム用に打撃武器が欲しかったが、スレッジハンマーやウォーハンマーを持って歩く気になれなくて諦めた。

 20Kgほどある大きな武器を、担いで往復したくはなかった。

 使うとしたらモーニングスターだが、ストーンゴーレム相手くらいしか使い道がないのでやめた。他は土と肉と木らしいので、石がいたら逃げるつもりだ。


 鎖で繋いだ鉄球が付いている武器はフレイルです。

 トゲの付いた鉄球をモーニングスターといいます。

 正確には武器ではなく、武器の先についている鉄球がモーニングスターです。

 武器としては、フレイルだったりモールだったり、竿状武器ポールウェポンだったりします。


 転送陣で四階へ転移して、目の前の階段を降りる。

「ランタンはしまって、松明一本でいいか」

 五階は人の手が入った通路に変わっていた。

 壁も床も明らかに自然の物ではない。

 良く見えないが天井もゴツゴツした岩肌ではなさそうだ。

 ぼんやりと淡く光る球体が、等間隔で壁についていて、うっすら明るい。

 情報ではかなり入り組んだ迷路になっているらしい。

「とりあえずは右手……いや、左手の壁に沿って進もうか」

 分かれ道は全て左へ曲がって進んでいく。

 ベチャ……べちゃっ……と、何かを叩きつけるような音が近づいてくる。

「マスター。ゴーレムわかりにくい。索敵範囲狭くなるかも……」

 生物ではないからか、リトの索敵で感知しづらいようだ。

 前方から歩いて来たのは、死体で造られたフレッシュゴーレムだった。

 腐らないらしいので、新鮮なゴーレムでもいいのかもしれない。

「ゴーレムってのは弱点があった筈だが……」

 抜いた剣を構えた男は、ゴーレムの額の文字を探す。

 だが、近づいたゴーレムには頭がなかった。

 他の誰かと戦闘になり、頭部の殆どを破壊されていた。

 血抜きはしてあるようで、出血はしていない。

「どうする? 斬ってダメージとかあるのか?」

 取り敢えず斬ってみる。

 死体だからなのか、動きはゆったりとしている。

 捕まらなければ楽な相手だが、いくら斬っても怯みもしない。

「動けなくなるまで切り刻んでやる」

 腕が落ち、胸も腹も切り裂かれても、ゴーレムは動きを止めない。

 頭もなく、切り落とした腕も動かない。

 いったい、どこが本体なのか。どこまで刻んだら動けなくなるのか。

 胸に剣を刺したところで、ゴーレムが急に動きを止めた。

 俯せに倒れたゴーレムの背中に文字が入っていた。

ひたい限定じゃないのか。面倒な。体内とかにあったりしないだろうな」


 クレイゴーレムも戦った感じは、肉と大差なかった。

 ウッドゴーレムは魔法が効かないらしいが、使えないので意味もなかった。

「やっぱり石だけだな。やっかいなのは」

 数も少なく、迷路の方がやっかいなくらいだった。

「あとはガーゴイルがいるんだっけか」


 日本の鬼瓦にように、屋根についているガーゴイル。

 鬼瓦と違ってただの飾りではありません。

 雨樋あまどいの排出口として置いてあります。

 壁の漆喰にかからないように、貯まった雨水を口から吐き出す仕事があります。

 この迷宮のガーゴイルは、別に毒も特別な力もありません。

 居ると分かっているので、石像のフリも意味がない、かわいそうな存在です。


 少し開けた場所に出た。

 奥に階段が見える。

 アイアンゴーレムがボスのように居座っていた場所のようだ。

 相打ちになったそうだが、以前通ったパーティーが倒してくれていた。

 おかげで厄介な相手と戦わなくてすむ。

 しかし、最後でストーンゴーレムに出会ってしまった。

 運悪く、階段前で待ち構えている。

「脇を擦り抜けて降りるか……殴るか」

「マスター。なんか来る。階段上がって来てる。一体だけど、やばそう」

「下から?」

 階段を通ってくるなら、モンスターではないのか。

 だが、リトが人だといわなかった。

 ゴーレムが縦に真っ二つに切り裂かれる。

 そこには鎧を着て、剣を持った人型のナニカがいた。

 石像を切り裂く剣を持っている。

 鎧は黒いプレートアーマーだった。

 真っ黒なサーリットで顔は見えない。

「サーリット……イタリア人か?」

「人間よ。あらがって見せよ」


 戦国時代の日本の鎧を間近で見ると感動します。

 胴等に木が使われたりしますが、ほぼ布です。

 もっと古い時代は鉄片なども使われていたそうですが、重いので軽い布の鎧に代わっていったそうです。

 世界最高峰の刃物、日本刀を相手に布の鎧で戦おうとする意味がわかりません。

 下っ端は鉄の笠をかぶっていたそうです。

 首が折れそうですが。

 先に楯を持とうとは思わなかったのでしょうか、意味がわかりません。

 矢を防ぐ楯はあったのに、何故槍や刀をそれで防がないのか。

 日本刀が相手では、楯など意味がなかったからかもしれません。

 大戦中も世界中が乗組員の安全を考える中、日本は紙で作った戦闘機を飛ばしていたくらいなので、身を守る事には興味ない人種なのかもしれませんね。


 西洋の鎧、プレートアーマーは鉄板です。

 服の上に肌を守る為、シルクやコットンの服を着て、鎖帷子くさりかたびらを着てから、鉄の鎧を着ています。当然斬れないので、殴り倒して鎖帷子をめくって、腹を刺すくらいしないといけない、くらいに丈夫で頑丈な防具です。

 さらに楯まで持ってたら、戦いたくありませんね。

 重くて走れないので、走って逃げればどうにかなるかもしれませんね。

 こちらの装備と、相手にもよりますが。


 サーリットは頭部をすっぽりと包むイタリアの兜です。

 後にドイツでも作られましたが、外に出てるのは口元くらいになります。

 飾りでつけてる日本の兜とは違います。

 昔の武将、中国の元譲さんも、日本の一豊さんも、これくらいの兜にしておけば矢を顔面に受けず、痛い思いをせずにすんだかもしれませんね。

 まぁ、目も口も開いているので無理だったかもしれませんが。

 それでも戦い続けた怖い人達なので、防具なんぞ必要ないのかもしれません。


「人間じゃないらしいな。フルプレート相手に戦いたくはないが……」

 仕方なくバスタードソードを抜いて構える。

 しかし、鎧も兜も斬れないうえに、相手の剣を受けるわけにもいかない。

 あの剣は受け止められそうにない。躱し続けられるだろうか。

「人間の絶望と恐怖がたまらなく好きだ。お前の恐怖に歪む顔が楽しみだ」

 石像を一刀両断にした一撃が男を襲う。

 ニタリと笑った黒い剣士が剣を振りかぶり、まっすぐ駆け出して斬りかかる。

 それにバスタードソードを擦り合わせ払い落とす。

 男の剣は、そのまま剣士の喉元へ跳ね上がる。

 キィン。と、金属音か高く鳴り鎧の襟に弾かれる。

「ほぉ……やるではないか。お前ならこの体に傷一つくらい残せるか?」

 軽装の男の方は完全に躱さなければならないが、剣士は少し角度を変える程度の動きで男の攻撃を防げる。

「くそ。ジュラルミンかセラミックでも使っておくんだったな」

 こんな奴がいるとは聞いていない。

 と、いう事は。

 こいつに出会って生き残った者がいないという事だ。

 あの重そうな鎧姿なのに、逃げることもできないようだ。

「この剣じゃどうにもならいな」

「もう諦めるのか? もう少し抗って、楽しませてくれぬか?」

 どうにもできない人間が、堪らなく面白いようた。

 あの鎧兜が相手では、どんなに斬りつけても剣が砕け折れるだけだろう。

 バスタードソードを鞘に仕舞った男の、首を刎ねようと黒い剣士がゆっくり迫る。

 少しでも恐怖を与えたいのか、ゆっくりと歩み寄る。

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