第18話 管理官

「あ、あの、それは、あまり見ないで欲しいのだけど……アナタも奴隷よね?」

 人間の若い女性が、背中の大きく開いた服で立っていた。

 その背には大きな奴隷紋が赤紫に暗く染まっていた。

 酒場に連れられて来ていた奴隷の背を、食い入るようにリトが見つめていた。

「うぃ。リトも奴隷。見て見て」

 奴隷の女性に左手の奴隷紋を見せつける。

 見た事もない澄んだ青に輝いている。

「リト。あまり迷惑をかけちゃダメだぞぉ」

「うぃ。マスター。マスター。リトもコレがイイ。おっきいの。背中にほしい」

 カウンターから男が注意すると、とんでもない物を強請ねだられた。

「書き換えたり出来るものなの?」

「無理だね。死ぬまで消えない筈だよ。それにしても懐いてるねぇ」

 珍しく、モグラの充と一緒だった。

「餌付けに成功したんですよ。肉あげたら言う事ききました」

 リトは飽きずに女性の奴隷紋を見つめている。


「もうテレポーターまで行けたんだってね。みんな驚いてたよ」

「騙された気分ですよ。転送陣から三階に行くのがあんなにキツイなんて。Y字路で両側からレッドキャップが走って来た時は、泣きそうになりました。上から降りてく方がよっぽど楽ですね。戻るのは諦めました」

「はっはっは。三階で狩りがしたかったんだってね。レッドキャップは怖いよね。速すぎるんだよアイツら。まぁ。狩りなら六階のトカゲを狙った方がいいかな」

 三階へ楽して行く為に、苦労して辿り着いた転送陣だったが、四階を通り抜けるのがキツ過ぎて、役にたたなかった。

「五階も面倒くさそうで。ゴーレムだらけになってるそうですね」

「偶にガーゴイルもいるけどね。鉄のゴーレムってのもいたらしいよ」

「死体で造ったらゴーレムなのかゾンビなのか判らないと思うけど。フランケンの怪物もゴーレムなのかな? なんか臭そうですね」

「肉ゴーレムはゾンビと違って腐らないみたい。だから臭いもしないんじゃないかな? 臭いのがゾンビで臭くないのがゴーレムだよ……きっとね」

 臭いを気にしていなかった男は妙に納得した。

「なるほど。シンシアのクサンチッペ……だったか。あんなゴーレムなら、見て見たいけれど。女性型の土ゴーレムとかいましたか?」

「いない、いない。主人公のおばちゃんを市長にした自立ゴーレムだっけ? よく覚えてないけど。何か考えて動いてそうなのは見た事ないなぁ」


 フラフラ歩き回ってる割には、他の階層に移動するモンスターを見かけなかった。

「そういえば、モンスターは階層を移動しないみたいですね。入り口入ってすぐに、レッドキャップとかいたら笑うしかないけれど」

「僕らがこの迷宮ダンジョンから離れられないのと同じだとか、階層毎に世界だか次元が違ってるだとか、色々説はあるけど。違う階まで逃げると追ってこないね」

「はいよ。お待ち」

 源三がランチを運んでくる。

 エビの様な物が入ったドリア。何かのゆで卵と生野菜サラダ。モッツァレラとスライストマト。南瓜っぽい何かのニョッキ。オリーブオイルとバジルのソース。

 イタリアンランチセット大銅貨二枚だ。

 ドリア以外にはバジルソースをたっぷりかけて食べる。

「そういえばおじさんは、ココの管理担当の貴族様は見た事ある?」

「いいや。そういえばありませんね。どんな人ですか?」

「結構若い男の人だよ。今日来る日だから、見られるかもね」


 いかにもお貴族様のお坊ちゃま。という感じの服をきた青年が酒場に入って来る。

 部下のような男がカウンターを見ながら耳打ちしている。

 男と充の座るカウンターへ来た貴族は、男に挨拶をして隣に座った。

「こんにちは。報告は受けていますよ。一度お会いしたかったのです。」

「ご苦労様です。余り近づくと斬られますよ?」

 充が気安く声をかける。

「いきなり斬ったりはしませんが……充くん。今のは謝っておいた方がいいですよ」

「え? ごめんなさい。酒場で斬ったりは滅多にしません」

 素直に謝るがそっちではない。

たまにしてるみたいじゃありませんか。そうではなくねぎらった方です」

「へ? そっち?」

「本来労うというのは使用人等に掛ける言葉です。日本語が分かるのではなく、意味だけが伝わるのなら見下していると、伝わるかもしれませんよ」

「ええ! そんなつもりじゃなかったんだけど。ごめんなさい」

 充が慌てて謝ると、貴族の青年は笑って理解したといってくれた。

「なるほど。日本語とは難しい言葉があるのですね。貴族を見下しているのだと思っていましたよ。改めて、エミール・ナザル・クロカンドと申します。」

「名前も思い出せない男ですが宜しくどうぞ。偉い貴族様の割には偉そうにふんぞり返っていませんね。若く見えますがしっかりしてそうです」

「この任が終われば騎士団に入りますが、まだ正確には貴族ではありません」

「戦にいくのですか?」

「いいえ。上級貴族の子弟が入る、お飾りの騎士団です。そこで騎士ナイトの爵位を授かり貴族になります。その後、父の跡を継ぎ侯爵マークィスになります」

 上は王族だけの上級貴族だった。

「それはそれは、仲良くしておきたいですね」

「こちらこそ。貴方には稼がせて貰っていますから。私の評価も上がってますよ」

 迷宮から異世界人が持ち帰る武具やアイテム類は、貴重な物ばかりであった。

 当然、貴重な物が手に入れば担当している者の評価も上がっていった。

「他の迷宮も担当しているのですか?」

「え。他にも迷宮があるの? どんなの? 気になる」

 充が興奮して喰いついて来た。

「そんなに頻繁に現れる物ではありませんよ。担当はここだけです」

 迷宮は十数年に一度くらいの割合で、世界のどこかに現れる。

 王国、二つの帝国、連邦、共和国、皇国、法国と、いくつか国があるので同じ国に現れる事は稀な事であった。

「我が国には現在、ここの他に一つ迷宮があります」

「おお! どんな迷宮ですか? モンスターは違うのですか?」

 充の鼻息が荒くなってきた。

「翼の巫女や健太さん達は迷宮ですか? お話しておきたい事ができたのですが。取り敢えずヒロさんを呼んで下さい」


 管理官から日本人達に伝えておく事があると、酒場に人が集められた。

「翼と健太組は迷宮だったが、それ以外はなるべく集めたぜ」

 源三がエミールに話を促す。

「わかりました。なるべく多くの人に話を伝えて下さい」

 酒場の中央に立ち、集まった人々に向け話を始める。

「もう一つの迷宮で起きた話です。私が産まれる前からあった迷宮だと聞いています。攻略にそこまで長くかかる迷宮は、記録に残っていません。そこは日本の皆さんとは違う国の人々が呼ばれていました。当然そこにも我が国の援助と取引があったのですが、その人々は迷宮に潜らず暮らし始めました。その内にもっと食料を出せと言い出し、嗜好品や娯楽まで要求し始めました。援助を受けるのが当然だと考える人々だったそうです。どうせ結界の外には出られないので、援助を打ち切り放置する事にしたそうです。こちらの世界の人間が入らないように監視はしていました」

「それなら潜るしかないな」 「帰る気はないのか?」 「あの国か?」

 異世界人は鵜飼の鵜だ。

 魚を食べさせる為に飼っている訳ではない。

「そこの管理担当者は人が死に、入れ替われば変わるだろうと放置したそうですが、    

 不味い事態が起こりました。迷宮からモンスターが溢れ出したのです」

「アイツら外に出られるのか」

 周りがざわつき始める。

「なんとか騎士団と冒険者達で食い止め、押し戻す事に成功しましたが、出て来た原因は、はっきりしていません。他にそんな事態の記録は見当たらなかったので、増えすぎたモンスターが溢れ出したとされています。その迷宮は我が国の兵士と雇った冒険者達で攻略する事に決まりました」

「ここのモンスターも外に出てくるかも知れないと?」

 ヒロが緊張して訊ねる。

「可能性はあると思っています。衛兵も増やす予定ですが、みなさんも警戒を宜しくお願いします。向こうの迷宮を攻略しながら、原因の特定も急いでいます」


 何か分かれば知らせに来てくれるという。

 階層を移動しないはずのモンスターが、外に出てくるとなると、のんびり寝ていられなくなる。皆、拠点は安全地帯だと思い込んでいたので、ショックは大きそうだ。

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