第17話 不満

「湿っぽい一団がいますねぇ。なんです?」

 転送で帰ってきた男とリトが酒場に入ると、じっとりと沈んだ一団がいた。

「迷宮で仲間を失ったんだよ。六人パーティーで二人やられたってよ」

 カウンターに着いた男に源三が答える。

「はぁ。それで沈んでる訳ですかぁ」

 そんなに仲間を失って悲しいのなら、一人で潜ればいいのに。と、男は思う。

「まぁ、天寿を全うしたと思うしかないよな」

「え……仲間ってヒトじゃないんですか?」

 源三の言葉に男は、少し驚いた顔を見せる。

「いや。普通の人間だが。なんでだ?」

「あぁ……なんだ、そうか。親父さん。還暦って知ってますか?」

「60のお祝いだろ?」

「それの最後が天寿です。全うしちゃったらヒトではなくなりますよ?」

「寿命じゃないのか。」

「それは分かりませんし、いくつか説があって年数に差がありますが、上は250歳で一番下でも125歳ですよ?迷宮に潜る歳ではありませんね」

「そんなにか! そりゃあ無理だなぁ。人じゃなくなるな」

「ところが、実際に超えた人がいたらしいですよ。それで250になったそうです」

 天寿は祝うもの。

 まっとうするなら天命くらいにしましょう。

 くだらない話をしていると、仲間を隣の医者に預けた、田辺と恵理が酒場に来た。


「お待たせしました。約束の報酬です。とりあえず集められるだけ持ってきましたが、残りもすぐに用意します。今回はありがとうございました」

 金貨銀貨を詰めた革袋を差し出してきた。

 数百万はあるか。

 金貨が大分入っているので、数千万円分はあるかもしれない。

 頑張って集めて来たようだ。

「おぉ。こっちの仲間は助かりそうかい。よかったなぁ」

 仲間が生きてるのが何よりだと源三が笑う。

「そうだ。報酬が貰えるんだった。買い物代をもって貰える約束だったね。」

「はい。出来る限り集めて来ましたが。足りなければ必ず用意してきます」

「じゃあ、親父さん。リトにアレを焼いてやって下さいな」

「あいよ」

 少し驚いた顔で、注文を受けると厨房へ消えた。

「リト。最高級の肉だぞぉ。堪能しな」

「あいっ! にくっ。あああっ!」

 源三が焼いて来た肉を見るとリトは、カウンターを飛び越えて行きそうな程、興奮して叫びだす。ジュージューと音を立てるステーキがリトの前に出された。

「シャトーブリアンだ。よぉく味わいな。もぉ入らないかもしれない希少部位だ」

「で。代金はこちらの方々が払います。よろしくどうぞ」

「毎度。中銀貨一枚と小銀貨四枚だ」

「では無事に契約成立です。ありがとうございました」

 田辺達は何を言っているのか理解できず、呆けて立ち尽くす。

「おや、何か御不満でも? いや、まぁ、ちょっと高いけれども。命に比べたらね」

「え? ……は……え……は?」

「あ、あの……欲しかった買い物って……」

「これ。リトのごはん。高級肉ですよ。入荷したって聞いたけど。値段がちょっと」

「金貨を搔き集めてきたんですけど……」

 田辺は力が抜けて膝をつく。

「命がけとはいえ、生憎と安い命なんでね。怪我の治療にでも使って下さい」


 命の報酬が銀貨で済んでしまった二人は、力が抜けて帰っていった。

 娼館に身を売る覚悟をしていた恵理は、安堵からか泣きながら帰っていった。

「さてと。転送陣も使える様になったし、暫くは毛皮と肉でも集めましょうか」

「うぃ~」

 何かの肉をたいらげて、リトもご満悦のようだ。

「地下五階はゴーレムだらけだっていうからな。金にはならないな」

 源三が壁のリストを指しながらいう。

「ゴーレムも見てみたいけど。喋ったり、自己があったりするのもいますかね」

「どうだろう? 聞かないけどなぁ。自立したらゴーレムじゃなくないか?」

「ですよね~。まぁ自我があって、生殖までしたがるゴーレムの話があって……」

「ソロで潜ってるってのはアンタだな!」

「いいえ違いますよ」

 源三とくだらない話で盛り上がりかけた処に、面倒臭そうな一団が声を掛けてきた。男は、あからさまに嫌そうな顔を向ける。

 話しを理解する前に反射で嘘で吐く男。

「いや、ノータイムでさらっと言ったな」

 呆れた源三が嘘だとばらしてしまう。

 はなしくらいは聞いてやれと。


「俺達は八人パーティーなのに、不公平じゃないか。金は平等に分けるべきだ!」

「うん。何を言ってるのか、さっぱりなんだけど?」

「迷宮に潜って生き残っても、俺たちは金を八等分するんだ。それなのにアンタは独り占めしてるのはずるいじゃないか! 皆、同じように分けるべきだ」

「おいおい。無茶苦茶だな。お前さん達何がしたいんだ?」

 呆れた源三も口を挟むが、八人組は変な宗教にでも浸っているかのように、自分達だけに都合のいい平等を語る。

「なるほど、平等ですか。この源三さんは片足動きません。貴方達も片足置いていきなさい。道具屋にもいきますね? 小林さんは片腕がありません。平等にしないと気が済まないのならば、皆片腕を切り落としなさい。どうします?」

「な、何を言っている。報酬の話だ。迷宮ダンジョンで得た物を独り占めにするのは狡いじゃないか、と言っているんだ。あのモールだって、相当な額で売れたはずだろう。一人だけずるいじゃないか。」

 強請集ゆすりたかりなのだろうか。

 目的がさっぱりわからない。

「まさか、アンタらN〇Kか? 医者か政治家だったりはするかな? だったらこの場で殺すけど。どうだい?」

「医者嫌いなのか? 政治家はまぁ、分かるけど。」

 源三がなんかあったのか、と男に訊ねる。

「アイツら、考え方がホストですからね。いや、ホストは仕事ですから何も文句はありませんよ。でもね。黙って言うこと聞いて、金だけ貢ぎにくればいいんだ。って、思っている医者ばかりですから。違うのは二人しか知りません。内一人は故人です」

「なんかよっぽどあったんだな。」

「聞いて下さいよ! 外科はまだマシですが、あいつら平気で嘘つくし、何度か殺されかけたし、余計な事して心臓が止まった事もありますからね。運よく蘇生したけれども、危ないとこでしたよ。病院は時間が掛かるものだから、患者は黙って待っているのが当たり前だと思ってるのも納得できないんですよ。ありますからね! 混んでいても待たされない病院だって。レントゲンを撮ると、写真を見て診断と薬と会計の準備を終わらせて、患者が出てくるのを待ち構えているくらいの病院もあるんですよ。その病院では手術中以外で待たされた事がありませんから」

 よっぽど医者に何かされたのか、男が熱く語りだした。


「いやいや。待てぇ! こっちの話を忘れるなよ。医者でも政治家でもない! ましてや強請集ゆすりたかり集団と一緒にするな!」

「いや言ってることは、かわらんぞ」

 呆れた源三がぼそっと口にする。

 源三は、あまり無茶な事を言って、殺されないか心配になって来た。

 八体もの惨殺死体を片付けるのは、正直しんどい。

 この店では人肉を出していないので使い道がない。

「一人で潜ればいいんじゃありませんか?」

 男が問うと

「一人であんなとこに入れるか! 何も出来ずに殺されるだけだ!」

 不思議な答えが返ってくる。

「なら死んでくれれば、新しい人が送られて来るので助かりますが? あぁ。それも嫌なのですね。面倒な人達ですね。日本ではないので、貴方方を生かしておく理由がないのですが、仕方がありません。分かりました。人の物は欲しいけど、自分の物を分ける気はない。と、いう事ですね。では、一緒に迷宮に潜りましょう。仲良く山分けにしようじゃありませんか」

 帰って来たばかりで面倒だが、一回りしましょう。と八人を連れて迷宮に向かう。

 探索も上手くいかず、危険な目にも会いたくない八人組は、いちゃもんをつけて幾らかでも貰えないかと思っただけだった。


「じゃあ一回りして、転送陣で帰って来るからリトは待ってなさい。その後、三階へ行こうか。すぐ戻るから、衛兵のおじさん達に迷惑をかけないで、いい子でな」

「うぃ~。早く帰って来てね」

 リトを入り口に残して九人は迷宮へ潜っていく。

 二日掛けて辿り着いた地下四階に、二時間ちょっとで辿り着いた。

 その四階もダッシュで駆け抜ける。

 レッドキャップ三体を引き連れたまま、四階を駆け抜け転送陣へ飛び込んだ。


「ふぅ……モンスターは転送されないんだな。不思議だが助かった」

「お帰りマスター。リト。いい子にしてたよ?」

「おお。お待たせ。ちょっと休憩させておくれ」

 頭を撫でてやると、だらしない顔で変な声を出す。

「うひっひひ。えへへへ」

「転送陣から帰って来るとは思わなかったな。どうなってるんだ?」

 出迎えはリトだけではなかった。

 酒場での話を聞き、様子を見に来た健太組がいた。

「いやぁ。大変でしたよ。一階降りる度に人が減っていくし。無駄に騒いで周辺の敵を集めるし。最後なんかレッドキャップ三体に追いかけられましたよ」

「……それは大変だったな。聞いてるのは一緒に行った八人の方なんだ。一緒にいないようだが、まさか中で始末したりはしてないよな?」

 健太が面倒くさそうに訊ねる。

「残念ですが、皆お亡くなりになりましたよ」

「そうかい。まぁ始末するだけなら、わざわざ四階まで行く必要ないか。旦那も変な奴らに絡まれたな。奴隷を連れたソロって知られてきたからな。気をつけな」

 健太も四階がどんな所か良く分かっている。

 邪魔者を始末する為に、命を懸けるには割に合わない場所だ。

 そもそも様子を見に来ただけで、八人がどうなっていようとも、どうでもいいと健太は考えていた。ヒロと違い、全員を守ってやろうとは考えていなかった。

「どうもご丁寧に。」

 今日は疲れた。

「帰って寝るかぁ。風呂入りてぇ。」

「うぃ~。リトも入るぅ。お腹いっぱいで眠いぃ」

 やる気がなくなった男はリトを連れ帰っていった。

 事態がさっぱり理解できない衛兵だけが、残された。

 訓練された兵達は、何も言わず、何も問わずただ立っていた。

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