第16話 転送陣

「俺はリーダーの田辺だ。本当に助かったよ、ありがとう。あのデカイのと出会ったら、後ろから狼とボギーに襲われて、二人やられちまってね。彼女だけでもと逃がしたんだが、戻ってくるとは思わなかった。おかげで全滅寸前から生き残れたよ」

 大物を片付けた男に感謝して、仲間の応急手当をする。

 助けを求めに来た女性も、男に改めて名乗り頭を下げる。

「ありがとうございます。今更ですが私は恵理っていいます。」

 なんとか倒れていた三人も生き残っていたようだ。

 だが、その内二人は動けそうにない。

「どうする? 連れて帰るのかい? 置いてくかい?」

「当然連れて帰るさ」

「三人連れて戻れるかい?」

 碌に動けない三人を連れて、残った三人で戻るのは無理だろう。

「助けて貰ったばかりだが、外まで護衛を頼めないだろうか」

「お願いします。報酬はどんな事をしてでも払いますから」

 田辺も恵理も、最後の希望にすがる思いで頼み込む。

 必死に泣きつく横で、興味なさそうなリトは使った剣と刀の手入れをしていた。

「ここから戻るよりも、先に進んだ方がいいかもしれませんね。テレポーターっての使ったことありますか? それで帰る方がいいかもしれません。どうしますか?」

「四階に初めて降りて来たばかりなんだ。階段近くにあると聞いてはいるが」

 男の提案に不安と困惑を見せる。

「動けない二人を連れて戻るのは無理じゃない? 魔法陣を目指しましょ」

 恵理の言葉で仲間達も、先へ進む覚悟を決める。

「俺たちはどうせテレポーターを目指してたんでね。ついて来るなら好きにして構いませんよ。守りはしませんが、なるべく敵は倒しましょう」

「わかった。それで頼む」

 半分動けない六人組を連れていく事になってしまった。


「真実のための狩人ハーンのこの物語」

 こんなウィリアムの作品の一節を覚えておられるでしょうか。

 イングランドのウィンザーは、ウィンザー城がある町として有名な観光地です。

 しかしその近くにあるウィンザーの森には、幽霊、または怪物が出ると言い伝えられています。

 20世紀に入ってからも目撃例がいくつかあったそうですが、その姿を近くで見た者は、皆殺されているそうです。

 この地方の昔話、伝承に語られるナニカ。

 狩人ハーン(Herne the Hunter)

 鹿のような角を生やした男で、馬に乗り、鎖を振り回して森を走るそうです。

 狩人の名のわりに、家畜の牛を追い回し驚かせるくらいで狩りはしないようです。  

 人間を狩るという意味かもしれません。

 ケルヌンノスやら、アングロサクソンやらと関係があるだとか、角を生やした神だったり、モンスターだったり幽霊だったり色々と説があるようです。

 ウィリアムの劇、陽気な妻たちの話の中で、昔話に出て来る怪物がホーンでした。

 最初はホーンだったのが、いつからかハーンになったようです。

 元がホーンだったせいか、森で処刑された密猟者リチャード・ホーンの幽霊だという説が人気のようです。


 迷宮四階。

 六人組を引き連れ、転送陣を目指して進む男とリト。

「レッドキャップが複数来たら、見棄てて逃げるしかないかなぁ」

 男は守り抜こうとまでは、考えていないようだ。

「マスター。なんか来る……一体」

 男が剣を抜き構えると後ろの連中も、敵だと察して仲間を壁際に寝かせ身構える。

 不意打ちにやられはしたが、運だけで此処迄辿り着いたわけでもないようだ。

 のんびりボーっとしていたり、無駄に叫ばないだけ、ありがたい。

 ジャラジャラと金属音が響く。

「鎖……か?」

 鹿のような大きな角を生やした男が、奥からゆっくりと歩いて来る。

「ハーンか。馬はどうしたんだよ。リト、後ろは?」

「平気。近くにはいない。遠くにボギー。こっちには来ない」

 増援がなさそうなのを確認すると、ハーン・ザ・ハンターの前に立ちふさがる。

 ハーンが突然鎖を振り回して駆け出した。

 剣を構える男に突進して、鎖を叩きつける。

「くっ……面倒なもん降りまわしやがって。森に帰れよ」

 鎖は厄介だった。剣で受けても絡みついてくる。

 躱そうにも、暗い中振り回される鎖は、ほぼ見えない。

 手元を見て予測で躱すしかなかった。

 近づいても離れても、剣では対応しづらかった。

「なら……」

 剣を投げつけると、懐に飛び込んだ。

 右手で胸元のベルトからダークを引き抜き、ハーンの脇腹に突き刺す。

 突き上げるように刺したナイフをねじり、左の掌底がハーンの顎をかちあげる。

 グラリとハーンが揺れる。

 そこへ下段左回し蹴りがハーンの膝を砕く。そのまま膝が跳ね上がり、撃ちだされた足が、こめかみを蹴り抜いた。

 たまらず倒れたところへ絡みつき、腰の魔法のナイフを首筋に突き立てる。


「マスター。怪我……平気? さする?」

 あちこち鎖が当たった傷を、リトが心配して見に来る。

「大丈夫だ。鎖は面倒だな」

「よかった。角持ってく。売れるから」

 鹿っぽい角はそこそこの値で売れるらしい。

 リトが角を捥いでる間休憩する。

 何故かハーンの名で大勢いるらしい、量産型狩人ハーンを片付けた。

「そっちの二人は、まだ持ちそうかな?」

「ああ……軽い傷ではないが、すぐに命に係わる程ではなさそうだ」

「それでも早く医者に連れていかないと」

 生き残りの男女が、怪我人の様子を見ながら答える。

「まぁ、担いで走る訳にもいかないしね」

 男は二人くらいなら、装備があっても担いで走れるが、黙っておく事にした。

「マスター。お待たせ。角とれた。あと前バーゲスト来てる。二匹」

「そうか、お疲れ。次からは、もう少し早めに教えてくれると嬉しいな」

「うぃ」

 会話を聞いていた他のメンバーは、のんびり話す二人を見ていて、内容が理解できないでいた。ハッと気づいた恵理が声を掛ける。

「あ、あの……敵、ですよね? バーゲストが来てるって……?」

「さっき戦ったろ? でっかい犬だか狼だか。あれが……ほら、来た。」

 前方からバーゲストが二体歩いてきた。

 こちらに気づいて唸っている。

 慌てて怪我人を囲んで身構えるパーティーの前に、のっそりと立った男が腰のバスタードソードを抜いた。

 動く気配すら見せずに、向かって左側の犬に駆け寄り斬りつける。

 そのまま剣を突き刺したバーゲストを楯に、もう一体の攻撃を避ける。

 息の根を止めたバーゲストを飛び越え、もう一体を頭上から襲う。

 首を深々と剣に貫かれたバーゲストもゆっくりと倒れる。

「今なら、この先は暫く何もいない。」

 リトが今のうちだと、皆を急かした。


 なるべく敵のいない道を辿り、階段まで辿り着いた。

 その手前には岩をくり抜いた、小部屋のようになっている部分がある。

 その中には大きな魔法陣まほうじんえがかれていた。

 入り口で見た物と同じ気がする。

 これが転送陣テレポーターなのだろう。

 ここに乗れば帰れるのだろうか。

「なんとか辿り着きましたね。人数制限とかあるのでしょうか。まぁ、怪我人を早く乗せて戻りましょうか。怪我人から先にどうぞ。」

 男は脇に避け、急いで帰るように先に譲る。

「申し訳ない。辿り着けるとは思っていなかった。」

「ありがとう……この恩は……絶対に……」

 口々に男への礼を述べ転送陣に乗ると、六人はちょっとした光と共に消えた。

「ん~。安全なのかなぁ。本当に帰ったのか、これじゃ分からないな。」

「あいつら実験台にした? たぶん平気。使ってる人達いるみたいだから。」

「そうか。じゃあ使ってみようか。」

 先を譲ったのではなく、本当に稼働するのか試しただけだったようだ。

 リトを連れて、男も転送陣に乗り、地上に戻る。

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