第15話 救援

「さてイギリスだ。ケルト神話とかだったか……」

 二日掛け、漸く地下四階に辿り着いた。

 男はケルト神話を思い出そうとするが、ほぼ出てこなかった。

 イングランドとスコットランドとアイルランドの違いもよくわからない。

 酒場の情報だと、何故かイギリスに出るという魔物ばかりだった。

 しかし、霊的なものも受肉したのか、肉体を持つモンスターになっているようだ。

 四階は通路の幅も広く天井も高く感じる。

 あまり大きなモンスターには会いたくないが。


「マスター。右! 見つかった!」

 脇道に差し掛かった所で、後ろのリトが鋭く囁く。

 松明を投げ捨て剣を抜き右の脇道を見ると、何かが物凄い速さで走ってきた。

 小柄な人型の何かが見えた。

 と、思ったらすぐ目の前まで来て、斧を振り上げていた。

 なんとか払い落とすが、構えていたのに先手を取られ、その勢いのまま攻め込まれてしまう。斧を躱すだけで精一杯になり、手が出せない。

 飛び上がるように首を狙って横に振られた斧を、屈んで躱すと足を出した。

 前蹴りが腹に入り、僅かに怯んだ隙に距離をとり、体制を立て直す。

 見た目は赤い帽子の老人で、長い杖の様な木の柄の斧を持っている。

「レッドキャップか」


 スコットランドの伝承に語られる妖精の一種とされる。

 ゴブリン等と同じく、アンシーリーコートと呼ばれる悪い妖精。

 人を見つけると遠く離れていても、一瞬で走り寄り斧で叩き切り殺してしまう。

 殺した人間の血で染めた赤黒い帽子を被っているのでレッドキャップと呼ばれる。

 初めて人を殺した、まだ赤く染まっていないレッドキャップはレッドキャップなのか、違う妖精だったりするのか。


 老人のような見た目なのに、動きは速く力も強いが、対応できない程ではない。

 左足を少し後ろに下げ、その爪先に切先を置いて構える。

 老人は帽子を染める事しか考えていないのか、正面から斧を振り上げ襲い掛かる。

 右足にあった重心を左足に移す。

 僅かに間合いを変え、打点をずらし、振り下ろされる斧を持った腕に斬りつける。

 擦り上げられる剣を後ろに跳んで躱した赤帽子は、今更身構え警戒の色を見せる。

「あのタイミングで躱すのか……面倒な」

 腕を切り落とすくらいの心算で斬り上げたが、手首近くを傷つけただけに終わる。

 他の魔物が寄ってくる前に始末したいが、焦り逸る気持ちを抑え付ける。

 睨み合う二人は一息に飛び込もうと、同時に動き出す。

 リトのクロスボウがレッドキャップに放たれる。

 当たらずとも、威嚇には充分な一発だった。

 動き出す瞬間を攻められ、一瞬動きが止まる。

 男は一気に駆け抜ける程の勢いで飛び込む。

 左足を大きく踏み出す。

 レッドキャップが迎え撃とうと、斧を振り上げる。

 腰を捻り、勢いを剣に乗せ一気に振り抜く。

 動き出す枕を抑えられ腕だけで振る斧と、駆け出した勢いに乗って振られた剣の差が、レッドキャップの脇腹を深く斬り裂き、小さな体を横に飛ばす。

 ワタと血を飛び散らせながら、レッドキャップは壁に叩きつけられ、息絶えた。

「……ふぅ。コレに囲まれたらどうしようもないな」

 洗浄用の水とぼろ布を持ったリトが、てててっと走り寄る。

「でかしたぞリト。いいタイミングだった」

「うぇへへへ」

 頭を撫でてやると、溶け落ちそうな程緩んだ顔で、変な笑い声をだす。

 しかし、リトのスキルと変わらない索敵範囲は脅威だ。

 レッドキャップの数が少ない事を祈るしかない。


 四階は強い個体が多いからか、群れていたりもせず、数も少なめなのか遭遇する事も少ないようだ。リトのスキルがあれば、結構楽な階かも知れない。

「マスター。前から何か来る。人間っぽいけど……」

 身構えるが、本当に人間のようだ。

 生き残ったのか、女性が一人走って来る。

 ぼんやりと人影が見える気がする、くらいの距離で二人に気づいた女性が駆け寄ってくる。近づくと、女性は安堵と悲壮と焦りか、複雑な表情を浮かべていた。

「助けてっ。仲間がこの先に! お願いですっ」

 女性は必死に縋り付いて来る。

 そんな必死さに男もリトも、少し引き気味で宥める。

「取り敢えず落ち着いて」 「できればどっか行って」

「ご、ごめんなさい。戦闘中に後ろから増援が来て、二人怪我をして動けないんです。暗闇でも走れる私が助けを呼びに逃がされました。動けない二人を守って、三人が戦ってます。どうか助けて下さい。なんでもしますから」

「なんでもなら、仲間を諦めて貰うのはどうですか?」

「え……は? あ……いや、助けてくれたらって事で。あ、お金、お金を払います」

「んん~。命を懸けて知らない人を助けに行けと。助けに行った奴は死んでも構わないっていう、そんな話は好きじゃないけれど。今回は行かない事もない」

 女性は困惑している。人を見つけ仲間の危難を訴えれば、すぐに駆けつけてくれるものだと勝手に思い込んでいた。

「あ、あの……お願いです。仲間を守りながらじゃ長くは……」

「ちょっと欲しい物があるんですよ。それの代金を持って貰えますか?」

「はい! 体を売ってでも払いますから。だから、助けてっ」

 女性は泣き出しそうになっている。

「マスター。でっかい人型……馬? ……何かがいる」

「そうかぁ。あまり行きたくないけれど、仕方ないかぁ」

 二人は渋々、女性に附いていく事にした。


 ケンタウロスとは馬の体で、頭の代わりが人間の上半身という奇天烈なギリシャ神話の好色な暴れ者です。

 父はイクシオン。

 母はゼウスの妻、ヘラに似せて作った雲。蜘蛛ではありません。

 碌な事をしないゼウスの呪いなのか半人半馬の子が産まれます。

 産まれたケンタウロスが牝馬を犯して廻り、ケンタウロス一族ができました。

 下半身が馬だからか牝馬にケンタウロスを産ませます。

 何故か雄しかいないケンタウロスは人間の女性も襲います。

 酒が入った所為もあるかも知れませんが、人間の男の尻を狙う者もいたそうです。

 ギリシャ神話のケンタウロスは、この一匹から増えた雄だけの一族です。

 始祖以外全てが、馬とケンタウロスのハーフという一族ですね。

 そのため、ただしくはハーフケンタウロス一族ですね。

 別の一族ですが下半身がロバのオノケンタウロスというのもいます。

 気性が荒く、飼い馴らせないと、あのピタゴラスが言っていたそうです。

 ピタゴラスがそう言うのですから間違いないのでしょう。

 そんなケンタウロスにも英雄がいます。

 イクシオンの一族ではありませんが、神クロノスが馬の姿に化けて、浮気をした時に出来た子がケンタウロスとして産まれました。

 浮気をしない神は、いないのでしょうか。

 なんやかやあってその神の子、ケンタウロスのケイロンは神アポロン、アルテミスの兄妹に育てられます。

 立派に成長したケイロンの弟子にはヘラクレスや、カストール、アスクレピオス、アキレス等有名どころが満載です。

 そんな英雄も膝に矢を受けてしまった事が原因で死を迎えます。

 長年、矢の毒に苦しんだ不死の神の子は

「昔、膝に矢を受けてしまって……」

 と、ゼウスに相談して、不死の力を失くしてもらい死にました。

 毒をどうにかせずに、死ねるよう不死の方をどうにかする。

 ゼウスはそんな神様です。頭おかしいですね。

 ちなみにタウロスは牡牛という意味です。

 ギリシャ神話に登場するケンタウロスですが、何故かイギリスの海にもいます。


 女性の仲間はまだ耐えていた。

 傷ついて動けない仲間を庇いながら、必死に戦っていた。

「うわぁ……帰りたいな」

 辿り着いた男が目にしたのは、見棄てて帰りたくなる光景だった。

 大きな犬の姿はバーゲストか。二匹の大きな犬が跳ね回っている。

 黒く毛深い小柄な人型はボギーだろうか。

 三体もいた。

「思ってたのより大きいな。ここのボギーってのは」

 酒場のリストを思い出し、特徴と名前を一致させていく。

 戦闘に参加していない大型のモンスターが一体。

 地面につきそうな程、異様に長い手。

 赤く光る一つ目のケンタウロスだ。

 目を背けたくなる、その体には皮膚がなかった。

 黒い血の流れる血管が見えている。

 赤い肉も白い筋も見えてしまっている。

 リトは男の後ろで涎を垂らしているが、普通はあまり気持ちのいいものではない。

 イギリスの海に住むという、肌のないケンタウロス。

「ナックラヴィーか……海に帰れよ」

 女性の仲間は倒れた三人を庇い、二人で五体を相手にしている。

「皆! 助けを連れて来たよ。今助けるから」

 女性も飛び込んでいく。


「はぁ……仕方ないか。やるぞリト」

「あい」

 リトのクロスボウがバーゲストを撃つ。

 剣を抜いた男がそのバーゲストの首筋を切り裂く。

さらに三体のボギーの脇を駆け抜け、急所を一息で刎ね切った。

「犬一匹なら、三人でやれるな? 俺はデカイのをる」

「は、はい」 「頼む」

 バーゲストを三人に任せ、仕方なくナックラヴィーに立ち向かう。

「リト」

「あい」

 男が剣を手放し、後ろに空いた手を伸ばす。

 リトがお辞儀をするように頭を下げる。

 上を向けて広げた男の掌に、野太刀の柄がスッと置かれる。

 それを握ると同時に、リトが滑るように後退していく。

 敵から見れば、武器を捨てたと思ったら、長い剣を抜いていた。と、いう不思議な場面だったことだろう。ナックラヴィーも少しとまどっているようだ。

「淡水に弱かったっけ? 確か戦うとやたらと強いんじゃなかったか?」


 肌がないので、海水は沁みて痛そうだが、伝承だと淡水に入れないそうです。

 襲われたら川や池等を渡れば逃げられるそうです。

 イギリス旅行で出会ったら、淡水に逃げ込みましょう。


「キョオオオオッ!」

 突然ナックラヴィーが奇声をあげ、男に襲い掛かる。

 長く大きな人のような両手を振り回し、馬の前足で蹴り、踏みつけようと暴れる。

 長い刀を流れるように使い、怪物の手足を払い落とし、隙を窺う。

 化物の肉体は、見た目よりもずっと硬かった。

 肌がない剥き出しの体なのに、血管も斬れない。

 斬りつけても化物はダメージがあるように見えないが、一撃でも受けたら人間が耐えられる攻撃ではない。

「理不尽なこった。だが……」

 男は大振りの右手を躱して距離を取る。

 馬の後ろ足が、何かの準備のように土を蹴り上げている。

 突進する気か。

「大人しく死んでやる訳にもいかないんだ。もがいてやるさ。」

 右足を大きく引き、切先を左足の爪先に添える。

 馬と人は同時に地を蹴り、大きく踏み出す。

 お互いに一撃に賭け、相手に突進する。

 死への恐怖が一気に男の体を駆け上がり、全身の毛が逆立つ。

 頭の中が真っ白にるのを、無理矢理抑え込み、殺意で黒く黒く塗りつぶす。

 足を止めずにナックラヴィーが、大きく振り上げた左拳を振り下ろす。

 余計な感情を黒く塗りつぶした殺意の塊が拳を潜り抜ける。

 一閃!

 閃光がはしり馬の体から、人の様な上半身が垂れ下がる。

 駆け抜けた野太刀が、筋数本を残して横っ腹を断ち割った。

 黒い血を振りまき、ナックラヴィーの巨体が沈む。


 残っていたバーゲストも片付いたようだ。

「マスター」

 バスタードソードを拾ったリトが駆け寄る。

「なんとかなったな。」

 助けられた三人も、己の身長程もある大太刀を振り、怪物を両断する男を、呆けたように見つめたまま動けなくなっていた」

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