第14話 潰える希望

真人まさと! 右だ。砂羽やつにとどめだ!」

 迷宮地下二階に少年の叫ぶ指示が響く。

 オーク二体と少年少女四人の戦闘だった。

「任せろ。亨、そっち抑えとけよ」

 オーク一体を少年二人で抑えている間に、グレートソードを持った少年が、右の傷ついた一体に斬りかかる。その後ろに付いた少女が、槍を構え隙を窺っている。

 とどめを刺してから四人で残った一体を処理するつもりのようだ。

「晃、耐えるぞ」

「任せろ!」


 とおると呼ばれた、指示を出す少年は軽装の戦士でしょうか。

 革鎧にブロードソードを持っています。

 ブロードソードのブロードは比較対象がレイピアなので、それ程幅がある訳でもなく、普通の剣の事です。


 真人まさとと呼ばれた少年も軽装ですが、両手持ちのグレートソードを持っています。

 約60cm以上の長い刃物はソード。短ければナイフですが、ソードの中でも長く大きい両手持ちで、斬るよりも、その重さで叩き潰すような使い方ができる大剣です。


 砂羽さわと呼ばれた少女はスピアを持っていますが、こちらの世界の物ではなく、日本人が女性用に作ったステンレス製です。

 皆様ご存じの通りISO規格では炭素1.2%クロム10.5%以上を含む鋼を主成分とした合金鋼であるステンレスですが、その中でも熱処理(焼入れ)によってマルテンサイト組織が形成され、硬度が高いマルテンサイト系のSUS410が全体に使われた軽くて、鉄よりも硬い槍です。

 弓は筋力と技術が必要なので、なかなか素人の女性には難しいと思われます。

 当てるだけなら別ですが、化物モンスターを殺す事を目的にした場合は、です。

 剣や棍棒より、少しでも離れた位置から攻撃できるように、槍がいいのではないかと開発されたのがステンレス・スピアでした。

 仲間のサポートがあれば、かなり安全に戦える可能性が高くなります。

 後ろから止めを刺すのが仕事になります。


 亨と一緒にオークを抑えているのは、晃と呼ばれた重装備で大柄な少年です。

 鎧はバンデッドメイル。楯はライオットシールドを持っています。

 少年の鎧はBandit(盗賊)ではなくチェインメイル(鎖帷子くさりかたびら)にBandedの名の通り帯状の鉄板を巻いて補強したものでプレートメイルの出来損ないのような物です。

 楯は、熱で湾曲させた木の板を鉄枠で補強した、湾曲したたたみのような楯であるタワーシールドと見た目は、ほぼ同じ物ですが少年の持つライオットは素材が若干違う物で出来ていました。

 こちらも日本人が作った物です。

 銅を添加したアルミA2024に近い物で作られています。

 近い物だと機動隊の持つ楯でしょうか。

 この世界がゲームか何かなら、単純な防御力だけは伝説級の最高レベルのものです。銃弾をもはじく、科学の無敵イージスの楯。

 そう。軽くて丈夫なジュラルミンの大きな楯です。

 ジェラルミンではないそうです。


 隙を突いて、砂羽の槍がオークを貫いた。

 真人のグレートソードが首を断ち切る。

「今いくぞ。晃!」

 四人で危なげなくオークを仕留めて一息つく。


 晃が敵を抑え、真人と砂羽が仕留めていき、亨が遊撃に動き回る。

 このフォーメーションで四人、生き抜いてきた。

「階段か。そろそろ三階に降りてみるか?」

「そうだな。早く帰りたいしなぁ」

 階段まで辿り着き、一休みして三階攻略に進む事になった。

「何階まであるんだろうな」

 真人が誰ともなく、気になった疑問を口にする。

「6階迄行ってる人達がいるらしいな」

 亨が答える。

「先は長いかぁ。帰ったら大学受験なんだよなぁ」

「私は来年だ……大学かぁ」

 受験を控えていた真人に砂羽が答える。

「俺は大学一年だった。サークルのみんなどうしてるかな」

 晃は大学生だった。

「覚えてないけど。たぶん俺もそのあたりだよな」

 亨は記憶を失くしたギフト持ちだった。

 同じ年頃の四人は、帰ってからの話で盛り上がっていた。

「帰ったら、また皆で会おうね」

「そうだな。亨以外で会うか」

 砂羽の一言に真人が答える。

「なんでだよ。俺も行くって」

「はっはっは。亨だけ何処にいるのか分からないもんな」

 晃も真人にのっかる。

「大丈夫だよ。私のウチ教えとくから。帰ったらすぐ来てね」

「ああ。飛んでいくよ。飛行機でも新幹線でも乗ってくよ」

 砂羽に亨が答えるが真人がさらにつっこむ。

「戻って金があるといいな。でもいいとこのボンボンみたいな感じもするよな」

 元の世界のくだらない話で、殺しあう恐怖を一時でもごまかし三階へ降りる。


「この階は虫やら獣やらばかりらしいな」

「え~虫きら~い」

 三階に降りてすぐおおきな十字路に出た。

「お? 誰か降りて来たみたいだな。どうする?」

 他のパーティーが降りて来たようだ。

 灯りを持った人影が見える。子供の様な小柄な人影も見えた。

「まぁ先へ進もうか。丁度分かれ道だ。彼らは別の道へ行くかも知れないしね」


 取り敢えずまっすぐに進むが、少し進んだところで変な物が浮いていた。

「なんだこれ……マリモ? でっかいマリモが浮いてる」

 真人が大きなマリモを見つけた。

 ビーチボールくらいある大きな球状の何か。

 真人が近づくと、ファズボールが突然爆ぜた。

「ぎぃやああ! うひぃやあああっ! やけっ、焼けるぅ」

 ファズボールは酷い臭いのする粘液を辺りに撒き散らした。

 お肌にはよろしくない効果があり、糜爛びらん等を引き起こす。

 その粘液は強い酸性のように肌を焼き、周囲の魔物、化物を呼び集める。

 モンスターや死んだ人間の肉片に寄生し、増えていくカビのようなモンスターだ。

「亨! 前からも後ろも、バケモンが集まってくるぞ!」

 晃が叫んで楯を構える。

「くそっ。砂羽! 真人を頼む」

「わかった」

 砂羽が真人に駆け寄る。

「うわぁああっ!」

 楯を構えていた晃が天井近くまで吹っ飛んだ。

 東洋の龍のように身をくねらせ、大きなムカデが突進して来た。

 吹き飛ばした晃を捕まえると、傷をいくつも付けて毒を擦り込んでいく。


 ちなみに百足は種類によって足の数が違いますが、足は15~191組の奇数組なので、50組百本丁度のムカデはいないそうです。


 そんなムカデにジュラルミンの楯も意味はなく、捕まった晃は毒で直ぐに動けなくなって、ムカデのエサになってしまう。

 楯だけは無傷で転がっていた。

「晃っ! くそっ。真人逃げるぞ」

 真人に振り向く亨の目に映ったのは、大きな黄色いウサギにたかられる姿だった。何匹ものウサギが、真人の体に噛り付き喰い千切っていく。

「いぃやぁあああっ!」

 駆け寄っていた砂羽は、目の前でウサギに喰い千切られていく真人を見てしまう。

 正気を失い、叫び声を上げる砂羽へ二匹目のムカデが迫る。

「砂羽っ! せめてお前だけでも逃がしてみせる」

 ムカデの前に飛び出した亨は、剣を抜き突進を受け止めた。

「ギフト! 臨界駆動!! 使うしかない。絶対に守るんだ!」

 肉体を凌駕した精神が、限界を超えて体を動かす。

 当然後でまとめて反動がくるが、人の域を超えた動きも可能になる。

 ムカデが暴れだし、亨がその背を転がっていく。

「と……まれぇ!」

 転がりながらムカデの背に剣を突き立てる。

 その背に立ち上がると、頭に向かって駆け上がる。

 人を超える力でムカデの頭を貫いた。

 地面に突き立った剣に縫い留めた、ムカデから飛び降り砂羽へ駆け寄る。

 限界を超えた動きの反動が、亨の体を壊していく。

 骨は砕け、筋肉は千切れ飛ぶ。

「くそ。くそ、くそぉ! 動けぇ! 砂羽っ逃げるんだ! 逃げろぉ!」

 動けなくなった亨の前で、大きな熊が砂羽に迫る。

 どこを見ているのか、焦点の定まらない虚ろな目で砂羽は立ち尽くしていた。

「やだっ。いやだぁ! やめろぉ。砂羽ぁ!」

 グチャっと、砂羽の頭が潰れ、血が吹き上がる。

 大型の狼達が、動けなくなった亨を生きたまま貪り喰らう。

「うっ……ぐぅ……な……んで……さわ……」


 モンスター達の食べ残した肉片に、ファズボールの菌が寄生していく。

 そして大きく育つと、また新たな犠牲者をじっと待つのであった。

 そんなモンスター達の饗宴を全力で回避した、一人のおっさんと奴隷の獣人リトは四階への階段を下りていく。

 また新たな四人の日本人が、この理不尽な世界に呼ばれる。

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