第13話 禍福

「面倒だなぁ……」

 男は酒場でカボチャのグラタンを食べながら悩んでいた。

 薄く切った南瓜にチーズを乗せて焼いたものだ。


 ちなみにチーズを乗せてオーブンで焼いた物をグラタンといいます。

 窯で焼くとピザになります。ホワイトソースがなくてもグラタンになります。


「テレポーターってのがあるんだろ?」

 源三がペンネを出しながら聞いた。

 ゴルゴンゾーラのようなチーズを使った、クリームペンネだ。

 ソースには、ピカンテよりもドルチェの方が好みな男には丁度良い味だった。

「そっちを先にした方が楽にはなるけど、四階も辛そうなんですよねぇ」

 三階での狩猟生活の為に一、二階を通るのが大変だった。

 五階への階段近くにあるという魔法陣へ行けば、入り口と四階を一瞬で移動できる。一気に四階攻略の方がいいのかも知れない。

 しかし、壁に貼られた情報を見ると憂鬱になる。

 六階までのボス級モンスターは倒されているようだが、四階を徘徊している化物も、出会いたくないものばかりだ。

 何故かイングランドやアイルランドの伝承、伝説に出て来る名前ばかりだった。

「四階はイギリスなのか? 妖精とか会いたくないなぁ」

「グレート…グレート……デン?」

 最近日本語をひそかに習っているリトが頑張ってイギリス知識を絞り出す。

「惜しいがそれはドイツだな。ブリテンだ」

 何故ドイツの犬を知っているのか。

「よし。仕方ないテレポーターを目指すぞ」

「中で泊まる覚悟で、ゆっくり進むんだな」

「そうしましょう。食料と寝袋……いや、毛布にするか」


 道具屋に入ると思いがけない物が待っていた。

「丁度いい所へ。お待たせしました。完成しましたよ」

 ついに野太刀が出来上がっていた。

 鞘は黒呂色くろろいろ。柄は白鮫黒糸菱巻き。名工又七を思わせる秋草をあしらった鍔。

 興奮を抑えゆっくりと抜くと、武骨な太い刀身が現れる。

 まるで自ら光を放っているかの様に輝いてみえた。

「……見事な」

 男はあまりの感動に言葉が出てこない。

 鍛冶屋はいったいどんな人物なのか。

「気に入って頂けたようですね」

「……ふぅ。このまま飾っておきたいくらいですよ。これがあればどこでも生き残れるでしょう。ありがたいことです」

 だが、どうやって運ぶかで悩むことになる。

 こじりから柄頭までで、男の身長とほぼ同じ160cm程あった。

 背中に斜めに背負うしかないが、戦闘中には抜けそうもない。


 背負う場合、右肩に柄を出すと右手では抜けなくなります。

 手の長さまでしか引きあがらないので、鞘に仕掛けでもなければ抜けません。

 利き手と逆の肩口に柄を向けないと抜けません。

 利き手側から抜けるのは、短い忍者刀くらいです。


 背負う程長い刀を、抜く経験も技術も男にはなかった。

「戦闘前に抜いておくしかないかな。抜き身を持って歩くか?」

「リトが持つ」

 リトが自分の背中を指す。

「重いぞ? 長いぞ?」

「平気。試して」

 外でリトの背とザックの隙間に太刀を差し込んでみた。

 かなり上へ飛び出しているが、斜めに背負えばいけない事もないか?

「持って持って」

 リトは頭を下げ、柄を男に向ける。

 それを掴むと、リトがものすごい速さで後ろに摺足で退く。

 スッと太刀が抜けた。

 これなら手を出して、柄を握るだけで長い野太刀が抜ける。

「どぉ? どぉ? マスター。リト役に立つでしょ」

「ああ、凄いな。えらいぞ」

「うぇへへぇ。うぃひっひっひ」

 頭を撫でてやると、嬉しそうに笑う。が、笑い方は可愛くない。

 鞘にベルトを付けて貰い、それを斜めにリトが背負う。

 頭三つ分くらい上まであるザックを背負い、さらにその上まで伸びる野太刀を背負う。バランス悪そうだがリトは普通に歩けるようだ。

 出来ない事は出来ないと言う子なので、問題ないのだろう。


「新しく発見されたスキルがあります。リトさんに如何ですか」

 小林がオーブを出してきた。

「今までにない効果です。中銅貨二枚で買いました」

「160円ですか」

 ろくでもなさそうだが、態々薦めて来るのなら何かあるのだろう。

「スキル名は索敵。周囲の様子が細かく解るようです。通常は半径30m程の範囲ですが、頑張れば最大で半径2kmまでいけるとかいけないとか。しかもパッシブです」

「常時発動状態ってやつですか? それは迷宮で助かりますね。160円の理由がなければ凄いスキルですが、リトを使い捨てにする気はありませんよ?」

 リトはやる気が溢れているのか、隣で鼻息荒くフンフンいってる。

「誰にも使えない理由があります。このスキルはパッシブだからかリスクも常時発動タイプでした。これを取得すると肉しか食べられなくなります」

「はい?」

「野菜を食べると死にます」

「それは……はぁ……大変ですね」

 どんなリスクかと思っていたら、気が抜けた。

「人は野菜だけでも生きていけますが、肉だけでは生きられません。どんなに肉が好きでも、野菜も穀物も果物も食べられなくなったら生きていられません。血が黄色くなって死にます。怖いですねぇ」

 穀物ナシは厳しいかもしれない。

「あい! リト大丈夫! 肉だけ。肉しか食べない」

 リトが勢いよく手を挙げ跳ねる。

「本当に平気なのか?」

「平気。今迄肉しか食べてない」

 そういう生き物なのだろう。と思うことにした。

 リトは欲しがっていたスキルを手に入れ、満足気だ。

 刀とスキルを手に入れ、準備万端整えて、地下四階攻略へ向かう。


「おお! おお。おおぅ。マスターマスター。コレ凄い」

 どんな感じなのか。

 迷宮に入ってからリトが興奮気味だ。

 一階二階でスキルに慣れてもらいたいので、ゆっくり進む。

 三階まですんなり辿り着いた。

 数度ゴブリンと戦闘になったくらいだが、それも索敵のおかげで先手を取れた。


「何かマズイ事が起こる気がする」

 三階に降りた所で休憩を取るが、男は不安が消えない。

 男は人の運というものは、結局プラマイゼロになるものだと思っている。

 良い事があれば悪い事がある。

 悪い事が続けば貯まった運が纏めてかえって来る。

 ろくなことがなく、ツイてない事が続いたら父親が死んでくれた。

 ギャンブルで運良く金が入ったら、病気で入院して金がなくなった。

 今までずっとそんな感じで、プラマイゼロになっていた。

 ここまですんなりこれたのは、リトのスキルのおかげもあるが運が良すぎる。

 ならば三階四階は酷い目に合うはずだった。

「索敵、頼むぞリト」

「あい。任せて」


 貯まった不運はすぐにかえってきた。

「ほかのパーティー」

 前方の四つ角の先、正面の曲がった通路の向こうに他のパーティーがいた。

「マスターまずい。逃げなきゃ」

 何故? もなく、何が起こるのか様子を見る事もなく二人はすぐに駆け出す。

 映画等でよくみる様子を伺う人々のシーンが、昔から男には納得いかなかった。

 攻撃するでもなく、逃げることもしないでグズグズと、何をしているのだろうと。

 何があるのか確認する間があるならば、逃げるべきだと思っていた。

 男もリトもすぐに駆け出す。直後、通路の先でファズボールが爆ぜた。

 周りのモンスターが集まって来る。

「ひぃやぁああ! 凄い。凄い集まって来てる」

 集まって来る化物が分かるのは便利だが、全て感知出来ていたら怖いだろう。

 目の前の四つ角へ向かう。右か左か曲がって走り抜けるしかない。

「左ムカデ来てる。右は狼いっぱい」

「百足は駄目だ。右だ」

 倒すのに時間が掛かるムカデと、今戦闘したら囲まれてしまう。

 右へ曲がると、いくらも進まない内に狼が走って来た。

 今は止まれない。剣を抜き、飛び掛かってきた狼を躱すと腹を切り裂く。

 すぐ目の前に来ていた二匹目の喉を掬い上げるように斬ると駆け抜けた。

 じゃれついてくる狼を蹴飛ばして進む。

「うはぁ! まだまだ集まってくる。マスター走ってぇ!」

「走るのは……得意じゃ……ないんだよ」

「前から熊来てる。マスター。そこ左!」

 左の狭い道に入ると、壁が崩れかかっていた。

 通路が狭いので反対側の壁に寄りかかるように倒れていた。

 胸の高さ位まで岩で塞がれ、下に隙間がある。

 目の前に迫る岩を仰け反って躱す。

 スライディングで崩れた部分を滑り進み、そのまま走り続ける。

 リトもぴったりついてきている。

「うぉ。何だ今の。どうなったんだ?」

 まるでアクション映画のワンシーンのように、華麗に障害物を躱した。

 ……が、意識して出来た訳ではなく、半分以上は運だった。


 狭い穴を通り抜けたが、アルミラージ達が追ってきた。

「今はいらないんだよ。来んな肉っ」

「マスター前からも来てる。熊っ!」

 囲まれる事を何よりも嫌う男は、すぐに方向転換する。

 後ろのウサギを先に片付ける、と一瞬で判断する。

 持っていたバスタードソードを手放し、狭い通路で使えるナイフを抜く。

 走りながら腰の後ろに差していた魔法のナイフを逆手に抜くと、飛び掛かって来た兎を切り裂いた。ナイフを右から左へ振り抜いた勢いのまま、兎が喉から噴き出す血をターンして躱し前へ出る。右足を斜めに踏み出し、重心を傾けてくるっとまわりながら、逆手のナイフを一瞬手放して順手に持ち替える。正面に向き直ると同時に、二匹目を右手のナイフで突き刺し、左手でそれを掴むと三匹目に兎の角を突き刺す。止まらず四匹目を倒れ込むようにナイフで貫いた。地面にウサギを縫い付けたナイフを手放すと脇差を抜いて振り返る。

「リト!」

「あい」

 走ってくるリトと擦れ違い、通路に現れた熊へ向かって突進する。

 リトは倒したウサギへ向かって走る。

 後ろ足で立ち上がった熊が前足の爪を振り下ろす。

 躊躇することなく飛び込み、屈み込んで爪を躱すと、脇差を突き上げる。

 肋骨を躱し胸の下、水月を下から突き上げ心臓を貫く。

 熊を蹴り倒し、その勢いで深く刺さった脇差を抜き、走り出す。

 手放した剣とナイフを拾ったリトが付いて来る。

 名を呼ばれただけで、何をするべきかキチンと把握していたようだ。

「そこ右。次の角まで」

 全力で走り抜け、角を曲がって一息ついた。

「だいじょぶ。もう近くにはいない。さっきのトコは群がってるけど」

「……ふぅ。リトのおかげで生き延びたな」

「うぇっへへへ」

 頭をなでてやるとリトは御機嫌になる。

 安くて助かる。

 索敵のおかげで、安全に休憩できるのはありがたい。

 少し歩き四つ角の岩陰で食事をして、少し休む事にした。

 リトの索敵があれば、囲まれる前に逃げられるので、行き止まりより安全だ。

「マリモは思ってた以上だったな。アレで生きて戻るとは、源三さんは凄いな」

 血と油を水で流し、拭いとった剣と刀とナイフを鞘に納める。

「三階に降りた途端にコレか。四階まで辿り着けるかねぇ」

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