第12話 趣味再開
「そろそろ三階にも降りるかい?」
朝の食事中に店の親父、源三が声を掛ける。
男はマッシュポテトに厚切りベーコンとソーセージ。
リトはいつもの何かの肉を朝からレアで食べていた。
「そうですね。今日は降りてみましょう」
「やっかいなのが多いからな。気ぃつけな。でっかいマリモみてぇなのが浮いてたら近寄っちゃいけねぇよ。アイツはいきなり爆ぜるからな。しかも、周りのモンスターを呼び寄せるんだ。俺達もアイツにやられたんだ」
「マリモね。気を付けましょう。一番気になってるのはアルミラージです」
「角生えたウサギか。アレは狂暴だったな。変な臭いするし」
「こっちにはウサギ肉ってあるんですかね? 日本人向きではないと聞きますが」
「どうだろう。ウチには入ってきてないな」
「そうですか。死んだ親父が、疎開先で兎捕って食べてたって言ってまして。それが美味かったと。一度食べてみたかったんですよ」
「へぇ。美味いのかぁ。喰った事ないなぁ。今度仕入れの時に聞いてみよう」
「楽しみにしてます。フランスでは
地下三階に降りると、思ってた以上にリトが大活躍だった。
頭を撫でてやると、うぇへへへと、だらしなく笑った。
何よりも解体ができるというのは便利だった。
出会う魔物はやっかいなのが多い。
源三の言っていたファズボールと呼ばれるマリモは近寄らないようにした。
人より大きな蜘蛛は気配を殺し、天井に張り付いている。
強力な毒があるので、不意打ちされるとかなり危険だ。
リトが察知してくれるので襲われずに対処できる。
体が柔らかいので、先に気づけば問題ない相手ではある。
うまく潰さずに倒せると毒袋等、体内の器官が売れる。
虫だと大きな百足がやっかいだった。
巨大百足と聞いていたが、人より大分大きく毒がある。
こちらの世界のムカデは、もともと大きいのかも知れないが。
巨大というのは元の4~5倍の大きさなので、人より大きいムカデは巨大ではないだろうと男は思った。何より速くて強くて麻痺毒があるのがやっかいだ。
毒があるのは牙に見えるが、実際は足が変形した物らしい。
根元から出る毒液を、爪に伝わらせて傷口に擦り込むようだ。
心臓近くにある百足玉と呼ばれる、白い球状の器官が錬金の薬の材料として売れた。何の器官なのかは謎らしい。
虫型だが実際は虫ではなく、モンスターであり、別の生き物だったりする。
数が多いのは狼だった。
人を乗せて走れそうな程大きいのに、数匹で動き回り、やたらと狂暴だった。
あまり大きな群れで行動していないのが救いだが、通常狼は冬に群れて、夏は一匹で行動するものではなかったか? と、モンスターだという事を忘れて男は、昔の記憶を探っていた。毛皮を綺麗に剝げばいくらかになったし、肉も売れた。
日本人ばかりなので、拠点では食用にならなかったが、ここを管理している国で買い取ってくれるらしい。こちらでは狼も食肉になるようだ。
毛皮が採れるのはもう一種、大きな熊がいた。
見た目の色合いは
狼もそうだったが、狂犬病にでも掛かっているのかと思う程狂暴だった。
猟師でも熊は特別な熊撃ち用ライフルが必要だとか。
厚い脂肪と軽い剣戟くらいなら弾く、剛毛に守られた体はタフだった。
肉は臭くて持って帰れない。
「いた。でかいなぁ」
そんな中ついに出会った。
アンゴラウサギと同程度か、少し大きいか。
黄色い毛皮に黒い大きな角。
狂暴な肉食の兎。伝説のアルミラージだ。
ちなみにアンゴラウサギはトルコ原産で、アンゴラ共和国は関係ありません。
元は食肉用に品種改良されたでっかいウサギです。
何故アンゴラなのかは所説あるのでお好きな説をどうぞ。
「リトと同じ肉食のウサギだぞ。一匹持って帰るか?」
「ん。仲間? でも変な臭いする。臭いからいらない」
あまり興味なさそうだ。狩っても恨まれないだろう。
剣を抜いて斬りかかるが、硬い角が受け止めた。
「うぉ! そんなに硬いのか」
アンゴラウサギと違い、見た目より大分速い。
思っていたより大分苦労して、やっと仕留めた。
「数いたら、ヤバイなこれは」
毛皮も角も売れるが、肉も食用として売れるらしい。
肉食なのに柔らかくて臭みもなく美味しいと聞いた。
「食べてみるか」
「にくっ。食べるの? ここで。とれたてっ」
うさぎ肉をリトに食べさせて平気なのだろうか。
本人が瀧の様に涎を垂らして、はしゃいでいるのでいいのだろう。
火を熾し、リトが解体した肉を捌いて焚火で焼く。
「にくっ。にくっ。に~くっ」
身を乗り出し、ぴょんぴょん跳ねている。
焚火に飛び込みそうな位、興奮しているリトを掴んでおく。
「腸はやめておくか。中身の糞ごと食べる料理がどっかにあったなぁ」
肉食のウサギなので、腸の中身も何かの肉という事になる。
日本でも東北の一部地域でスカ料理という糞を食べるものがあるそうです。
スカの意味は謎です。
スカベンジャーとかでしょうか。
しかし、古くからある料理らしいので、英語ではなさそうです。
「もういいかな」
焼きあがった肉をリトにも分けてやる。
「んまっ。うまぁ。んっ!」
相変わらずリトは、肉を食ってる時は野生化するようだ。
柔らかくて美味かった。
野生のウサギの肉はクセがあると聞いていたが、こちらの世界はどうなのか。
「ラパンもあるのかな。リト、ラパンて分かるか?」
「パン? 知らない」
「養殖はしてないかぁ」
養殖のウサギの肉をラパンといいます。
ウサギでもパンでもありません。養殖の肉です。
輸入肉の販売かと勘違いするので、店の名前に使うのはどうかと思われます。
ちなみに羊はマトン。子羊はラム。カツレツは肉片です。
昔の豚肉は、安い代わりに油が少なく、パサパサしたものでした。
そこで衣をつけて油で揚げて、高価な牛肉の代わりにしたのが、トンカツです。
最近は聞きませんが、昔はそんな噂もありました。
毛皮や素材は良い値段で売れた。
暫くはこの階層で、毛皮と肉集めもいいかもしれない。
そんな狩人生活を始めるなか、待っていた道具が揃った。
「リト。下でお肉食べてきな」
男はリトを酒場へいかせる。
ラキスがいる酒場なら、リトを一人にしても平気だろう。
楽しみの為に、部屋に一人で籠る。
男は以前、日本刀の手入れが趣味だった。
それをついに再開できるのだ。
出来上がったばかりの脇差だ。
新刀なので手入れが必要なのではなく、ただの趣味である。
横にして下に置くと、目釘抜を使い目釘を抜く。
刀身が抜け落ちないように、刀身と柄の穴を貫いて刺さっている釘だ。
左手で下から持ち上げる様に鞘を握り、右手で上から柄を握ると
ゆっくりと真っすぐに抜いていくと、美しい刀身が現れた。
柄や鞘を飾り立てるのではなく、刀身そのものを美しく造る。
それも日本刀の特徴で、つい、うっとりと見つめてしまう。
左手で柄頭を握り、肩に担ぐように斜めに立てる。
拳で軽く左手を叩いていき、緩んで顔を出した
表にも裏にも銘は刻まれていなかった。
打刀の場合は横にした時、刃が左向きになる方が表。太刀は逆になる。
新刀なので、汚れを拭きとる下拭いもアルコールも必要ない。
表の鍔元から切先へ、軽く叩いて打粉をかける。
切先までかけると裏に返し、先から鍔元へ向けて打粉をかけていく。
棟にも軽くかけたら、拭い紙代わりの革で拭っていく。
汚れている訳ではないが、男はこの拭いの時が好きだった。
刃先を軽く挟み押さえるように革をあてると、力を抜いて鍔元から切先へ。
静かに切先まで拭っていき、スッと力を抜く。
油を染み込ませたガーゼで、拭いと同様に下から上へ油を塗っていく。
薄く、むらなく塗っていく。
油のついた手で、軽く茎にも油を塗る。
「ふぅ……」
久しぶりに刀の手入れが出来て、男は満足そうだ。
「一人で部屋に籠り、お楽しみ中なので外に出された」
と、リトが酒場で誰彼構わず吹聴しているのも知らずに。
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