第9話 健太とヒロ

「また俺だけか……」

 このクソッタレな世界に来て、何度迷宮に潜ったのか。

 何人の仲間が死んでいったのか。

 また俺だけ生き残っちまった。


「今度は死なない奴を仲間にしよう」

 兵隊は死ぬもの。

 自分も含めて、オヤジの為に死ぬのが当たり前だった。

 仲間を死なせない戦い方を知らなかった。


 迷宮の出口で、生き残って出て来る奴を待つ。

 仲間が全滅しても、一人だけでも生き残って帰ってこられる奴。

 そんな奴を見つけた。何か格闘技をやってそうな体だ。

「よう。何かやってた体だな」

「総合だ」

「アレかタックルして馬乗りになるスポーツか」

 怒らせる気はなかったのだが、少しムっとしているようだ。

「すまねぇな。ルールがないストリートじゃマウントなんてとれないんでね」

「ほぅ。上に乗られてもどうにかなると?」

「試合じゃないんだ。一対一を約束されてないし、相手が素手だと決まっちゃいないんだよ。マウントなんて、下から刺されて終わりだ。素手でも目の前に金玉があるんだ。潰せばいいし、ケツの穴に指でもなんでも突っ込んでやれば、跨っていられる奴なんてそうはいないさ。試してみるかい?」

 プロのタックルなんてくらったら終わっちまう。

 足を使われて動き回られても、どうにもできない。

 どうにかなる可能性としては、足を止めての殴り合いしかねぇ。

「うっ……。迷宮も……試合じゃなかったな。皆死んだのはそのせいか」

「まぁいいさ。ひと勝負いこうじゃないか。かかってきな」

「な、何を言って……」

 こいつも迷宮で仲間を失って、生き残ったんだ。

「さぁ、来い!」

「……っ!」

 おっ、やる気になったか。

 結構マジにやってたみてぇだな。構えだけでも分るくらいにはな。

 不意に顔がはじけ飛んだかと思うほどの衝撃が来る。

「っ……ふんっ。こんなもんか?」

 何を喰らったんだ?

 なんも見えなかったぞ。

 ジャブってやつか。クソっ、避け難いんだよな。

 俺はそもそも華麗に躱して戦ったりなんか出来なかったな。

 バカスカ殴りたい放題だな。うぉっ! ローキックか。太腿折れてないか?

「効かねぇな。ローなら膝に入れな。腿じゃ効かねぇよ」

 そんな事ねぇよ。もう足の感覚がねぇぞ。これ以上はマズイ。

「手も足も出せないようだがな。喧嘩屋なんてそんなもんさ」

 決めにくるな? ここだっ!

「ぐぁっ!」

 距離を測ったジャブからのストレートは甘いぜ。

 頭をあわせるくらいはできるさ。

「まぁよくやった方だよ。後でな……」

 体ごと体重を乗せて拳を振り抜くと、倒れて動かなくなった。

 今のは3メートルは飛んだな。

 そうでもないか?

 まぁいい。目が覚めたら、仲間にしてやろう。


 なんとか仲間を集めて迷宮に潜れるようになった。

 殺し屋だの物騒なのが混じっちゃいるが。

 格闘家のとし、プロレスラーの三浦、殺し屋だった橘、チンピラだが見所のある潤。

 装備も整ってきたし、なんとかやれている。

 名前が思い出せない代わりに、変な能力も使えるようになった。

 ギフトっていうらしい。

 滅多に使えるもんじゃないが、ここぞって時には無いよりマシだ。

 俺のギフトは一撃必殺。

 発動して素手で殴ると相手が死ぬ。

 とんでもなく強力だが、躱されたりして当たらないと俺が死ぬ。

 発動したら必ず誰かが死ぬって危ねぇギフトだ。


 何時迄経っても、名前は思い出せない。

 仲間達がくれた名前、健太を名乗ることにした。

 最近よく会う熊みてえなおっさん達は地下三階まで行ってるらしい。

 俺達もそろそろ三階まで行ってもいいかもな。

 あの熊みたいなおっさんの作った飯は美味かったな。

「最近増えてきましたね」

 俊が拠点のゴロツキどもを気にしてる。

 碌に迷宮を潜らず、地上で人同士グダグダしてる奴らだ。

 俺はオヤジのところへ戻らねぇといけないんだ。

 いちいち、かまっていられなかった。

「熊のおっさんも気にしてたな。少し片づけねぇとならねぇかもな」

 そんな事を話しながら迷宮に行くと、入り口の脇に少年が蹲っていた。

 もう一人寝かされているのは、死んだ仲間か?

「アイツも一人になったのか……まだ子供じゃねぇか」

 中学生か高校生か。そりゃあ泣くしかねぇよなぁ。

 なんか気になっちまった。なんでかね。



「うぅ……なんでっ。ここまで戻れたのに」

 最後の一人も力尽きて息を引き取った。

 僕一人だけ生き残ってもどうにもならないじゃないか。

「よう。生き残ったか少年」

 顔を上げると、いかにもな感じのおじさんがいた。

 そういえばこういう人達とか、不良とかにはよく絡まれた。

「お金はありませんよ?」

 なんだろう? 大笑いしてる。

 変なおじさんだ。


 その人も一人生き残った事があったそうだ。

 変なおじさんは健太さんというらしい。

 何故かその人と話していたら、もう一度頑張ってみようと思えてきた。

 見た目は怖いけど、不思議な人だ。

「そういえば。健太さんは僕の目が気に食わないとかないんですか?」

「なんだそりゃ」とまた笑ってた。

 目が気に入らないとよく言われるのだ。と伝えると

「だろうな」と、分かる気がするという。

 きっと、眩しいのだろう。と不思議な事をいった。

 そういう奴はとりあえず殴ってやれ。と無茶なことをいった。

 分からないがそういうものらしい。


 健太さんは色々と面倒を見てくれた。

 同じ年頃の仲間達ができ、迷宮に潜る日々が続く。

 思い出せない名前も貰った。

 ヒロを名乗ることにした。

 そんなある日、熊のおっさんと呼ばれている源三さんのパーティーが壊滅した。

 戻ってこれたのは三人だけだった。

 源三さんと小林さんは怪我が酷く、もう迷宮には潜れないらしい。

 健太さんとも前から言っていた、拠点をどうにかしようという話になった。

 源三さんが酒場を始めて料理を出してくれる事になった。

 小林さんも道具屋を始めてくれる。

 健太さん達と僕らも協力して、皆に働きかけた。

 戦えない人達は、拠点で何かしら仕事をしてもらう。

 迷宮で化物と殺し合いをしているのに、人同士で争ってなくてもいいじゃないか。

 皆で働きかけて、大分雰囲気も良くなったと思う。

 後は迷宮を早く攻略して、向こうの世界に帰ろう。


「そろそろ地下四階を目指してみようか」

 地下三階にも大分慣れてきた。

 そろそろ地下四階に辿り着きたい。

 迷宮には各階に一体だけ、強力な個体がいるらしい。

 噂だけで、まだ見た事はなかったけれど。

 ついに僕らも出会ってしまった。

 そいつはあの全滅の時を、仲間の死を思い出させる程、強力な怪物だった。

 大きな体の狼だったが何かがおかしい。違和感があった。

「みんな、気を付けて。ただの狼じゃない」

「へっ。大きくてもどうせ犬じゃないか」

 ナイフを抜いて翔悟が飛び出す。

「ウォンッ!」

 狼が吠えると紫の煙が発生した。

「なんだっ? みんなさがって!」

 翔悟達三人が煙にまかれてしまう。

 煙はすぐに消えるが、三人は倒れて動かない。

 毒なのか? まさか……死……いや! 生きてる。

 眠らされたのか?

「ワフッ……ウォオオッ!」

 今度は突然、空中にいくつもの氷の礫が現れ、飛んで来た。

「二人共、さがって!」

 山城さんの張った魔法の障壁が、飛んでくる氷弾を防いでくれた。

 彼女のギフトは魔法だ。

 障壁とバフを掛けて貰えて、攻撃は光弾を撃つ事ができる。

「ダイアーウルフ。魔法を使う大型の狼だよ。きっと」

 充はアイテム係だが、パーティー内で唯一、ファンタジー関係の知識がある。

 この世界はアチコチの伝説伝承、創作がゴチャゴチャに混じっているらしい。

「魔法を使うなら接近戦しかないな。ミツ、三人は任せた」

「任せてっ。たぶんスリープクラウドだ。すぐ起こすよ」

 三人を治療して貰う為に、狼へ飛び掛かる。

 大きな体なのに素早い動きだ。

 何度かは僕の剣も当たっているが、毛皮が硬くて歯が立たない。

 動きを止めないとまともに刺さらないな。

 山城さんの魔法で強化されて、なんとか戦えるが限界は近い。

「このっ……犬っころがっ!」

 起き上がった翔悟が飛び掛かりナイフを突き立てた。

 三人を起こした充が小瓶を投げつける。

 狼の足元で割れて中身が飛び散る。

 緑色の粘液が、狼の足に絡みつき動きを制限する。

 錬金術だとか、魔法だとかの不思議なアイテムだ。

 そんな不思議な薬やアイテムを、充は効果的に使って戦闘を補助してくれる。

 接近戦も四人でなら、魔法を使わせずに攻めたてられる。

「ヒロくん! いくよっ」

 山城さんの攻撃魔法だ。白い光が長く尾を引いて飛ぶ。

「使うぞ。さがって!」

 二つの光弾が狼の脇腹に当たり、動きを止めた。

 三人がさがるのと同時に飛び込む。

 剣が放電しながら輝き、稲妻をまとう。

雷刃剣らいじんけん!」

 剣に雷を纏い攻撃できる。

 剣を避けても、防いでも、雷の刃は敵を討つ。

 僕のギフトが狼を切り裂き、黒焦げにする。

 日に何度も使えるものではないけれど、我ながら凄まじい威力だ。

 切り抜けた。

 この仲間となら最下層にだって、辿り着ける筈だ。


 パーティー名も作っていたけれど、いつの間にかモグラと呼ばれるようになった。

 それならば。と、土竜をパーティー名にした。

 いつからだったか僕は勇者を名乗りだした。

 僕が強ければ、誰も死なないで帰れる。

 一人でも多く助けて皆で帰るんだ。

 そう強く思い、勇者を名乗った。

 もう仲間は誰も失わない。

 誰も死なせはしない。

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