第10話 突撃少年

「うぉぉおおおっ!」

 迷宮に雄叫びが響き渡る。

 通路の行き止まりで、集まって来るゴブリンを次々に切り伏せていく。

 両手に剣を持って振り回しているが、両方ブロードソードだった。

 利き手がない両利きの少年のようだ。

 背は高くないが、体はガッチリとして腿も腕も太い。異様に太い。

 歳は10代半ば位か、まだ幼さも残る顔立ちだが、余程鍛えていたようだ。

「亮ちゃん。まだ来るよ」

 その少年の後ろ。行き止まりの壁際に少女が立っていた。

 細く華奢な体で、とても戦えるようには見えない少女だった。

「何匹来ようと全部斬る」

 少年は、亮は少女を背に立ちはだかる。

「環は俺が守るんだ。敵は俺が全部斬ってやる」

 少女が、環が何か紙片を取り出した。

「彼を守って。守護。増強」

 環の持つ二枚の札が緑と赤に光り、亮に向かって飛ぶ。

 体に張り付いた札が、亮に不思議な力を与え消えた。

 亮の体表に、薄く緑色の幕が張られる。

 強化された腕力で、ゴブリンの群れを一人で蹴散らしていく。


「へぇ。地下三階の敵は面倒くさそうだなぁ」

 男は酒場に張り出されたモンスターの情報を確認していた。

「マスター。マスター。おなか痛くない? ねぇ。まだ寝てよ?」

 傷がふさがり動き出したが、心配でたまらないリトはオロオロしている。

「はっはっは。もうなんともないさ。ほぅら、綺麗にくっついてるだろう」

 服をめくって見せる。

 横っ腹に大きく切られた痕が残っているが、それ以外にも、体中に傷跡があった。

 日本人なのに何故か、銃創にしか見えないのもいくつかあった。

「もう、動けるんですか。タフですね」

「おじさん。おかしな傷が見えたけど、ホントに日本人なの?」

 モグラのヒロと充が声を掛けてきた。

「お騒がせしました」

「いえ。もう潜る気ですか?」

「そうですね。落ち着かないし、寝ているとなまってしまいますから」

 ヒロがこっちをジっと見てる。

「どうかしましたか?」

「ずっと気になってたんです。僕の目が気に入らないとかありませんか?」

「どういう意味でしょう?」

「よく言われるんです。特にアナタの様な人達に」

 絡んでこないのが不思議だったようだ。

「なるほど。まっすぐで眩しいのでしょうね。その目が…」

「目が……」

「そういう人達は、殴り飛ばしてあげるのが一番いいと思いますよ」

 ヒロはキョトンとしている。

「どうしました?」

「あ……い、いえ、すみません。他の人からも以前、同じことを言われたので」

「そうでしたか。やっぱり皆同じことを考えるのですねぇ」


 リトが腹をすかせて肉を強請ねだり始めたので、カウンターに着く。

「おじさん。おじさん。そんなことよりも三階には行くの?」

 リトが夢中で肉にかぶりついていると、暇なのか充がついてきた。

「もう少し二階で慣れたらですが。肉食のウサギは中にもいるんですね」

 男は隣の肉食ウサギを見ながら、リストにウサギを見掛けた話をした。

「アルミラージだね。結構凶暴だよ」

「アレってどっかの島に居るんじゃなかったかな?」

「なんとかティニン島だっけ? インド洋だかの」

「あのウサギ肉食なのか!」

 いきなり源三が話に入ってきた。

「熊の親父さん知らなかったの?」

「俺の頃は名前すら分からなかったからな。そうか……いるのか肉食」

 肉を頬張るリトを見て角を探してる。

「バーゲストってのもあったけど、たしかイギリスの幽霊だかなんだかだっけ?」

「精霊だったり、悪霊だったりする奴だね。犬の姿で現れるのに犬じゃないとか。良くわからない変な犬。ココのは、ほぼ犬だね。霊体ではないみたい。迷宮のモンスターは地域も伝承も、色々混ざってるみたい」

「混ざってるということは、こっちの世界独自の怪物ではない。という事ですか」

 不思議だ。

 人だけでなく、モンスターも異世界から送られて来るのかも知れない。

「み~んな、おは~よ~う。愛を届けにぃ……来たぞっ!」

 突然変態が酒場に飛び込んできた。

 体がデカイが顔もデカイ。髭も体毛も顔も濃い。

 真っ赤なマントをひるがえす、紫のピチピチブーメランパンツ。

 変態のおっさんが飛び込んで来て、気持ち悪い事を大声で叫びだした。

「あ、おじさん初めてだった?」

「何だいアレは……」

「光の翼、サブリーダー恵さんだよ。結構有名人なんだ」

 宗教団体のようなパーティーは、変態組織だったのか。

「私は愛の伝道師! 皆! 私を見ろっ! 見つめるがいいさ!!」

 ギフト『注目』を発動した。

 効果範囲にいる生物は、変態から目が離せなくなる。

「あ……」

「な、何だ。目が離せない」

「ゴクリ……なかなかキレてる。俺に匹敵する良いからだかも」

「な、なんだ、あの変態はっ!」

 騒がしかった酒場に、別の種の喧騒が広がっていく。

 酒場に居た全員が、変態中年に釘付けになっていた。

「いぃやぁあああ! マスター! 変態がいるぅうううっ! 見たくないのにぃ!」

 肉を食べて幸せに浸っていたリトも目が離せなくなり、泣き叫ぶ。

「彼のギフトのせいで、暫くは見てるしかないよ。そのうち慣れるさ」

「酷いな。あの奇行もギフトの所為で?」

「どこまでがギフトなのかは、本人にしかわからないけどね」

 タリーとどっこいの気持ち悪さだ。

 効果が長くないのが救いだった。


 変態騒ぎが収まったところで、健太が入って来た。

「おや、凄ぇな。もう動けるのかい」

 死にかけてた姿を見ていたので、驚いていた。

「生き残ったのなら何か祝わないとな。娼館なんてどうだい?」

「異世界の娼婦ですかぁ。どんなんでしょうねぇ?」

「おっ。おっさんも男だねぇ。色々いるぜぇ。獣人なんかもいるからな」

 二人が娼婦の話で盛り上がりだすと、リトが椅子に立ち上がり怒り出す。

「リトはもう大人。マスターはリトを使えばいい。娼館なんていく必要ない!」

「おお。奴隷ちゃんが怒り出したか。おっさん、またなっ」

「僕も……用が……」

 皆そっと離れていく。

 源三は笑い転げている。

 男はリトを宥めるのに苦労した。


 酒場で酷い目にあった二人は地下に潜ることにした。

 ランタンは男の腰に付けて、松明は二人共手に持っていく。

「そういえばリト。日本語覚えたのか?」

「マスター。寝てる間、習った。……デス」

「ほぉ。凄いな」

「うぇへへへ。もっと褒めるといい。……デス」

 頭を撫でられると、だらしなく緩んだ顔で変な声で笑う。

「……そのですってのは、何だ」

「語尾にデスを付けると聞いた。……デス。デスノとデスヨもある」

「誰に聞いた?」

「もぐらの充。……ですの」

「そうか。その語尾はやめような」

「うぃ~」


 階段へ向かう途中に、お食事中のゴブリン達がいた。

「多い……六体。三体……四体まではイケる。ヤル?」

 男が頷くとリトは、気配を消して食事に夢中なゴブリンへ近づく。

 ナイフを抜きゴブリン達を傷つけ、麻痺させていく。

 仲間が倒れていき、慌てだすところへ男が走り込み、叫ぶ前に始末する。

「よくやった。リト」

「うぃ。三人喰われてる」

「食べるなよ」

「……うぃ」

 流石に食人兎を連れて歩くのはマズイ気がする。

 人を食べている所を見られたら大事おおごとだ。

 腹が膨れているからか、リトは肉には興味を示さなかった。

 一人はまだ微かに息があり、小さく呻き声をあげていた。

 腕も足も食いちぎられ、腹も割かれて、臓物を食い荒らされていた。

 動けなくなっているゴブリン達と一緒にとどめを刺す。

 この状態から復元したら、どの程度体力を使うのか。

 試してみる気にもならなかった。

 助けなかった事をリトが気にするかと、そっと様子を見る。

 どうやら他人が死ぬ事に興味はないようだ。

「治せたかも知れないがな」

「ダメっ。絶対にだめ。アレは……あの力は使っちゃダメ」

 リトが慌ててしがみつく。

 少しトラウマになってるようだ。

 三人は特別な物は何も持っていなかった。

 遺品として持ち帰るような物もなく、装備を剥がしていく気にもならない。

 その場に残し階段を目指す。


 二階を探索していると、三体のオークを倒したところで雄叫びが聞こえてくる。

「リト、何だ?」

「ん……人。たぶん二人。……何かと戦闘中。たぶん三体。二つはオーク」

「こっそり、見に行ってみるか」

「うぃ~」

 二人はそっと覗いて見る事にした。


 バグベアと二体のオークが少年と戦っていた。

 少年は少女を守り、一人で立ち向かっている。

「ほぉ……力任せに振り回すだけだが、二刀で戦えるとは。たいした小僧だ」

 少年の体は、うっすらと光っている。

「魔法って奴か?」

 見ていると、オークの剣は何度か少年に当たっていた。

 無傷ではないが、緑の光りの膜が攻撃をはじいていた。

「ゴブリンくらいなら振り回すだけでも勝てそうだが、オーク二体は厳しいかな。」 

 力任せでは、毛深いバグベアには刃が通らない。

 魔法で強化されてても、あんなに振り回してたら、先に体力が尽きるだろう。

 どっちにしても、少年に勝ち目はなさそうだ。

「マスター。助けるの?」

「ん~……どうするか。リト、ナイフでこっそりイけるか?」

「無理。あそこじゃ、こっそり近づけない」

 暢気な会話をしている間にも、少年の体力は尽きてしまいそうだ。

 息が荒く、動きも鈍くなっていく。


りょうちゃん! もぅ逃げてっ!」

たまきは俺が守るんだ。俺は環の剣になるんだ」

 少年の体力は限界だった。

 ゴブリン相手に暴れまわった所為もあり、両腕が重くて上がらない。

 オークの攻撃を避けたところへバグベアの一撃が襲う。

 粗末な作りの大きな棍棒が、亮の脇腹にめり込む。

「亮ちゃん!」

 壁まで飛んで叩きつけられ、剣もどこかにとんでしまう。

「ぐぅ……あぁ……ま、守るんだ」

 霞む目で環を見つめ、薄れていく意識を必死に繋ぎ止める。

 しかし、体は動かない。環にオークが迫る。


「仕方ないな、今回だけだぞ。俺は女子供には優しいんだ」

 少女に迫る二体のオークを切り伏せ、バグベアに剣を向ける。

 リトが毒ナイフを抜き、少女の前に立つ。

 バグベアが雄叫びを上げる間もなく、男が切りかかる。

「ちっ……かってぇな」

 じっとしてるなら別だが、動き回っていると硬い毛が邪魔になる。

 斬れない事はないが、なかなか致命傷にならない。

 しかし、時間をかけすぎると何が集まってくるかわからない。

 上から振り下ろされる棍棒に、剣を擦り合わせ払い落す。

 男の左足が、亜人の左膝に絡みつくように打ち込まれる。

「ブギョアアッ!」

「砕けねぇか」

 怒りに任せた大振りな横薙ぎの一撃が男を襲う。

「それを待ってたんだよ」

 当たれば肉が飛び散り、骨が砕けるであろう一撃に、恐れも見せず飛び込む。

 低く、身を低く沈めた姿勢で棍棒を潜り抜ける。

 そのままバグベアの脇を擦り抜ける。

 一閃!

 両手持ちにしたバスタードソードが、閃光となって亜人を切り裂く。

 脇腹を切り裂かれたバグベアは、ドロドロと中身をこぼれさせ膝をつく。

 叫び声を上げる間も与えず、突き出された男の剣が首を貫く。

「おっかねぇ。頭がなくなるかと思った」

 リトが跳びつき男の体をよじ登って、頭に傷がないか調べ出す。

「あ、あの……ありがとうございました。助かりました」

 少女が駆け寄って来る。

「無事かい? 色々集まってくる前に移動した方がいいけど。彼、どうする?」

「あっ。亮ちゃん!」

 助けが入り安心したのか、痛みの所為か、少年は気を失っていた。


 少年を担いで階段まで退くと、仕方なく話を聞くことにした。

「私は環っていいます。符術というのが使えます。」

「へぇ……魔法ってのとは違うのかぁ」

「ほんのちょっぴりですが、力強ちからづよくなったり、硬くなったりします。」

「そうかい。二人だけかい?」

「はい。私は17才で、こっちは二つ下の亮ちゃんです」

 幼馴染で、一緒に飛ばされてきたそうだ。

 符術はギフトかと思ったら元からのものらしい。

 護符を使ってバフを掛けられるようだ。

 他に三人の仲間がいたが、上の階でゴブリンに襲われて、はぐれたという。

「そっちの子。亮ちゃんか……その子は重体だ。一度戻った方がいいな」

 肋骨が何本か折れているし、頭も打っている。

 指も折れてるし、右足も痛めてる。

 体中傷だらけだし、内臓も傷ついているかも知れない。

 壁にぶつかった時か、右の三叉関節も脱臼しているようだ。

 関節とは名前だけで関節ではないので、外れていても嵌める事はできない。

 放っておいても鎖骨が少し動くだけだ。……痛いけど。

 男に復元してやる気はまったくない。

 痛いだけで今すぐ命に係わるケガでもない。

「あ、はい。あ、あの私を……あの。私の体を好きにして下さい!」

 めんどくさいのを拾ってしまったかもしれない。

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