第8話 油断
「くそっ……やらかしたな」
涙をいっぱいに貯めたリトが、泣き喚くのを必死に堪え止血する。
「厄介な事に帰りは一本道だ。戦闘を避けては帰れないな」
地下二階。
出現モンスターは一階とほぼ同じだった。
階段近くで四体のオークに出会う。
攻撃を見切り、小さく躱し、剣を振るう。
腿、腕の内側。首筋。脇腹。
骨に当たらないように、柔らかい部分のなるべく太い血管を狙い、倒していく。
最後の一体の首を撥ね切った。
だが……躱したつもりが、躱し切れていなかった。
オークの最後の一刀が、男の脇腹を撫で切っていた。
「くっ……油断したか」
「マスター!」
座り込む男に、リトが飛びつく。
「だいじょびっ! すぐ、すぐ、止血するから」
「落ち着け。
なんとか階段を登りきるが、血を流しすぎて力が抜けていく。
臓物が流れ出てないだけマシだが、血が足りない。
リトが、さらしをきつく巻いた男を、出口まで運ぼうとする。
力はあっても、体が小さすぎて引きずってしまう。
「マスター。お願い。マスター。やだぁ」
リトは泣きながら、男を引きずっていく。
松明が持てないので、腰に付けたランタンだけが光源だ。
中身が出ないように、出来る限り揺れないようにそっと、ゆっくり、速く進む。
「ダメっ! 来ないで。マスターお腹痛いから……だめ」
二体のゴブリンに見つかり、ナイフを構えたリトが立ちふさがる。
倒れていた男が、リトの脇を駆け抜けゴブリン達を切り伏せた。
しかし、すぐに倒れ込む。
「見つかった時だけ……一瞬だけ……動く。あとは頼む」
「あい、マスター。リトが連れて帰る。任せて」
「あっ! 大丈夫ですか!」
他のパーティーに見つかったようだ。
倒れている人間に向かって、大丈夫? はおかしいだろうと思う。
大丈夫なのに外や廊下で横になってたら、頭がおかしいだろう。
「アナタは頭がおかしい人ですか?」と訊ねているのと変わらない。
倒れている時に、一番腹の立つ一言だ。
女の子が叫びながら走って来る。
「ケガしてるの? みんな! ケガしてるみたい!」
丁度、曲がり角で見つかって捕まってしまう。
「やめて……なんで? こないで……」
リトはマスターを守るように抱きしめ、泣き出すのを堪える。
残りの仲間達も叫びながら、駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」 「歩けそうにないな」 「連れて帰るか?」
仲間達も騒ぎ立てるだけで、ゴブリンに出会うのと大差ない。
「向こうへ……行ってくれ……今は……」
「苦しいのかい?」 「傷をふさごう」 「早く連れ帰らないと」
男が力を振り絞り、途切れ途切れに見逃してくれと頼む。
しかし、各々勝手に騒ぐだけて放して貰えない。
「マスター!……きた」
当然モンスターが集まって来る。
奥からオークが四体。出口側からもオークが三体来る。
「そりゃあ騒げば寄って来るだろうよ。何か俺に恨みでもあるのかい?」
「なんだと! 助けに来てやったのに」
「そうかい。ハラワタが出そうで、余裕がないんだよ」
男は剣を抜き、立ち上がるとオーク三体へ、フラフラと歩み寄る。
「六人もいるんだ。そっちは……やれるだろ。リト」
「あいっ」
男の合図で、リトが矢を撃つ。
オークには当たらないが、リトの飛び道具を一瞬警戒する。
その隙に男はするりと近づき、一息で三体の首筋を撥ね切った。
余裕があって一息に倒せた訳ではなかった。
今の体で打ち合えば傷が開き、色々出てしまう。
イチかバチか、こうするしかなかっただけだ。
「うまくいったか。リト……」
「あい。任せて」
力の抜けた男をリトが引きずっていく。
「いやぁ! しなないでっ!」 「くそっ! ぐぁっ……」 「うわぁあ!」
向こうはまた、はしゃいでる。
「向こう……追加。たぶんゴブリン」
リトが奥から来るゴブリン達を感知する。
勝てないまでも、もう少し離れるまで足止めをして欲しいと願う。
騒いでモンスターを呼び寄せて、さらに増援まで呼んでいる。
何故無駄に騒ぐのか……。
騒がしいパーティーを全滅させた魔物の群れは、リト達に興味を持たなかった。
腹が減っていたのか、死体を夢中で漁っていた。
リトは静かに、ゆっくりと、出口に向かい引きずっていく。
「あと……二回だ」
「うぃぃ。ダイジョブ。もうちょっとだから」
出来る限り動かずにいても、戦闘できるのは後二回が限度だとリトに伝えた。
リトは全てを聞かずとも、ほぼ一言で男の要求を理解し、実行していた。
命令を聞く事、それ自体がリトの目的になっていた。
その為それを何故するのか、必要なのか、内容を考える前に命令に従って動いた。
戦闘中も邪魔にならないように身を隠し、牽制もできるようになった。
男は肉で餌付けがうまくいったのだと、引き摺られ乍ら、そんな事を考えていた。
「マスター。敵」
リトが敵を感知した。
ウサギの力なのか、索敵範囲はかなり広く
「まずいな……いけるか?」
ゴブリン三体を連れた大型のゴブリンが近づいて来る。
脇道もないほぼ直線で、逃げも隠れもできない。
男は立ち上がり剣を抜くと、息を整える。
臍の下に貯めこむように鼻から息を深く吸い込む。
胸でなく腹で深く、ゆっくりと呼吸する。
口からゆっくりと吐き出される。
コォォ……と低い音が漏れる。
呼吸の度に男の背筋が伸び、力が
「リト」
男は一言、リトの名を呟くように呼ぶ。
「あい」
まだ距離は離れていたが、リトのクロスボウからクォレルが飛ぶ。
牽制の一矢だったが、大きなゴブリンの左目に突き刺さった。
リトに気づき駆け寄ってくるゴブリン達に、毒ナイフが飛ぶ。
「グギャッ!」 「ギュェ……」
二匹が途中で倒れて動けなくなった。
飛び込んで来たゴブリンに、男の剣が下から擦り上げられる。
脇腹から入り、肩まで深々と撫で切った。
「ギュギャアアアアッ!」
雄叫びを上げて、片目のゴブリンが手斧を振り上げ迫る。
「そう騒ぐなよ」
男は振り下ろされる斧を掻い潜り、左手側に抜けて剣を振り下ろす。
左目が潰れた魔物の死角から、両手持ちにしたバスタードソードが首を刎ねた。
「ふぅぅ……」
力が抜け、崩れ落ちる男にリトが跳びつく様に駆け寄る。
「ますたぁ。もうちょっとだよぉ。もう出口だからぁ」
リトは泣き喚きそうになるのを必死に堪え、男を引き摺っていく。
もう、出口も近い。
人も入って来るから、敵も倒されていて、出会わないかも知れない。
どこから湧いて来るのか分からないが、湧くところは誰も見た事がないらしい。
いきなり目の前に湧いて来たりはしないだろう。
「マスター。また来た。……たぶんゴブリン3体」
小柄な人影が近づいて来る。
「何か来てるな」
ゴブリンの向こうから何かが向かって来ている。
見えない距離でも息苦しい程の、重いプレッシャーのような気配が向かって来る。
近づいてきたゴブリン達が、声を上げる間もなく切り倒された。
「おや……獲物を横取りしちまったかな?」
グレートソードを片手で振り回し、一瞬でゴブリン達を片付けた男。
酒場で会った健太と名乗った男だった。
「随分と弱ってるみたいだな。今なら……」
起き上がる事もできないのか、リトに抱き抱えられる男が健太を見上げ、答える。
「試して……みるかい」
健太の仲間達も後ろで身構えた。
「……ふっ。やめておこう。割に合わない事になりそうだ」
健太は仲間を連れて、奥へ消えていった。
「引きずった血の跡が……この出血量で動けるものですかね」
「あの目を見たか? 死にかけてるのに……おっかねぇ奴だ」
「あの男。生き延びますかね?」
「さあな。かなり深い傷だったがな」
健太達は、引き摺った血の跡を辿るように階段を目指す。
リトが必死に引きずって来たおかげで、出口まで10M程まで来られた。
「もう……すぐそこなのに……」
リトは泣きそうな声を洩らし、唇を噛んで耐える。
オーク二体が出入口のすぐそばに来ていた。
男は気力を振り絞り立ち上がると、剣を地擦りに構える。
男に気づいたオーク達が、斧を振り上げ襲い掛かる。
「リト……もう…見えない。合図を……」
血を流しすぎて目がかすみ、敵が見えなくなっていた。
「んぐっ……あぃ。一匹目正面……いま!」
泣き出すのを必死に堪えるリトの声で、剣が駆け上がる。
踏み込んで来たオークの右腿に入った剣は、左の肩まで切り上げる。
そのまま大きく振りかぶる。
「二体目左前……来たっ!」
もう、腕の力だけでは仕留めきれない。
剣の重さを利用して振り下ろし、体ごと倒れかかる。
殆ど意識を失くした男は、切り裂いたオークと絡み合い倒れた。
「ぶぇっ……びぃ……ますだぁ~。うぇえええ」
堪え切れなくなったリトは、涙と鼻水と涎で顔をぐしゃぐしゃにする。
出口迄泣きながらマスターを引き摺っていった。
宿の隣の医者に担ぎ込まれた男は、ベッドで意識を取り戻す。
「リト……よくやった」
リトの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「うぃぃ。頑張ったぁ。早く良くなってぇ」
リトの頭を撫でる手が、力なく落ちた。
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