第7話 成果
「こんな幼い子に……」
迷宮から出てもリトは収まらず、すすり泣きながら男の後をついて歩く。
怖い思いをしたのだろうと、衛兵達も悲しそうな目で見ている。
奴隷をどう扱おうと衛兵が口をだす事はないが、目で訴えて来る。
しかも幼女はダボダボのTシャツ一枚と靴だけで、自分の何倍もある大きな荷物を背負わされて、すすり泣きながら歩かされていた。
「日本人は……」 「いくら奴隷でも……」
ヒソヒソと話す声が漏れ聞こえる。
「ほら。いい加減に泣き止みなさい。酒場でお肉が待ってるよ?」
「おにくっ。マスター。早く。速く行こうっ。おにく」
リトは走り出しそうな勢いで、男の手を引いていく。
酒場に入りカウンター席へ着いたところで、男は失敗に気づく。
どう見ても泣き叫んだとわかる程、真っ赤に目を腫れさせたままリトを連れてきてしまった。迷宮を出る前に治しておくべきだった。
「どうしたんだい! リトちゃん! 怖かったろぉ。かわいそうに」
ラキスが目を腫らしたリトを見つけて飛び出してきた。
「失敗したな」
面倒な人に見つかった。言い訳が思いつかないうちに事態はさらに酷くなる。
落ち着いたと思っていたリトが、ラキスの胸に飛び込んでまた泣き出した。
「おお……おぉ。もう大丈夫だよ~。怖くないからね~」
ラキスが、ゴブリンよりも怖い顔で必死に宥める。
「マスターが……マスターがぁ~。うぇ~……やめてって……言ったのにぃ~」
「おいおい。言い方が……」
男が止めようとするが間に合わない。
「アンタ! こんな小さな子に何したんだい!」
オーガの様なラキスが正に鬼の形相で男にせまる。
何をと聞かれても、説明できる訳もない。
こんな所で傷を治せるギフトなんてバレたら、面倒な事になる。
「ほら。リト。お肉が来るからココに座りなさい」
「うぃ。おにくぅ~」
お肉の一言で嘘のように泣き止んだリトは、スルリとラキスの腕から降りてトテトテと男の隣に来て座った。
「は?……え?」
「何をしてるんだ。あの子の手を見てみろ」
呆れた源三に声を掛けられリトの手を見る。
奴隷紋は他では見た事もないほど、青く澄んで輝いていた。
「え? なんで?」
「色が変わってないんだ。何か酷い事をされた訳じゃないだろうよ」
「なんだい。そうなら先に言っておくれよ。すまなかったねぇ」
やっと落ち着いて肉にかぶりつくリト。
その脇で男は、チキンとシーザーサラダをつつく。
「そういえば、どうやってモンスターの名前を共有しているんでしょう」
ふと口にする。ずっと不思議に思っていたことの一つだ。
「おや。聞いていなかったかい? ほら……あれさ」
源三は酒場の壁を指さす。
そこには迷宮の階層毎に出現モンスターの名前と特徴が書いて張り出されていた。
「光の翼って聞いたかい? そこに名前と特徴が分かるギフトってのを持ってるのがいるんだよ。毒持ってるとかが分かるんだと。ソレを公開してるんだ」
「なるほど。でも、毒かぁ。面倒ですねぇ」
「まぁね。解毒剤ってのが道具屋にあるから持ってた方がいいかもな」
「リトの服と装備も揃えないといけないし。明日見に行ってみましょう」
リトは夢中で肉をモリモリ食べている。
「この×が付いてるのは討伐済みですか?」
ついでに、と張り出された一覧を眺めていた男が聞いた。
「ああ。各階に一体、おかしな強さの奴が徘徊してるんだ。滅多に会わないが、一度倒されると湧いてこないみたいだ。アンタの倒したバグベアが一階だな」
「三階は魔法を使う狼だったのかぁ。二階はまだなんですね」
三階のダイアーウルフは討伐済みだったが、二階のオークはまだいるようだ。
「名前が分かるって奴が出会ってないから、名前も分からないまま、赤いオークになってる。肌が赤いらしいが、とんでもなく強いらしいぞ」
「それは会いたくありませんねぇ。見掛けたら逃げましょう」
暗い洞窟で肌の色が咄嗟に見分けられるかどうか。
翌朝、軽くざるそばで朝食を済ませると、ダボダボのTシャツ一枚で朝から分厚いステーキをたいらげたリトを連れて道具屋へ向かった。
「いらっしゃい。揃ってますよ」
「迷宮用の服も作って来たわよぉ~。仕方ないからピンクはやめたわぁ~」
何故かどっさりと服を出してきた。
「先ずベースレイヤーはぁ~、メッシュタンクトップにしたわぁ~。黒くてセクシーでしょぉ~?ミドルはぁ~、ハーフスリーブシャツねぇ~。チェックでカワイイ~。マウンテンパーカーを着てぇ~。下はレギンスとアウトドアソックスにしたわぁ~。ソックスは鞣し皮で補強してるのよぉ~。綺麗な足に傷がつかないようにねぇ~。動きやすさと可愛らしさを求めてみたわぁ~」
鞣したから革なんだろうと、男は思ったが黙っていた。
柿色なのか小豆色というのか、全体的に赤茶か。赤味のある茶色で、迷宮の闇に溶け込む色でまとめてあった。一応考えてはいるのだろうか。
クネクネしてるクセに、レイヤリングまで考えてた事がイラっとする。
レイヤリングとは体温調節の為の重ね着の事ですが、主に下げないようにするため、着たり脱いだりします。寒いと体温が下がります。暑くて汗をかいても、汗が乾く時に体温が下がってしまいます。
異世界でなくても登山等では基本だったりしますね。
それを知っているようですが、男は何故かTシャツ一枚です。
「でもぉ~。街中用とぉ~、部屋着とぉ~、寝間着も必要よねぇ~」
何故か基本ピンクで、ヒラヒラしてる。
「わかった。わかったから」
男が諦めて全て買うと、タリーは満足して帰って行った。
「お疲れ様でした。他の装備を見て貰いましょうか」
リト用にサイズを調整した装備を並べる。
「先ずはコチラ。離れた所からの牽制に使えるボーガンを作りました。折り畳めて軽く、腕に装着できるので邪魔になりません。クォレルを飛ばせますが、精度も威力も牽制用になります。知能がある敵なら、警戒させる事ができるでしょう」
ボーガンとはクロスボウのことです。日本語でボーガンです。和製英語ですね。
悪さをする人が増えたので、日本では所持が許可制になるとかなったとか。
ボルトやクォレル等と呼ばれる専用の矢を飛ばします。
弓と比べて素人でも扱い易いのが特徴ですが、メンテナンスまでもが簡単な訳ではありません。
リトの左腕に着けてみると、ピッタリなサイズだった。
先端下部に着いた二つのリングに指を掛け、弦を引くのも射出も、左腕だけで出来るようになっていた。
「片手で使えるのはいいですね」
「近接用にナイフを用意しました。こちらは鞘が魔法の品です」
30cm程か。ナイフ用の鞘に、見た目は特に変わった所は見られない。
「カタールやククリほど大きいと無理ですが大概のナイフが納められます。さらに、この鞘に納めたナイフには麻痺毒の効果が付きます。掠り傷でも数秒から数分は麻痺して動けなくなりますよ。致死毒ではないので、狩りにも使えます。ただし効果は魔法で、この毒は女性が使わないと効果がでません」
ナイフを借りて麻痺させる事はできないようだ。
リト専用になる。
ナイフを数本、用意しておけば投擲にも使えるだろうか。
「効果時間にムラがあるのですか?」
「どうやらランダムのようです。理屈は分かりません。魔法って不思議ですね」
「……そうですか」
魔法なら仕方ないか。
ククリはブーメランのようにくの字に曲がった刃の大きな狩猟ナイフです。
ここで小林がカタールだと思い込んでいるのは、ジャマダハルになります。
katar は中世16世紀頃、同じインドのjamadharと混同され欧米に伝わり、取り返しのつかない程混ざってしまった悲しい短剣です。
同じ物とされたり、ジャマダハルの種類でカタールがあったりしますが別物です。
ジャマダハルは主に刺突用に使われた武器で、現代の物だと握力計の握り部分の先に、大きな三角の刃を付けたような物になります。
一部で人気があったようで、握ると刃が三又になったりする、お土産用等も作られて海外に販売されていたようです。
ついでに大きめのナイフだとマチェーテがありますが
「もう少し道具も揃えたいのですが。解毒剤があると聞きました」
「そうですね。三階からは毒を持ったのもいますからね。こちらの世界の解毒剤ですが、実際には解毒はしません。毒に対する抵抗力を上げる物のようですね」
小林は紫の小瓶を出してきた。
「血清と違い、毒を選ばず使えるのがメリットです。魔法と錬金術で作られるそうですが、解毒なのに紫なので、人気はイマイチです。でもグレープ味で飲みやすくなってますよ。小瓶も丈夫で、落としたくらいでは割れませんからオススメです」
包帯、さらし、消毒液と解毒剤も買うことにした。
お得な六本セットだったので。
「服も込みで、大銀貨二枚で結構です。実はアナタには期待しているのですよ」
笑顔で送り出された男は、余分な服を宿に置いて迷宮へ向かう。
少し稼いでこないと、明日の食事代も危うくなってきた。
「ゴブリンしか出てこないんじゃ大した稼ぎにならないな」
地下二階へ降りた所で他のパーティーに出会った。
女が二人いる見た事のない六人組だった。
「おじさんホントに一人で潜ってるんだぁ」
女の子が話しかけてくる。
「この子が噂の奴隷の子? カワイイねぇ」
リトは顔をしかめて、少し後ろに下がる。
「二階は何度も来てて慣れてるんだ。一緒に行こう」
「この先に一休みできる所があるんだ。案内するよ」
口々に誘いかけてくる。
男はリトと黙ってついていく。
二階は上よりも天然の洞窟に近いつくりのようだ。
壁がゴツゴツとした岩肌で物陰が多く、分かりにくい脇道もあり、面倒な階層だ。
一列にならないと通れない、狭い通路を通る。
「おじさん。先にどうぞ」
先に行くと、すぐ後ろをついて来る。
「うさぎちゃんは、お姉ちゃんと行こうね~」
もう一人の女がその後ろに入り、リトを後ろに連れ、最後に男が
ひらけた場所に出たところで、前の三人が振り返る。
「おっさんが魔法の武器を売ったのは知ってんだ」
「なら、懐には金貨がある訳だ」
「人質を取られて、こう囲まれたんじゃどうしようもないだろ?」
前の三人が、にやけながら大人しく金を渡せと迫る。
「奴隷とはいえ、こんな子供を見棄てたりしないよなぁ?」
一番後ろから来た男がリトにナイフを突きつける。
「何があるのかと思ったら、そんな事か。人質ってのは誰の事なんだ?」
男は呆れ返ったように、ため息を
「なんだと! このナイフ……えっ? あれ?」
リトにナイフを突きつけていた男が、慌てて辺りを見回す。
目の前にいた筈のリトが消えていた。
「ちょっと! 何やってんのよ」
「何逃がしてんの! トロいんだから」
後ろの女二人が騒ぎ出す。
「リト……やれ」
「あぃ」 「ひぎゃあっ!」
男が呟く様に、静かに命令すると、リトの返事と共に男の悲鳴が上がる。
「なんで……ひっ!」 「どこにっ……痛っ!」
女二人もその場に倒れる。
一瞬で三人が倒れて動けなくなっていた。
三人共、ふくらはぎを小さく切られていた。
命に係るような傷ではないが、三人共動けなくなっていた。
「ひぃ。なっ、何をした! あいつはっ、あのガキはどこだっ!」
残った男達は、慌ててリトを探すが、闇に紛れた姿を捉えられない。
「ナイフには麻痺毒が塗ってある。掠り傷でも動けなくなるぞ」
「ひぎゃっ!」
また一人、足を切られて倒れ込む。
「凄いな。痛がる暇もないとは。魔法の毒だからか?」
少しは働くかと剣を抜いた男は、残った二人の首筋を刎ね切った。
「どぉどぉ? マスター。リトちゃんとできたよ」
見事に視線を外して死角に入り、姿を消し闇に紛れていた。
相手が人でも躊躇せず、指示通りに動けるようになっていた。
「ああ、上出来だ。修行の成果だな」
頭を撫でてやると、リトはだらしない顔でニヤける。
「うぇへへへ。あっ……こいつらどうする?」
「まぁ放っておけばいいさ。運よく数分、見つからなければ助かるかもな」
男はリトを連れて、来た道を戻る。
奥から何かが向かってきていた。
オークだろうか。
動けない四人は、生きたまま喰われるしかなさそうだ。
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