第6話 幼女調教

「いぃやぁああ! やめてぇ。もうヤダぁ。ごめんなさいごめんなさい。許して。死んじゃうよぉ。もう死んじゃうからぁ。ダメ! だめだめだめ! あぁっ!!」

 少女の叫びが迷宮に響き渡る。


 少し時は戻り、その朝。

「マスター。リト力持ちだから、人間三人分くらいの荷物を運べる」

 朝からたっぷり肉を食べたリトは、男の肩でいいだした。

 昨日は腹が減ってしなびていたのだろうか。

 肉を食べて朝から元気だ。いつの間にか左手の奴隷紋が青く輝いている。

 見た事がないくらいに澄んだ青だ。

 機嫌が良いのだろうか。

 今日は道具屋へリトの服と装備を買いに行き、迷宮に潜ってみるつもりだった。


「待ってたわよぉ~。可愛いのが出来ちゃってるんだからぁ~」

 道具屋にはタリーが待ち構えていた。相変わらず気持ち悪い男だ。

 自称だがおねぇでも、オカマでもないらしい。気持ち悪い男だ。

「見てコレぇ~。青い靴ぅカワイイでしょぉ~。そしてコレぇ~!」

 この男は、語尾を伸ばさずには喋れないのか。

 タリーは靴を履かせると、男の肩からリトを下に降ろして服を着せる。

 小林は苦笑いして見ていた。


 男は理解できないのか、口を開けて思考が止まる。

 タリーが着せたのはピンクのドッキングワンピースだった。

「動くとスカートのチュールが揺れるのよぉ~。どぉ~?」

「ちっちゃなリボン……いっぱい。マスター。ヒラヒラしてる」

 リトも困惑しているようだ。


「あぁ……可愛いな」

 男が褒めて頭を撫でてやると、リトは顔を蕩けさせ笑う。

「うぇへへっへ。ひっひっひ」

 笑い方は気持ち悪いが、喜んでいるようだ。


 男はタリーを睨む。

「迷宮に連れて行くんだ。愛玩用の奴隷じゃないんだよ」

「白いカーディガンも作ってるのよ~? この上に合うと思うのよぉ~。」

「迷宮を歩ける服を作ってくれ」

 小林は必死に笑いを堪えている。


「デニムのスカートに七分袖のシャツも作ってるのよぉ~? 袖がふわっとしてカワイイのぉ~。肩を出すのもイイわよねぇ~」

「可愛らしさは必要ないんだ。行先は地下迷宮だから」

「もぉ~。じゃあ~、カワイイ~迷宮探検服にするわよぉ~」

 タリーはクネクネ帰っていった。


「ククク……服は大銅貨六枚、靴が大銅貨四枚ですが、纏めて小銀貨一枚です。お安くなってますが、どうします?」

 男は黙って銀貨を渡す。

「毎度……おや? 奴隷紋が変わった色になってますね」

 それを聞いたリトが、小林に小走りに寄って行く。

 リトは左手の紋様を得意気に見せつけてくる。


「普通奴隷は奴隷紋を隠そうとするものですがね。反抗心がない奴隷は青くなるものですが、もっとくすんだ感じの蒼いのが普通です。こんな青は見た事がありませんよ。何色っていうんでしょうね。薄いのとも違う澄んだ青ですね」

「ふひひ。マスターの奴隷の証。ひひっ」

 何が嬉しいのか、だらしない笑顔で、何故か得意気だ。

「仕方ないな今日はTシャツで冒険だな。コイツの装備もお願いします」


 リトは三人分とはいかないまでも、体に見合わぬ力があった。

 解体もできると胸を張る。

 大人の登山用の様な大きなリュックに道具類を詰めても、軽々と背負った。

 護身用にと、小さなシースナイフを手渡すのを見て男が反応した。

「日本人の鍛冶屋がいるのですか?」

「最近来ました。日本刀ですか?」

「できるのならば一振り欲しいです。ぜひとも」

 アレがあれば生き残れる確率が跳ね上がる。と、男は思っている。


 馬に乗ると目の前に馬の首があります。

 抜き打ちにすると馬を切ってしまうので、抜いて、振りかぶって斬ります。

 その為に刃をにして、く(吊るす)のが佩刀はいとう太刀たちと呼ばれます。

 馬から降りて徒歩かちで使う為、刃をにして腰に差すので、抜き打ちができるのが打刀と呼ばれます。

 長い方が大刀だいとう。短い方は小刀、又は脇差とも呼ばれます。


「今はまだ無理なようです。準備が整ったらお知らせしますよ」

 子供用の装備は置いてないので、一日二日で用意するという。

 とりあえず迷宮へ様子を見に行く事にした。


 先日一人で潜った男が、今日は幼女を連れて潜るという。

 兵士はなんともいえない顔をしながらも、通してくれた。

 迷宮に降りてすぐ、男はギフトを理解した。

「なるほど。一人だったから反応しなかったのか」

 男の能力は復元。傷を元に戻す事ができる。

 しかし治療ではないので生まれつきの物や病気は治せず、自分には使えない。

 代償は体力だけのようだ。使うと疲れるらしい。


「戦闘中は敵に見つからない様に隠れているんだぞ? できるか?」

「大丈夫。マスターはリトが守る」

 大丈夫ではなさそうだ。

「さっそく来たぞ」

 斧と鎌を持ったゴブリンが二体だ。


「いいか。リトの役目は怪我をしない事だ。他の敵が近づいたら教えるんだ」

「あい」

「相手が視線を逸らした隙に、死角へ入り、気配を消せ」

 なかなか無茶な事を幼女に要求して、男は剣を抜く。


 ゴブリン達は弱そうなリトから狙うことにしたようだ。

 男はリトを守るか、囮にするか、迷って一瞬出遅れた。

 その隙を突いて二匹がリトに襲い掛かる。慌てて止めにいくが、間に合わない。

 後ろからゴブリンの首を男の剣が切り裂くが、もう一体がリトに斧を振り下ろす。


 表情も変えずにリトは恐れず慌てず、落ち着いて動きをよく見ていた。

 リトは斧を躱し、素早く抜いたナイフで切りつけた。

「グギャッ」

「ぷぎゃっ!」

 しかし、そこまでだった。


 躱しながら切りつけたのでバランスを崩す。

 そのまま顔から勢いよく地面にダイブし、転がっていく。

 体が見た目通り、子供の様に柔らかいのだろう。

 豪快に縦回転していったが、首が折れたりはしていないようだ。

 ホッとしながら、男はゴブリンの胸に剣を突き刺した。

 骨をかわし心臓を貫く。ゴブリン達の死を確認すると、リトを見に行った。


「よく避けたな。攻撃は余計だったが」

「リト、うまくできた」

 目に涙をたっぷりと浮かべ、鼻血をダクダクと溢れさせながら、リトが立ち上がる。自分の鼻は気にもせず、大きなリュックから剣を洗う水をだす。

「剣を洗う前に鼻血を止めないとな」

 そっとリトの鼻に手をあて、初めてのギフトを発動させる。


 思い切り顔からいったわりに折れてはいないようだ。

 男の手とリトの鼻が白と緑の光に包まれる。

「どうだ? 痛くないか?」

 鼻の痛みが無くなり、何があったのか呆けているリト。

 その鼻を拭いてやりながら語りかける。


「これが俺のギフトって奴らしい。自分には効かないがケガを治せる。」

「おお~。痛くない。さすがマスター」

「そうか、効果はあるみたいだな。よかった……おっ?」

 立ち上がろうとした男は、急な眩暈に膝をつく。

 息も乱れ、倒れそうになり手をついてなんとか体を支える。


「マスター! どうしたの? しんじゃヤダ」

 リトが慌てて抱き着くが、どうしたらいいのか分からず、泣きそうになっている。

「リト……大丈夫だ。復元で疲れただけだ。思ってたよりも体力を使うんだな」

 鼻血を止めるだけでこの疲労では、割に合わない気がする。

 動けないようなケガを治すと、命にかかわりそうだ。


「これは結構キツイな。リト、このギフトは内緒だぞ。誰にも話すな」

 これは他人に知られる訳にはいかないスキルだ。

「あい。話さない。あと、もう使わないで」

 リトが泣きそうな顔で心配している。

「大丈夫さ。リトがケガしなければ、使う必要はないからな」

「ケガは平気。自分で治すから」


 リトは自分のケガは気にならないが、マスターが倒れそうになるのは嫌がるようだ。男はそれを利用して、リトを鍛える事にした。

 あまり奥まで行かず、入り口付近で戦闘を続ける。

「そういえば、コイツらはどこから湧いてくるんだろう」

 地下一階は、ほぼ一本道で複雑なつくりではなかった。

 モンスターはいつの間にか補充されているようだった。

 人間が補充されるのと同じなのだろうか。

 謎のままだが、モンスターを狩り尽くす事はなさそうだった。


 戦闘中にリトを気にせず戦えて、物陰から援護があれば、かなり楽になる。

 ちょっとしたケガでもすぐに治す。

 転んで擦りむいても、すぐに治した。

 そのせいでフラフラになって戦う男は傷だらけになっていく。

 リトは鼻水を垂らす程泣きじゃくりながら、必死に避けて身を隠す。


「もう……うっ……ヒック……やぁぁ。マスターが死んじゃうぅ」

「今日はこれくらいにしておくか。そろそろ立てなくなりそうだ」

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