第4話 装備調達

「名前は?」

「リト……」

 少女は呟くように答えた。


 異世界生活二日目。

 男は道具屋へ装備を整えに来た。

「ゆっくり休めましたか?」

「いい部屋でした。無法地帯というほど荒れてもいない様でしたが」

 小林は一瞬だが懐かしそうな、辛そうな複雑な表情を見せて答える。


「今、一番下層まで潜っているパーティーが三組います。彼らが皆をまとめてくれて大分落ち着きましたね。格闘家や殺し屋などの五人組、健太組。勇者ヒロと仲間達の六人組はモグラと呼ばれてます。大所帯なのが三つ目、光の翼で20人を超えています。パーティーというよりも、宗教団体のような集まりですね。三組共、リーダーはギフト持ちです。ああ、ギフトについて説明ましょうか」

 小林は掌に水晶玉を乗せた。


「救済システムなのか迷宮だけの特典があります。スキルと呼ばれている特殊な力です。迷宮内にあるこの水晶玉にスキルが入っています。オーブと呼んでいますが、触れると効果が分かり、受け入れる意思だけでスキルを使えるようになります」

「はぁ。ゲームっぽいやつですねぇ。では、皆そんなスキルを?」

「そうでもありません。私は使えませんし」

 スキルにはデメリットがあり、殆どのスキルが使えない物らしい。

「費用対効果が酷すぎるのです」

 そういって、手に持っていたオーブを男に渡した。


 手に持つだけで、スキルの効果が理解できた。

 男は納得してオーブを返す。

 スキルは音速突き。音速を超える速度で武器を繰り出す事ができる。

 当然、衝撃波を浴びて、武器も人も消し飛ぶ事になる。


「大抵こんな感じなので、奴隷用スキルと呼ばれています。効果が弱い物ならば使えない事もないのですが、弱すぎて使う意味がありません。こんなのもありますよ」

 他にもいくつか見せてくれるが、使えそうな物はみあたらない。


 落雷を受け雷を身に纏い戦えるが、自分もダメージを受けるし屋内で使えない。

 自分の視界内の誰かが爆発するが、敵味方の区別なく対象を選べない。

 松明代わりに自分の頭が光るが、使用者は眩しくて何も見えない。

 絶対防御を付与するが自分には使えず、対象に接触していなければいけない。

 などなど、大抵は使うと使用者の命が代償になりそうなものばかりだった。


「もう一つの特典がギフトと呼ばれるものです。こちらは百人に一人くらいでしょうか、異世界転移特典のようです。魔法が使えたり、料理が上手かったり、モンスターの名前が分かったりと色々ですが、スキルと違い役にたつものが多いようです」

「ギフトを持っているのは先ほどのパーティーのリーダー、三人くらいですか」

「ここに居る人達が300人くらいで、死人が出ると補充されます。百人に一人くらいのギフト持ちは、恐らく7~8人いると思います。500人位は死んでいる事になりますね。全員がギフトを公開するものでもなく、秘密にしている人もいますが」


「実際はもっと死んでそうですね」

「まぁ、ギフト持ち全員が生き残ってるわけでもありませんから。そのギフトを持つ人達は、自分の名前が思い出せないそうです」

「と、いうことは……」

「あなたのギフトはどんな効果でしたか?」

 その男もギフトを受け取っているかもしれなかった。しかし。

「特に何もないと思うのですが。ハズレとかでしょうか」

「まぁ、そのうち気付くかもしれませんし。人に言えない効果だったりする可能性もありますからね。いつか見せて貰えることを楽しみにしてますよ」


「スキルやギフトより、とりあえずは剣かな。バスタードソードはありますか?」

 少し細身の片手剣だが、柄が長くできていて、力を入れたい時は両手で振る事もできる、日本刀の打刀うちがたなに近い使い方ができる剣を選んだ。

「それとナイフを。ダークを二本とそれ用のベルトを」


 約60cm。それ以上の長さがソード。未満はナイフになる。

 打刀だと、大刀がソードで脇差がナイフになる。

 鍔がなく、隠し持てて、投擲もしやすいナイフを選んだ。


「こちらはいかがですか。ナイフ用のベルトが付いた革の胸当てです。胸元に四本刺せますよ。足はどうしますブーツにしますか? 動きやすい革の靴もありますよ」

 剥がした物がスキン。それをなめしたものがレザー

 剥がしてそのまま使ってるか、加工品を使ってるかの違いだ。

 革の靴は、ズックのような物で軽そうだ。


「靴と予備の武器が欲しいです」

「それならこの短剣を持っていって下さい」

 30cmくらいで、ぼんやりと光る刃の短剣を出してきた。

「迷宮で見つけた物で、魔法が掛かっているそうですよ。普通の武器が効かない敵もいますが、それならどうにかなるそうです。幽霊なんかも斬れるそうですよ? 鑑定して貰っただけで、試してはいませんが」


 ベルト付の革の鞘にしまい、腰に巻いて逆手で抜けるように後ろにまわしておく。

「道具類ですが、ランタンはどうです? 腰にぶら下げておけるし、落としたくらいでは壊れません。簡単には中に水も入りません。木の水筒もありますよ。これは竹に似た素材で出来ていますから、皮や胃袋のような臭みがありません」

「道具類は任せます。一通り揃えて下さい」


 新しいバックパックにランタン、水筒、ロープ、麻袋、小さな革袋、マッチ等、まるで遠足に行く子供の様に、小林が楽しそうに揃えていく。

「マッチなんてあるんですね。助かりますが」

「ああ、そうですね。普通のファンタジーだと中世ヨーロッパあたりが舞台らしいですが、この世界はもう少し前の年代ですね。中世だと14世紀から16世紀あたりですが、ここは12世紀くらいの文明でしょうか。銃もミサイルもありませんが、迷宮に呼ばれた異世界人の知識が混じって、おかしな事になってます」

 国で管理していなければ、さらに酷い事になっていただろう。


「さて、もう一つオススメがあるのですが」

「他に……思いつきませんが。なんでしょう」

「迷宮の二階はほぼゴブリンとオークですが、地下三階は獣と虫です。それを捌いて、皮や肉などの素材を持って帰ると金になります。なので、解体と荷物持ちが必要になる訳です。そこで、奴隷を買うのはいかがでしょうか」

「奴隷を連れて行くんですか。戦闘もできるとなると値が張りませんか」

「まぁ、戦えるなら奴隷になっていたりもしませんからね。とりあえず覗いて見てはいかがでしょうか。こちら、残りの銀貨です」

 大銀貨二枚と中銀貨三枚、小銀貨三枚を受け取った。

 貨幣の説明は受けたが、これで幾らなのかまったく分からない。


 この国では奴隷は普通に商品とされていた。

 肉屋、魚屋、奴隷商、どれも同じ商人で普通に売り買いされていた。

 主に奴隷になるのは獣人であった。

 人型ではあるが毛深かったり、耳が獣であったり、しっぽがあったり、個体差が激しいが獣雑じりの人間であった。


 その中でも猫、羊、兎、など戦闘向きでない獣人が奴隷にされていた。

 人型から獣型、その中間へと姿を変えるのは魔物、ライカンスロープなど。

 人型に獣が混じって、死んでも変化しないのが獣人とされている。

 奴隷は奴隷紋といわれる、魔法の烙印を押され主人には逆らえなくなる。

 奴隷紋は忠実だと青く、反抗的だと赤く光るものであった。

 当然奴隷紋は赤く光るもので、青く光るのを実際に見た者はいない。


 男は、小林に紹介された奴隷商へ会いに行った。

「いらっしゃいませ。どんな奴隷をお探しで? 使い捨ての荷物持ちですか? 若く健康な奴隷を揃えておりますよ。へっへっへっ」

 いやらしく、だらしなく太った男が奥から出て来た。

 正直、もう帰りたい。

 男はそんな事を考えながら、ざっと見ていく事にした。


 労働力になる若い男や、夜の相手もできる若い女が高価なようだ。

 獣人の檻も見せてもらうと、思っていたより個体差が激しかった。

 奴隷を持った経験がないので、選ぶ基準が解らない。


「うさぎ?」

 奥の檻にうずくまる小さな人影が気になった。

 小さなウサギの耳が生えた少女だった。

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