第3話 帰還

「うぉ! だ、大丈夫か。他のメンバーはどうした」

「返り血なので大丈夫ですよ。初めから一人です。出して貰えますか」

 血塗ちまみれの男に慌てた衛兵に、槍と大きなモールを担いだ男がのんびり答える。


 いつの頃からか、十数年に一度。結界に囲まれた地下迷宮が各国に現れていた。

 そこには異世界人も召喚されて、結界の外には出られず、迷宮が攻略されると迷宮と共に消えてしまっていた。

 迷宮毎に人数が決まっているようで、減るとすぐに補充された。

 迷宮には貴重なアイテムや武器もあったので、国の管理下に置かれ異世界人以外の立ち入りを禁じられた。

 結界から出られない異世界人ならアイテムの流出を防げるうえ、いくら死んでも国の損失にならない。

 迷宮から持ち帰った金品はその国を潤していたので、どの国でも異世界人へは充分な援助をしていた。

 異世界人達は衣食住の心配をせず、日々迷宮へ潜り、死んでいった。


 衛兵に案内された水場で返り血を洗い流した男は、道具屋へ向かった。

「お帰りなさい。ご無事で何よりです」

 小林は笑顔で迎えてくれる。

「迷宮はどうでした。やっていけそうですか?」

「なんとかなりそうです。皆に迷惑をかけないように働きましょう」

「そうですか。とりあえず宿へ案内しましょう。その武器はどうします?」

「支給の剣は折れてしまいました。コレを売ればいくらかになるかと」

 楯とバックパックも返却しようと小林に渡した。


「槍は幾らにもなりませんが、このモールは結構有名でね。初心者殺しのバグベアと呼ばれた亜人の武器でした。うちで新しい装備を整えて下さい。それでも数日暮らせる程度の現金は渡せましょう。支給品は迷宮を管理している王国の負担なので気にする事はありませんよ。まぁ、それも明日にしましょう」

 小林は装備を預かり、宿へ案内してくれる。

「何故か皆、異世界や化物をあっさりと受け入れてしまうようで。こちらに来る時に洗脳でもされているんですかねぇ」


「そういえば、中でコインを拾ったんですが、小銭だったりしますか?」

 男は歩きながら、思い出したコインを見せる。

「この国の銅貨ですね。そこだけ話しておきましょうか」

 そう言うと、落ちていた小枝で地面に縦に一本線を引く。

「これが1です」

 続けて縦の棒線四本に重ねて斜線を引く。

「これが5です。この国には0と9がありません。8を超えると単位が変わります。なので、この世界の人は年齢がありません。まぁ、そのうち慣れますよ」

「モンスターが普通にいたりすると、数字どころじゃないのかもしれませんねぇ」

 小林はポケットから小銭を出して、貨幣の説明をしてくれる。


「今金貨は持ってませんが、これが銀貨と銅貨です。金銀銅にそれぞれ大中小があります。小銅貨一枚が十円くらいだと思って下さい。小八枚で中一枚になります」

「大銅貨が640円。小銀貨が5120円。中銀貨が40960円ですか。大銀貨は、もう計算できませんね。慣れるまで大変そうです」

「先ほどのモールが小金貨二枚くらいの価値ですよ。特別な物ですから」

 小林が笑いながら、さらっと漏らす。


「500万くらいですか。置いてきたのが心配になってきましたよ」

「まぁ、そちらは心配ありませんが、ここは無法地帯です。アレを持って来たあなたの噂は、もう広まってますのでお気をつけ下さい。着きました」

 大きなコンクリート造りの4階建ての建物だった。

「RC造四階建てです。R階は物干し場になってます。ちなみに、隣は医者です」

「はぁ。数字はないのに鉄筋はあるんですね。驚きました」

「日本の職人さんもいますからね。さぁ、中へ……一階は酒場になってます」

 8で単位が変わると寸法も図面も大変そうだ。


 中へ入ると大勢の男たちが呑んで騒いでいた。

 カウンターに座ると、宿と酒場の主人を紹介された。

「源三だ。よろしくな」

 熊のような見た目で丸坊主の、体格のいい中年男性だが片足を引きずっている。

 この男も迷宮を潜っていたのだろう。

「では、今日は食事をしてゆっくり休んで下さい。明日、店で待ってます」

 小林は後を源三に任せて帰っていった。


「材料さえあれば、ほぼ何でも作れるぞ。何が食べたい」

「パスタはいけますか? とりあえず、代金はコレで」

 ポケットにあった小銭をカウンターに出しながら訊ねる。

「パスタね。ちょっと待ってな」

 源三は中銅貨2枚を取って厨房へ入っていく。


 10分後出てきた料理は

「パスタはラザニアにした。サラダにはオリーブオイルとバルサミコにバジルを刻んだドレッシングが掛けてある。スープは野菜のごった煮ミネストラだ」

 早いし、安いし、ごっそり出てきた。

「早かったのはギフトって奴でな。加熱処理の時間を短縮できるんだよ。だから作り立てだ。安心して食べてくれ」


「い、いただきます」

 ラザニアはバターが効いて、男の好みの味だった。

「山羊ですか? こっちでは山羊のチーズが普通なんですかね」

「ほぉ、分かるかい。ほぼ向こうと同じ山羊がいるよ。肉も牛っぽい何かがいるが、山羊や鳥の方が出回ってるらしいな。あとは蛇やトカゲだな」


 ミネストラは日本ではミネストローネと呼ばれるスープだ。

 今回はトマトベースだがトマトスープの事ではなく、野菜のごった煮がミネストラで、じゃがいも、たまねぎ、何かの葉っぱ、豆と何かがやわらかく煮込んであった。   

 こちらの世界でも同じ様なハーブが使われていた。

 これからの食事は期待できそうだ。

 どれも美味かった。この親父は何者なのだろう?


 食事が済むと、女中に宿まで案内して貰った。

 見た目は、どちらかというと……強いていうなら、オーガみたいな中年女性だ。

 彼女の顔を見ると、昔見た旅する猫の絵本を思い出す。

 男と同じように名前を忘れた日本人だが、こっちの世界の人々にラキスと呼ばれていて、そのまま名乗っているそうだ。三階の一室を開け、男にその鍵を渡す。


「これからはこの部屋を使っておくれ。宿代は国持ちだから気にしなくていいよ」

 家具が殆どないせいか、広く感じる。

 八畳くらいはありそうだ。

 小さめのタンスのような物とベッドがあり、窓際にはシャワーと浴槽がある。

「この丸い石を触るとお湯がでるからね。もう一度触ると止まるよ。シャワーを浴びる時は窓を忘れずに開けておくれ。コッチのドアはトイレだよ。とりあえずの着替えならタンスに入ってるよ。サイズは大きめだけどね」


 やたらと早口で一気に喋る。顔は怖いが世話好きな優しい人間の女性のようだ。

 一通り説明をすると下へ戻っていった。

 気が抜けると、体中が痛くなってきた。

 シャワーを浴びてゆっくり休むことにしよう。

 装備を整えたら、また殺し合いの日々だ。

 何故か懐かしいような、慣れたような、不思議な匂いがした。

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