第2話 師の教え

「貫け! ゲイボルグ!!」

 暗い迷宮の先から、元気な声が聞こえてくる。

 男は少し迷って立ち止まるが、他に道もないので諦めて進んでいった。


 昔々、村のお肉屋さんが大きな犬を飼っていました。

 人が通る度に激しく吠え掛かるので、村人達は困っていました。

 そんな時、村の若者が犬を退治して英雄になりました。

 すぐ吠える犬がうるさいので殺した若者。

 彼は犬殺しの英雄として有名になりました。

 なんやかんやあって、王様から王宮秘蔵の武器を貰います。

 鯨の骨で造られた、重すぎて誰も持てない三又の銛でした。

 投げると穂先が三つに分かれ、九つの傷を付けるという特別な物です。

 持ち上がらないのに、投げた時に特殊効果が発揮する銛でした。

 鯨は大きいので骨も重い筈だ。

 という理由で仕舞い込まれていた逸品です。

 犬殺しの英雄、クーフーリンとゲイボルグのお話でした。


 10代半ば位か、四人の少年が一匹のゴブリンを囲んでいた。

 小さな無数の傷をつけられ、血塗れになったゴブリンの胸を、少年の槍が貫く。

「俺たち四人なら、もうゴブリンは相手にならないな」

「ああ。これなら三匹位まとめて来ても勝てるな」

 戦闘直後で興奮しているようだ。

 装備を見る限り何度か迷宮に潜っているようだ。

 入っていきなり、ゴブリン五体に囲まれたのは何だったのか。

 そんな事を考えていると、子供達が男に気づいたようだ。

「パーティと逸れたのかい?」

「ああ。そんな感じだよ。君達は強いんだねぇ」

 男の子は反り返るほど胸を張り、浮かれてしゃべりだす。

「俺は信也ってんだ。英雄と呼ばれる男だぜ。覚えておきなよ。モンスターなんて、この愛槍ゲイボルグで一突きさ!」

 どう見ても普通の……いや、出来の悪い槍にしか見えないが。

「そうかいそうかい。勇ましいねぇ。英雄クーフーリンのようだねぇ」

 犬殺しの英雄のようだとの皮肉にも気付かず、少年は胸を張る。

 大声をあげていると、当然モンスターが寄ってくる。

 すぐ先の曲がり角から、ゴブリン二体が顔を出す。

「ギャッ! ギィギャア!」

「ゴブリンだ! いくぞ!」

「待てっ!」

 男は少年達を止めようとするが、制止も聞かずに飛び掛かっていく。

「貰ったぁ!」

 信也と名乗った少年の槍が、ゴブリンを貫く。

 残り三人の剣が、もう一体のゴブリンを切り裂いた。

「どうだ。見たっぶゅっ……」

 振り向いた信也に振り下ろされた鉄球が、頭を砕き胸元まで押しつぶす。

「ひっぁ……」 「なっ……こいつ……くぴゅっ」

 仲間の三人も動けないまま、壁に、床に叩きつけられ潰される。

 角の向こうにもう一体いた事に気付かず、一瞬で四人共潰れた肉塊になった。


 長い鉄の棒の先に大きな鉄球が付いているモール。

 その重い武器を、軽々と振り回す巨体の亜人だ。

 モールには白い飾りや模様が付いていて、特別な物に見える。

「モールって奴なのかな? 売ったら金になりそうだが……」

 2m位ありそうな大柄で毛深い巨体の、ゴブリンのような亜人だ。

 抜き身のまま持っていた剣を構え、前方へ松明を転がす。

 男に逃げる気はないようだ。

「ぶっむぉあああぁあ!」

 雄叫びを上げながら、亜人がモールを振り回し前方を薙ぎ払う。

 下がって躱した男が踏み込み剣を振るう……が、浅い。

 体格が、リーチが違いすぎる。躱してからだと切り込んでも届かない。

 小さな傷をつけていくだけだ。

 逆に相手の攻撃は、躱し損ねたら一撃で終わってしまう。

「仕方ないか」

 男は亜人の攻撃に合わせて、左足を大きく踏み込んだ。

「もう一歩っ!」

 さらに右足を出しながら、振り下ろされるモールに剣を擦り合わせる。

 軌道を変えて叩き落とすと、跳ね上げた剣を喉へ突き刺す。


「ちっ! まずっ……」

 届かない。

 擦り合わせた剣は根元から折れてしまっていた。

 前へ思い切り踏み込んでしまっていた男は、もう回避できない。

 亜人の反応は速かった。再び振り上げられたモールが男の頭へ叩きつけられる。

 睾丸がキュッと縮み上がり、背中に冷たい感覚が走る。

 男の体は前へ流れてしまっている。

 この体勢からでは躱せない。

 受け止めても意味がない。

 死と諦めを感じるその瞬間。


 折れた剣を捨て、踏み出した右足がさらに地を強く蹴る!

 捻り上げるように右足が伸び、さらに前へ出て打点をずらす。

 肘を曲げた左腕が重いモールを受け止める様に、頭上へ上げられる。

 振り下ろされるモールが腕の毛に触れる刹那!

 捻りながら腕が回り伸びていくと、モールが腕を滑るように逸れて落ちていく。

 右足が蹴りだした前に進む力を、さらに踏み込んだ左足が受け止めて上へ。

 腰が捻られ力が背中へ駆け上がる。

 突き上げられた左手が、前のめりになった亜人の首筋へ振り下ろされる。

 死を感じた時、男は師の言葉を思い出していた。

『首筋に手刀を打ち、小指で引き寄せて拳を叩き込め』

 手刀が切り裂いた傷口に、小指と薬指を無理矢理ねじ込み引き寄せる。

 右手の親指が人差し指と中指を押さえ握り込むと

 頭が下がったところへ腰に溜めた拳が突き出される。

『一人分後ろを狙え。目の前の敵を貫いて、後ろにいるもう一人も倒す気で放て』

 また師の言葉が聞こえる。

 内側に捻りながら腕が伸びていき、インパクトの瞬間、肩をいれる(突き出す)。

 背中を駆け上がって来た力が拳へ伝わっていく。

 体中から搔き集めてきた力が、右手の指二本に集約され、亜人の顔面を砕き貫く。

 直伝 中段正拳突き。

 八年以上の歳月を掛けてつくられた正拳で敵を突き貫く。

 ただの拳を突き出すだけとは、威力も覚悟も違う必殺の一撃だった。


 突き出された拳が同じ速さで引き戻され、男は半歩下がる。

 亜人は崩れる様に膝をつくと、グチャグチャになった顔から倒れる。

 男は左足を上げると、体を反らせて、倒れた亜人の首へ足刀を打ち込んだ。

 インパクトの瞬間、上体が天井を見るくらいのつもりで反らせる。

 それだけでタイミングが合えば、素人でも前蹴りの威力が何倍にも跳ね上がる。

 初めてタイミングが合った時の感触はなんともいえないものだ。

 的によっては予想以上に足がめり込み、自分がケガをする事になる。

 良い子は真似をしてはいけないものだが、男は良い子ではなかった。

 首が折れ、頭がビクンっと跳ねる。とどめを刺した男は大きく息を吐きだした。

「生きてる……無茶な館長だと思ってたけども、助かりましたよ」

 道着から墨をはみ出させていた師匠を懐かしく思い出す。

 日本刀を捌く練習だの、頭がおかしい人だと思っていたが、おかげで生き残れた。

「売れるかな」

 貰ったばかりの武器も折れて無くしてしまった。

 亜人のモールと遺品の槍を拾って、一度戻る事にした。

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