足掻く者達

とぶくろ

第一章 迷宮

第1話 モンスターのいる世界

「ゴブリン……って奴かな」

 Tシャツにカーゴパンツの小柄なおっさんが呟く。

 薄汚れたバックパックを背負っている。

 左手に小型の丸楯、バックラーを持ち、右手に持った松明を前方へ転がすと、腰の剣ブロードソードを抜き構えた。

 転がった松明の向こうには、男よりもさらに小柄な、子供の様な人影が二体。

 襤褸ぼろまとった醜悪な姿は人ではなかった。


 アンシーリーコートと呼ばれる、人に害を為すよろしくない妖精。

 その一種とも言われるゴブリンは小柄で、モンスターとしては、そう強くはない部類ですが、群れで人を襲います。余り賢くはないようですが、武器などを使う程度の知恵はあったりするので、厄介な魔物です。

 普通のゴブリンは悪いゴブリンですが、良いゴブリンはホブゴブリンと呼ばれ、人に害はなく、家事手伝いなどもしてくれるそうです。

 ホブゴブリンが人と敵対するようになったのは、ジョン・ロナルド・ロウエル・Tさんの書いた物語が広まった所為かもしれません。


 汚れたナイフを持ったゴブリンが、男に向かって飛び掛かる。

 もう一体も、手斧を振り上げ、襲い掛かった。

「コレを受け流して……ぐっ!」

 華麗に楯を使い、逸らして反撃する心算だったが、ナイフの一撃をまともに受け止めてしまい、動きが止まった所へ手斧が振り下ろされる。

 慌てて剣を振り上げるが、左から右へ空を切り、大きく腕を開いて迎え入れる格好になってしまう。

 崩れた体勢から、無理矢理後ろに転がると、斧が頭を掠めて地面を叩く。


「見た目より力が強いな」

 二体同時はキツイかなと思っていると、後ろから別の気配が近づいてくる。

「ギャッギャ」と気味悪い声で、折れた剣を持った3体のゴブリンが追加される。

 囲まれる訳にはいかない。男は前方の2体へ突っ込んでいく。

 低い姿勢で飛び込む、男の目の前に突き出されるナイフを楯で払い、左側を駆け抜けながら喉首を切り裂いた。

 そのまま振り上げた剣を、もう一体の首筋に叩きつける。

 首から入った剣が、胸元まで切り裂いた。


 動きを止め血を噴き上げるゴブリンの後ろへ回り込むと、向かってくる新手の三体に向かって蹴り飛ばす。

 血飛沫を上げ、倒れこむゴブリンと共に男が飛び込んでいった。

 左手のバックラーを突き出し鼻を砕くと、左足が二体目の顎の急所、三日月を蹴り上げる。三日月蹴りで崩れ落ちるゴブリンの脇をすり抜け、三体目に剣を突き出すと、ゴブリンは反応もできずに、胸を貫かれた。

「ふぅ……なんとかなったな。」

 倒れている二体のゴブリンにも、首に剣を突き刺し止めを刺した。

 五体のゴブリンを漁り、見つけたコインをポケットにしまう。

 一応ゴブリン達の襤褸布で剣を拭うが、血と油は落ちない。

「コレ、鞘に仕舞って平気なのか?」

 仕舞うのは諦め、代わりにバックラーをザックに入れて、左手で松明を持つ。

「もう少し様子を見てみるかな」

 男は一人、暗い道を進みだす。


 一時間程前、男は気付くとソコにいた。

 何をしていたのか思い出せない。

 何故此処にいるのか、何処なのか。

 薄暗く狭い岩穴の様な場所にいたが、閉じ込められている訳ではないようだ。目の前に大きく穴が開いて光が入ってきている。

 外に出てみると、岩山の中腹にできた集落のようだった。かなり大きな建物もあるが、見たことのないものだった。


「おや、いらっしゃい」

 すぐ脇にあった小屋から男が出て来る。

「何もわからず混乱しているでしょうが、話を聞いて貰えますかな」

 30代半ばくらいか、痩身で隻腕の男が近づいてくる。

「この状況の説明をして貰えるのなら、お願いします」

 男は穏やかな笑顔で話し始める。

「まずココは異世界です。日本から飛ばされた、人々が暮らす集落です」

 確かに見た事もない場所ではあるが。

「私はこの小屋で、道具屋と案内をしてる小林です。ここには300人程暮らしていますが、誰かが死ぬと補充されるようで、人口は変わらないようです。赤子が呼ばれたりはしていませんが、戦えない人たちは施設で働いています。20人位でしょうか。残りはダンジョンを潜ってますよ。あなたは戦える人ですか?」


 ダンジョンってなんだ? と、思ったがそれよりもおかしな事に気付いた。

 名前と職業が思い出せない。

 学校へ行った記憶はある。映画を観たり、飲みに行ったりもしていた。

 だが、職業と名前が思い出せなかった。あまり休みは無かったような気がするが。

「ああ。たまにいますよ。記憶が欠けている人」

 小林は試しにダンジョンの、モンスターを見てみるかと尋ねる。

「とりあえず見てきましょう」

 小林という男の話は信じられなかったが、実際に見てきた方が早いだろうと男は、あっさりとこのおかしな話を受け入れた。


「ほぉ……そうですか。では支給品です」

 汚れたバックパックと松明を2本出してきた。

 小型の丸楯バックラーとブロードソードを持たされる。

「その先に見える大きな穴が入り口です。その手前の大きな建物が宿で一階が酒場になってます。顔を出せば誰か一緒に付いてきてくれますよ」

「分かりました。少し様子を見たら、一度戻ってきましょう」

「お気を付けて。この右目と左腕は迷宮あそこで無くしたのです」

 小林と別れ、男は大穴へ向かう。


 鉄格子が嵌り衛兵が立っている。西洋の鎧を着て槍を持って立っている。

 日本人ではない。こっちの世界の人間だろうか。

「どうも新人です。通して貰えますか」

「一人ですか? まぁ構いませんが」

 違う言葉を喋っているのは分かるが、何故か意味が理解できる。

 衛兵は格子戸を開けて通してくれた。

 床に大きな魔法陣の様な模様があり、さらに鉄格子と衛兵がいた。

「それは転送陣とかテレポーターとか呼ばれてます。下の階で同じ物を見つけたらソコへ戻って来られますよ。また潜る時もショートカットできます」

 衛兵は格子戸を開き、奥へ送り出す。

 臭いは思った程ではなかった。何か不思議な力で消臭されてるのだろうか。

 僅かな血の匂いと死臭を、何故か懐かしく感じた。

 岩をくり抜いた様な通路が奥へ延びている。床は平らで歩きやすいし、天井は高く、幅も武器を振り回す広さがある。車道三車線分くらいはありそうだ。

「よし。とりあえずモンスターってのを見てくるか」

 男は傍の篝火から松明に火を移すと、迷宮を進みだした。

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