22-2 鏡写し
ふとカズマの中で疑問が弾けた。
ある意味で両親とも亡くしたドッペルをそれまでの人格に、人生に、戻すことは本当にドッペルにとって正しいのか……?
俺はそんなことをしてやりたいのか?
――――ああくそ、ダメだ。これ以上は。
カズマがモモウラ教授(ドッペルゲンガー)に捕まっている時には諦めずにいられたのに、もう今はギブアップしたくてたまらない。
あの時はカズマが耐えている事が必ずドッペルに反映されると信じていられた。
だけど今は一体どれだけこの馬鹿みたいなゲームを続ければいいのか。
終わりが見えない。
カズマは思わず叫んだ。
「もういい! もうやめよう、ドッペル!」
ドッペルが戸惑い気味にカズマを見上げた。
「やめるって……。話さないと何も終わりに出来ないんだよ?」
「俺たちは今、ソラさんの手のひらの上で転がされてるだけだ! こんなことを続けても本当にソラさんが協力してくれる保障なんてねえよ!
ドッペルだってこんな辛い記憶を思い出すばかりの作業を続けてたいわけじゃないだろ。
別の方法を探せないのか? 何か違う方法で、」
カズマはいつになく感情的に捲し立てるほど、自分が冷静さを失っているを感じていた。
ドッペルが瞠目した。
「俺、別に辛いばっかりじゃないよ。辛い記憶ばっかじゃない。
思い出すのは辛くても、楽しい思い出だってあったんだ。モモウラ教授に拾われたことだって……」
カズマは信じられない思いでドッペルの言葉を聞いていた。
モモウラ教授と呼ばれた二人の人間が頭に浮かぶ。
カズマはその教授のために研究所に監禁された。
その間、空を見上げることもなくずっと白い部屋で知能テストを受けさせられたのだ。
枯れ木のように荒んだモモウラ教授(オリジナル)の姿。
薬を飲まされたカズマを教授(ドッペルゲンガー)が何度も殴りつけた拳。
その映像がフラッシュバックする。
それでもドッペルは楽しい思い出があったと言うのだ。
「ドッペル、お前おかしいよ。異常だ。
あの教授がやってたことは虐待とほぼ一緒のことなんだぞ⁉ 子供を施設から引き取ってきて、手術って言って違法な実験に使って……。
そんな異常な人間を庇うなんてっ……」
話が横滑りしていることは分かっていたが、止まらない。
ドッペルが、ガタンッと勢い良くパイプ椅子から立ち上がった。
「どうせ俺はまともじゃないよ! カズマと違ってさ!
まともな人生なんてこれまで手に入ったことなんかなかったんだ!
何度も捨てられた。研究所ではずっと替えのきく実験体で、カズマのところに行ってもカズマの代用品でしかないんだって思ってた。
でも何にもなかったわけじゃない、俺にだってヨモギみたいな友達もいたし、子供の頃は両親から愛されてた記憶だってあるんだ!
カズマは俺が不幸だって決めつけてるの⁉
モモウラ教授と一緒にいた時、褒められて嬉しかったこととかキーホルダー買ってもらって楽しかったこととか、俺だってっ……。
俺がドッペルゲンガー製造計画の被験者だからとか、それだけじゃなかったはずなんだ! 教授は、父さんはちゃんと俺のことっ……」
……ドッペルはそう思い込みたいだけなんだ。
自分は不幸なわけじゃない、と。
それと同時に痛いほど自分に向けられていた冷たい視線のことも覚えている。
色んなことを諦めて、自分の痛みに目を瞑って、無理に笑って、自分の人生を自分の思い通りに生きることを放棄してきたのだろうと思っていた。
だけど、それでもなお手放せない欠片をカズマは不意に踏みにじってしまったのかもしれなかった。
気付いた瞬間に冷水を浴びたように心臓がひゅっと縮んで、冷静さが返ってきた。
だが、何と声を掛けて良いか分からない。
罪悪感と後悔が身体を支配するのは、これで何度目だ?
自分の見当違いでスミレを踏みとどまらせることが出来なかった後悔を経験したばかりなのに、今度はドッペルを傷付けて……。
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