19-3 実験計画書

 ドッペルが説明を続けた。


「生活満足感は嬉しいとか楽しいっていうポジティブな情動の総称だと思ってくれていい。


 で、情動性知能の高い人は感情的にならないわけだけど、そんな人がちょっと嬉しいとか心地良い気分になってる状態を、『安定した精神状態』って呼ぶ。

 一番その人本来の知能なり能力を発揮できる状態な」


 言いながらドッペルは人差し指の指先で弧を描いた。


 三日月をなぞるみたいな動作。「反比例」の形だ。


 カズマにも意味は分かるので、神妙に頷いた。


「でね、ドッペルゲンガーの精神状態安定してる時は、本体は、情動性知能が下がってて『不快』『非覚醒』を感じやすくなる。


 ええと、惨めで憂うつで、かつ思考停止状態になりやすいってこと。

 これが片方幸せで、片方不幸のパターン」


「パターンとか言うなよ……」


 理路整然と喋るドッペルに違和感しかない。


「これ以外の精神状態だったら、ドッペルゲンガーはちょっとの脳活動じゃ情動を感じにくいから、何にも関心を持てない、満たされない。


 逆に、オリジナルはほんのちょっとで極端に感情的になる。それが快でも不快でも脳が疲れていく。

 これがどっちも不幸パターン」


「だからパターンとか言うなって。どっちも嫌だよ」


 ドッペルはスミレの顔をちらりと伺って、


「こっから先の細かい理論とか省いていい?」


「どうぞ」


 ここで延々と説明を聞いているより早く処置を終えた方がいい。


 カズマ(オリジナル)とドッペル(ドッペルゲンガー)の情動知能の呼応を取り消す処置だ。


「つながりを切るには俺たち二人の精神状態が同じじゃなきゃダメなんだ」


「……それって、できなくない?」


 精神状態はどちらかが安定すれば、必ずどちらかが不安定になる。

 そう言った舌の根の乾かぬ内だ。


 カズマが怪訝にすると、


「ねえ」

 と思い詰めた顔でスミレが会話に割り込んだ。


「二人で、ちゃんと考えて、ドッペルゲンガーとオリジナルのつながりを切るって決めたのは、私も分かってるの。

 それでも、本当にいいの……? やっぱりしなくていいって言うなら、今のうちだと思って……」


「何でそんなこと訊くんだ、スミレ」


 さっきから気になってはいた。


 スミレはカズマとドッペルにこの実験をやらせたくなさそうなのだ。


 カズマの不信感を隠さない問いに、スミレは緊張気味だ。


「……きっとあなたたち二人にとって辛いことになるからよ」


 悔しそうにスミレは爪を噛んだ。苛立っている時の彼女の癖。


 なおもカズマが問いを重ねようとした時。


「おや、もう始めちゃってますか~?」


 白衣姿のソラが空っぽの温室の入り口に立っていた。相も変わらずセンスのない眼鏡だ。


 モモウラ教授を回収しマスコミ対策後、こちらに合流したようだ。





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