19-2 実験計画書


 カズマが計画書を一読し終えて、半分も理解はできぬまま顔を上げた。


 一つ、湧いてきた疑問。


「今更でアレなんだけど、矛盾点一個見つけた」


「はい、何でしょう」


 ドッペルが首を傾げる。


「さっきの『廃棄処分』は記憶と人格を元に戻す操作だけど、計画書だと、ええと、情動をどれくらい感知しやすいか――怒りっぽい、そうじゃないとか――が人格って定義されてるよな」


 そこで言葉に詰まってしまった。


 確かに違和感があるのに、ここから先どう問えばいいか言葉が見つからない。


 そこを上手くドッペルが引き継いだ。


「情動操作で人格が決まるなら、『廃棄処分』で記憶を戻した時にはまだ人格は元に戻らないんじゃないか? ってことだな」


「ああ、それ」


「今まで人格って一言で済ませちゃってたけど、心理学では人格パーソナリティを一貫性って捉える見方がある。


 中でも時間的一貫性(継時的安定性)は、普通なら発達段階でさほど変化しない、生来持ってる特性のことなんだけど。

 例えば生まれつき攻撃性が高い人は生涯通じてその傾向があるって意味だな。


 計画書にある情動の閾値の操作は、この時間的一貫性を操作してるんじゃないかな。


 で、それとは違って、『廃棄処分』で言ってる人格は記憶とセットになった価値観のことかなーって。

 記憶が戻れば、元々の人格に根差した価値基準が戻る。


 ……俺さ『友達』って単語聞いて、ずっと寂しいイメージしかなかったんだよ。


 自分には味方になってくれる友達なんかいないって思ってたから。


 でも『廃棄処分』受けてヨモギのこと思い出せたら『友達』のワードがいいイメージに変わってんだよね、なんかそういう感じ? 


 けど、攻撃性の高さとかの、特性の意味での人格はまだ元に戻ってない」


「……『廃棄処分』では個人的な善悪とかの価値観のことを人格って呼んで、計画書では特性の傾向を人格って呼んでるんだな」


「多分ね」


 それから、ドッペルが困ったように眉を寄せた。


「えっとさ、カズマ。反比例のグラフ描ける?」


「……馬鹿にしてんのかぁ?」


 カズマが思わず睨み付けると、「あははは!」と物凄く楽しそうにドッペルが笑った。

 くぅ! 腹立つ!


「あーえっとね、……精神的な安定みたいなのは本体とドッペルゲンガーとでは反比例の関係になってるって、大分前にカズマが教えてくれたろ?」


「ああ、覚えてるけど」


「情動性知能の高さは正反対。

 でも、精神的安定は反比例なんだよ。変数は情動性知能の高さと、生活満足感」


 ……?


「じゃあさ、この中にちょいちょい出てくる『安定した精神状態』って結局どういうことだと思う?」


 ドッペルは「この中」と言う時、パソコンに映し出される計画書の数行を指差した。


「……え、ああ、あの。ちょっと待て、えーっと、……分からん」


「うん。情動性知能が高いってのは、動揺しにくいし、それを表に出さない人格ってことな」


「……それなんだけどな、何か釈然としないっていうか、情動性知能って対人関係能力なんだろ?

 コミュニケーション能力が高いってことは人を思いやれるってことじゃないのか?」


「じゃあさ、自分の感情と他人の感情に逸早く気付けて、それを制御したりコントロールすることに長けた人って、どんなことが向いてる?」


「えっ。あー、医者とか看護師とか……?」


「詐欺師は?」


 あ、なるほど。


 詐欺師を想像した時、カズマの中では、感情の機微に富んで人の信用を得ることが上手いが、内面は冷淡で被害者の心情を一切顧みない人物像が浮かんだ。


「他人の感情に敏感に気付けることと、思いやりがあることは別なんだな……」




――――――――――――――――――


※以下は、計画書での”人格(パーソナリティ)”を定義づける際に参考にした文献となります。


・若林明雄,「パーソナリティ研究における“人間―状況論争”の動向」,心理学研究第64巻第4号,日本大学,1993





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