18-2 植物園の蝶

 ――そういった説明を一通り終え、終えてからドッペルがカズマの混乱を一つでも減らそうと慮ってくれたのだと思い至った。


 説明が終わるまでそれに気が付けないほど俺は鈍感になってるのか、と愕然とした。


 ずっと前、カズマに『廃棄処分延長通知』を発見された時のドッペルの狼狽うろたえ様を思い出した。

 きっとドッペルは誰よりカズマに知られたくなかったのだ。それでも必要だから話してくれた。


 ドッペルは、カズマが研究所に捕まっている間に、それら“大人の非情で姑息な面”に直面する作業を一人で続けた。


 ――一体どんな気持ちで、自分が実験道具にされ続けた記録を眺め、理解し、分析したのだろう。


 知能が上がり続けるほど、より多くより広く人間の醜悪さを汲み取ったのではなかろうか。


 それでも、心を挫けさせることなく、何も投げ出さず、自分より状況の深刻さを理解していなかったカズマの言葉を信じた。


 どうしてそんな事ができたのだろう。

 カズマはそんな思考に囚われていた。




 どうにも居心地悪く感じてしまう研究所の実験室の、寝台に寝ころがった。

 ドッペルも隣の寝台に横たわる。


 カズマの頭部側にMRI検査の時のようなドーナツ型機材。

 ドーナツの穴の部分が診察台上の人物の頭を覆うような形態だ。


「準備が終わるまでにしばらく時間がいるから、二人ともリラックスして待ってて。五分くらいよ」


 スミレが看護師のように声を掛けて、レンゲと共に作業を始めた。


「なあ、記憶が戻るの怖くないのか……?」


 おそるおそるカズマは訊いた。

 ドッペルはカズマに顔を向けて、


「怖くないわけなくなくないけど……」


「ない、が多い」


「けど、今覚えてることが全部嘘ってわけじゃないだろ? カズマが俺を必死で助けようとしてくれたこととか、弟みたいって言ってくれたこととか、俺が不幸になったら嫌だって考えてくれたこととか……。

 そーゆーさ、俺にとって大事なことがさ、記憶が戻ったってなくなるわけじゃない。だから多分、大丈夫」


「そっ、か……」


 俺は不安で堪らない。


 元の人格に戻ったらドッペルが俺の知らない人みたいになったりすんのかな……?


 俺はスミレさんのことを忘れたらしいけど、その記憶が戻ったら何かが変わってしまわないだろうか……?


 カズマは目を固く瞑った。そして、開けた。


「……大丈夫って信じてみるべきだよな」


 独り言のつもりだったがドッペルの耳には届いていたらしい。


「そーだ、そーだ、信じれば何とかなる? かな? カルト? ま、いいや!」


「……途端に不安になってきた」


 準備が整ったことをスミレが告げた。

 スミレとレンゲが機材のスイッチを押すと、微かに機械の駆動音がし始めた。


 頭が、痛い。でも、割れるように痛い、という程ではないようだ。

 ぐあん、ぐあんと距離感が分からなくなる。


 やがてカズマの意識は微睡みの中に沈んでいって……。





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